二章 * 予定外 1
この幕からようやく登場人物が増えてきます。
増えすぎたらまた説明編で登場人物の紹介していくと思います。
ルシアとの出逢いと、これから巻き込まれるかもしれない不穏な流れにばかり気を取られているわけにはいかないと気持ちを切り替えて、リオンたちは南下を続けた。
リオンは突然の雨に驚きつつ、周辺の環境が亜熱帯に変わり魔物被害が多発するビスに向かって確実に近づいているのだと実感する。
「うん、近い。すぐに追いつけるわね」
先行隊の気配を探り、フィオラが断言するとようやく馬の速度を落とすことができてリオンはホッとしていた。ただひとつ、そんなリオンに対してフィオラは気がかりがあると言う。
「ペース、突然遅くなったのかそれとも止まってるのか分からないけど、何かあったのかな、とか思っちゃうわね」
「そうなの?」
「うん、昨日までは私の探索能力に触れなかったのに今日はわかった途端どんどん近づけてる感じなのよね、進んでない感じ。何かあった可能性が高いわ。これだと、動いてないかも」
「……」
一抹の不安はあるが、それでも馬を止めることなくひたすら進むと先頭を走っていたガイアが馬の速度を急に落とした。
「誰か来る」
「おや? これは……騎士の気配か?」
ガイアはリュウシャの問いに答えることなく目をこらす。セリードも同じ方角に視線を向けて目をこらした。
「騎士団の制服、か。て、ことは先行隊か?」
パッと目を見開き驚いたセリードがそう言って頭をかく。
「なんだ? なにか問題が起こったのか?」
ここで見える騎士団ということは、先行している四十世世代騎士団の一隊しかいない。その隊の一人が真っ直ぐこちらに向かって猛スピードで馬を走らせているとガイアが説明してくれた。
「キースですね」
この距離で顔が判別できるのかとリオンは驚くが、セリードは険しい顔をしている。
「どの隊にも必ずいるんだけど、キースは緊急時の対応を任されている人なんだ、元はアクレスの教育係もしてたような人物で、経験豊富だし団長クラスにも劣らない判断力を持ってる。そのキースが……救援要請?」
「えっ、緊急事態発生ですか?」
「みたいだ。万が一のこともある、リオンは後から来てくれ」
先に行き確認してきます、とガイアに声をかけてからすぐにセリードは馬を走らせる。リオンたちもそれに続く。速度は上げず、セリードの指示通り一定の距離をとるためゆっくりとしたペースだ。
「なんですかね」
フィオラが少し不安そうな顔で問いかけると、並走するリュウシャがちらりと横目で見た。
「お前は、どう思う?」
「隊の魔導師がリュウシャ様か私の気を捉えたと考えるのが妥当だと。それを頼る何かしらの理由が出来たのでは」
「だろうな、それで?」
「だとすると、強力な魔力を必要としている可能性があります。でも、戦闘は……ないと思います」
「その根拠は?」
「私が指標として追っている騎士団の気に大きな変化を感じません。人の気は良くも悪くも大きく変化しますから分かりやすい、戦闘のときのような極端な気の上昇を今も感じませんからそういう状況ではないと判断できます」
「なるほど、では結論は?」
「そうですね……私への戦闘協力じゃないなら……リュウシャ様の回復魔法。もう1人いる経験豊富な魔導師でも手がつけられない状況に陥った人がいるんじゃないでしょうか」
「うん、冷静な判断だ。付け加えることはあるなか?」
「え?」
「正直に言ってごらん」
躊躇ったのかフィオラはほんの少しだけ無言でいたが、リュウシャがそれを促した。
「そこで簡単に結論としてしまうようでは、聖女の側近魔導師としては役不足だな」
「……全体の状況からみて、恐らくリュウシャ様でも無理な状況になっているのかもしれません。昨日起きたことや、ビスに向かうにつれて拡大している魔物被害の痕跡を考えると‥‥解決できるのはリオン。魔物絡みか、最悪聖獣絡みだと思います」
南下して行けば行くほど目に見えてわかる変化に、昨日から顕著に全員が口数少なくなっていた。魔物に襲われたとはっきりわかる、馬車とその荷だけがメチャメチャに破壊され放置されている光景や、至るところに魔物か出没し、野生動物では付かない抉れるような足跡や不自然に折れた木の枝が魔物の形跡として増えている。亜熱帯の緑豊かな森林の一部分の木々がなぎ倒され土がえぐれるなんて魔物以外にはあり得ないことだ。
そして不自然に道端に転がる旅支度の詰められたリュックの肩掛の紐が引きちぎれ、ボロボロになり中身が飛び出したまま放置されているのも見受けられた。
盗賊ならば馬車の荷をとことん荒らして金目のものは全て持っていくし、旅支度のリュックもわざわざボロボロにしたりしない。なにより、放置されているのは魔物に襲われた可能性が高いため、不吉なものとして誰も触ろうとしない証拠だ。リオンたちが南下するスピードが少し落ちたのはそれらを道から退けるということが何度かあったせいだ。そして先行している騎士団がそれを見過ごすことはないので、彼らは彼らで目立つ大きさで往来の妨げとなる馬車や大きな荷を退けるなり処分することはしているはずなので、彼らが通過してすぐにさらに魔物に襲われた旅人や商人が少なからずいるということだ。
リオンの脳裏に、どうしても遭遇したばかりの人間による聖獣への卑怯な攻撃がもたらす暗い未来が過ってしまい、自然と手綱を強く握ってしまう。
「ん? 先に行ったな」
リオンの目でみてようやくセリードと似たような服を着ているのが分かる誰かが、来た方向に戻る形で馬を走らせるのが見えた。みるみるうちに小さくなるその姿とは反対に、セリードはその場でリオンたちの到着を待っている。
「どうした? キースはなんと?」
「それが、ですね……いやあ、あんまり緊急性はないんですが、放っておくのも騎士団の沽券に関わるかと思います、ていうかオレはあまり関わりたくないですね……」
合流しガイアに問われたセリードの表情が、呆れた嫌そうな顔。まさかのその顔にガイアがはっとしてから同じような顔になる。
「セリード、まさか。またアレか」
「まさかです。キースが半泣きで謝ってきました。くだらなくて申し訳ないって」
「はぁぁ」
ものすごいため息と共にでうなだれたガイア。
「な、なんですか? なにがあったんですか?」
困惑するリオンに答えたのはリュウシャ。しかも何故か急にニヤニヤし始めた。
「ここはリオンの出番じゃないなぁ」
「え?」
「団長対副団長と団員の攻防戦、とでも言っておこうか。」
「‥‥ん? どういうことですか?」
「私かな、セリード」
「もちろんです。だからキースもわざわざ逆行してでも呼びに来たんでしょう。」
リオンとフィオラのキョトンとした顔が、この後どうなるんだろう? とセリードたちは妙な期待をしたことを伏せつつ、再び馬を走らせた。
「一体なにが?」
「まあ、とりあえず深刻なことではない、いや? 彼らにしたら深刻か?」
ガイアの苦々しい顔にリオンもつい身を引いてしまう。
「ええ? 怖いんですけど……」
「面倒なだけだ、ただ、その、面倒を解決するのが大変なんだ……」
「それって、深刻なことじゃないですか?」
「そういうものではない、多分」
「そんなことあるんですか」
何となく噛み合わないリオンとガイアの会話に、たまらずセリードとリュウシャが笑って、それが確かに深刻なことではないことを匂わせたが、
「面倒で大変なのに、笑えるって、何?」
フィオラが訝しげに顔を歪めた。
この後、リオンとフィオラは『確かに深刻な事態ではないわ、でも、緊張感はあるわね。何この微妙な感じ』と、非常にモヤっとした気分を味わうことになる。




