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二章 * 予定外 2

 なんだか妙な空気になったとリオンとフィオラは目配せでお互いに同意を求め、そして同意した。見れば分かるよ、とセリードには一言でかわされて一体なにが起こっているのかわからぬままに馬を走らせてしばらくすると、この南方では三本の指に入る規模のスワフ市という都市に到着する。

「ああ、よかった! 本当にリュウシャ様がいらっしゃって!!」

 到着したとたん、それはそれは喜びに満ちた顔で出迎えられて、リオンとフィオラは妙な顔。セリードが一人で先に会ったキースという男だった。キースはティルバの北に位置するロンディーヌ国出身の、元王族であるアクレスの教育係をしてきた男だ。アクレスと共にティルバにやって来てジェスターの推薦で騎士団に所属した異例の経緯の持ち主である。非常に優れた騎士であり聡明な人物で、当初はセリードの隊に所属することも検討されたが、アクレスがそれを望まなかったため、王家を介して四十世世代のマリオ・イフタス騎士団団長のところに所属することになった。

 キースといえば、真面目で気難しそうな顔をしているとアクレスがからかうような人相なのだが、その彼がどうみてもそんな様子が微塵も感じられない笑顔なのだ。

「ガイア様もいてくださるから心強い!」

 そしてその意味をすぐに知ることになる。


「うーん、なるほど」

 リオンは真顔でそうしか言えず、とりあえず見ているだけだ。

「だから騎士は嫌いなのよ! そんな暇あるなら帰って王都の冬支度で忙しい人を手伝え! 税金泥棒!」

 フィオラは青筋を立てて暴言を吐く。

 一人の男はあぐらをかいて、ムスッとしたあからさまに不機嫌そうな顔をしている。その前、一人の女が仁王立ち、腕を組み冷ややかな目で見下ろしている。

 なんでもこれが昨日からずっと場所を変えつつみられる光景らしい。そしてこの騎士団では時々起こることでもあるらしい。

 周りの目も気にせず、こうやってにらみ合いをところ構わず繰り返すので、団員たちは周りの通行人に何回も釈明しているらしい。

「あれ、何してるんですか」

 リオンは隣に立つセリードに質問すると、彼は呆れた顔をしてその妙な光景を眺めながらすぐそばの壁に寄りかかる。

「団長と副団長のケンカ」

「ケンカ。って、団長と副団長が?」

「普通は滅多にないよ」

「ですよね、セリード様とアクレス様のやり取り見てるとケンカが想像できない。そんなには知らないですけど、王宮で見る限りはそういう光景はないかも」

「意見を言うとか助言するとかは当然のようにあるけど、それは副団長だからね、それくらいは当然だしそういうことができる頭脳や判断力を求めてるし。絶対の信頼があるからケンカってそうするものじゃないよ」

 そしてため息をつく。

「けど、あそこはちょっとね。関係がややこしいから」

「関係がややこしいって、夫婦だからですか?」


 フィオラのセリードへの問いにリオンがびっくりすると馬や荷物を預け終わったリュウシャとガイアがやってきてリュウシャがリオンの肩を叩いて笑う。

「夫婦って遠慮がないから」

「ふ、夫婦なんですか」

「そう。しかもさらにややこしいのは嫁が団長の夫より遠征経験が豊富な別の隊、しかも上の世代の騎士団から移動してきたんだよ。騎士の力の他に天気読みや治癒を得意とする魔導師の能力も持ってる貴重な人材で、遠征には必要不可欠な存在で周りの信頼も厚いから二人が揉めると団員は彼女の味方についてしまう」

 そしてガイアは苦笑い。

「どっちが団長なのかわからないよ、あそこは。お互いにやる気があるのはいいが価値観のズレがある、譲歩しあえばいいものをプライドが邪魔するらしい。立場上派手にケンカするわけにはいかないから、気づけばあの形になったわけだ。夫婦だから一線を越えると喧嘩も壮絶な言い争いになるらしい。止めるに止められないことだから、せめて他の喧嘩の仕方は出来ないのか? って団員たちに泣きつかれて今の形に収まったと聞いてるね」

「おかげで時間がかかるかかる」

 なぜかリュウシャはニヤニヤ。この顔に不安をおぼえ、リオンがちらりと不審そうに上目遣いをする。

「あのぅ、そのわりにはリュウシャ様、楽しそうなんですが」

「このあとが面白いから。まあ、任せてくれれば」

 この顔危険、と不安がますます募ってリオンは返事はできず。と、その瞬間。

「あ」

 リオンはパッと表情を変えて声を上げていた。

 それは腕を組み立っている女性がわずかに動いた瞬間で、とっさにセリードの袖を引っ張っていた。

「名前を教えて下さい、女性の名前を」

「え? ああ、副団長? ティナ・イフタス。って、どうした?」


 これはこれで妙なことになったとその場に居合わせた全員が思っている。

 ただ、リュウシャだけはその成り行きではなく、リオンを凝視している。

「お前、確か」

「なに? あなた」

 座り込んでいた男、四十世世代第二騎士団団長のマリオ・イフタスとその妻であり副長のティナが、漂う緊張感をお構いなしで駆け寄ってきたリオンを怪訝そうに見たが、リオンは少し焦った顔をしていて、一度振り向くとティナのすぐ側に立つ。

「リュウシャ様が何か企んでます、あの、一時休戦して下さい」

「そんな事分かってるわよ、それでも」

「ダメです、ティナさん気づいてませんよね? ダメですからね、どんな理由にせよ今の体でリュウシャ様に何されるか分からない魔力を受けたらどんな影響が出るか分からないです」

「なに? なんなのよ」

 リオンが彼女に手を近づけ、そして顔を近づけこそりと何かを耳打ちした。

「え?」

 ティナがキョトンとした顔をして、直ぐに団長マリオが立ち上がりリオンの肩を掴もうとしたが、それをティナが鷲掴みにして阻止する。

「なんだよ?!」

「ねえ、本当に?」

「あ?」

「あなたじゃないわよ。えっと、名前……」

 キョトンとしたままのティナがリオンの方を見ると彼女がホッと安堵の息をついてから穏やかに微笑んでいる。

「リオンです」

「リオンって、例の? いえ、それより、今言ったこと本当に?」

「はい。だから、リュウシャ様が何かする前に休戦してください」

「……ええ、ええ、もちろん。でも、本当に?信じられない……」

 そしてティナの表情がみるみるうちに喜びで満たされていくのを、マリオが不思議そうに見つめる。

「ずっと、待ってたんですか?」

「そう、なの。そうなのよ。でも全然、ずっと気配もなくて……。嘘みたい、もしかしてダメなのかなって諦めてたから」

 そしてリオンは気がぬけるような、笑顔をティナに向ける。

「良かったですね?」

 二人を除いて、周りが訳がわからない顔をしている中、リュウシャが眉間を寄せてじっとリオンを観察するように見ていることにガイアが気がついた。

「リオンは何を言っているんだ?」

「わからない。……ただ、何か見えているらしい。」

「見える?」

「ああ、それが一体何なのかわからない。さっき突然、魔力が溢れた」

「リオンか?」

「ああ。一瞬だ、本当に一瞬、私が自分の魔力すら覆われて見えなくなる魔力だ」

 鋭い目付きで、リュウシャはリオンを見つめたままだ。そしてガイアも、彼の言葉でリオンを見つめる。

「一瞬だけか?」

「ああ。今のは一体……」




「妊娠?!」

 聞かされた事実に、リュウシャはいつになく声を張った。

 涙目で嬉しそうに、そしてかなり恥ずかしそうにマリオが言葉を発せずただ何回も頷いて両手でティナの肩を撫でている。ティナはそんな夫を見つめ嬉しそうにやっぱり、恥ずかしそうに笑って彼の腕を何度も優しく叩く。

「お、ついに?」

「えー! おめでたー!!」

「おお、そうかそうか」

 セリードとフィオラ、そしてガイアの明るく祝福する声を遮る大きいリュウシャの声だった。

「ばかな、そんな。リオン私は」

「後でお話します」

 リオンは詰め寄りながら話し出したリュウシャに優しく制するように言い、にっこりと笑った。

「今は祝福してあげませんか」

「しかしリオン」

 するとそこへマリオに肩を抱かれてティナが、そしてその後ろに団員達がついてやってくる。

「教えてくれて感謝する。ティナに無理をさせるところだった」

「いえいえ、そんな」

「ねえ、もう少し話聞けるかしら?」

「はいもちろん。でも大したことはわかりませんよ」

 まるでリュウシャの質問攻めに遇わないよう逃げるようにリオンはマリオたちについて歩きだしていた。一度振り向きちょっとだけ申し訳なさそうに頭をさげた。

「後で責任もって帰すからよ。セリードお前だろこの子を任されてるの」

「はい。この宿のすぐ向かいの宿です」

「そうか、ならあとで話もしやすい。リュウシャ様とガイア様まで来たってことはそれなりの話し合いが必要ってことだろ」

 その言葉だけ、何となく刺があるように感じでリオンは少し不安を感じたものの、彼は直ぐに嬉しそうな顔にふさわしい穏やかな声に戻る。

「ここまで大変だったな、俺たちを追いかけてきたんだろ?」

「お茶にしましょうよ皆で。どうせ今日はここで休むことになってたんだし」

 言葉に詰まり、困惑したまま何かを考えるリュウシャにリオンはあえて声をそれ以上かけなかった。後で追求される覚悟があって、それに答えるつもりだからだ。慌てて大雑把に話すよりは、きっとそのほうが双方のためになるだろうというリオンの賢明な判断だ。

 そしてゾロゾロと群れをなすように行ってしまったリオンたちを、セリードたちはちょっと置いてきぼりを喰らったような雰囲気で、彼らの後ろ姿をただ眺めるだけだった。


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