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二章 * 裏での出来事《 口は災いの‥‥ 3》

 ブラインが来なくなった。

 手紙を出したが忙しくなったとだけ返信があり、それ以上については何も沙汰はない。

 ニアの周りには相変わらず男が金をちらつかせてやって来るので、金集めには困らなかった。ただ、ブラインが来なくなったのは痛手だと思う気持ちはあり、あの日ブラインとのやり取りにただ事ではない不安を覚えたにも関わらず一番の収入源を失った可能性があることに不満が募り始めていた。


 バノンに酒場で自ら絡んで余計なことを喋った時はもちろん、王宮でイオタに絡んだ時も彼女は朝方まで酒を飲んでいた。彼女は酒が入ると気持ちが大きくなって発言に言葉を選ばなくなり下品なことはもちろん、卑猥なことや時には女とは思えない暴力的な事を口に出す典型的な悪酒をする質だ。

 自分でもその事は理解しているのだが、彼女のそんな性質を咎める人はほとんどいなかった。理由は酒を飲めば気持ちが大きくなり男たちにとっては好都合、金を見せれば簡単に裸になって性行為に更けるし、女たちにも好都合、下品な発言を我慢して(おだ)てれば高い酒や食事の支払いを全部してくれる。そのために理解はしているがどれくらい質が悪いのかまでは把握していないのである。



「あーあ! あいつもただの小心者よね!」

 ニアはよく行く酒場で知人の女たちと高いワインや発泡酒を飲む。

「あたしがブラインと王子の名前出したって分かったらビビっちゃって来なくなったんだから。愛人何人もいるくせに喋ったこと気にしちゃってさ! そんなに嫌なら愛人作るなって話!」

 ニアの周囲はいつもと様子が違った。ニアを囲む女達がどんどん口数が減り、笑いが乾いていくのを他の客が気付き始めた。

「ブラインってさ、金払いはいいの、機嫌がいいと一晩で三万オルド置いてくこともあるし。あの中年親父性欲強くて奥さん大変と思ったら奥さんとはもう数年もヤってないって! 今さら体型崩れたババア相手に出来るかって若い女囲ってんだから!! でもあたしの所に来なくなって後悔してるよきっと。ほんと性欲強いんだから、他の愛人だって迷惑でしょ」

 始めはこんな会話だった。しかし酒が入るたび、ニアの発言は()()になる。ブラインとの性行為や性癖については女たちも悪ふざけに乗って笑えていた。

「しかもあいつ性悪だからさ、自分の愛人王子に貸すんだよ? あたし知ってんだよね。ルブルデンにある劇団の舞台女優ナターシャって子がお忍びでくる王子相手してること」

 この辺りから、周囲の様子が変わり始めた。


「王子、そのナターシャにのぼせちゃってるらしいよ。あたしが前に付き合ってた男がその劇団で舞台の裏方やってるんだけど、その子に会うたびに金品持ってきてすぐ二人でどっかに消えるって。口止めに劇団にもお金渡してるんだって。おかげで舞台とか衣装に金かけられるって喜んでたわ」

 乾いた笑いで、ぎこちなく女たちは相づちを打つ中、ニアはつらつらと饒舌に語る。

「でもさ、知ってる? ナターシャって実は元売春婦で体が売り物だったんだから。出身はしらないけど南のどっか大きな町の歓楽街でブラインと知り合って劇団に紹介で入れてもらったって話」

「へぇ‥‥そうなんだ」

「しかもさ、他の売春婦呼んで客商売始めてるんだよね、王子がそこの上客。笑える! 王子なら貴族と結婚しろって話よ!」

 女の一人が周囲の目を気に始めた。

「ねぇ、本当かどうかは別として、そんなこと喋っていいの?」

 ちょうど女の後ろの席の男達が、チラチラと視線を送ってくる気配を察する。『あいつ、ニアだよな?』『ああ、ブラインの愛人ってウワサ、マジか』『王子とブラインってやっぱり』

 小さなヒソヒソ声だが、男たちも酒が入っているのだ、そう内緒話に適した声ではないのだろう、女が言葉を聞き取ることが出来るくらいは大きい。

「あははは!! 大丈夫よぉ。だってあたしは王子と接点ないもん。ブラインとか周りから話聞いてるだけ!」

 女の後ろにいる男たちは王宮で働く者が混じっているらしい。『あいつ、王宮の下働きの面談と採用を担当してる男と関係あったんだぜ。それで潜り込めたんだ。王宮出ても変わらねえんだな』と、少し大きな声。もしかするとニアにわざと聞こえるように言ったのかもしれないが、すでにかなりの酒を飲んで、饒舌になって、注意力が著しく低下したニアには聞こえなかった。

 そしてニアはなおも続ける。

 嘘か真か、定かではない。そんな話がニアの口から次から次へと語られる。同じテーブルで酒を奢ってもらっていた女たちはみるみるうちに酔いが冷め、顔は笑顔を失って、作り笑顔も出来なくなっている。


「あー、もうこんな時間」

「今日はお開きにしない?」

 一人の女がニアが喉を潤すために発泡酒を煽って心地よさげに息を漏らしたのを見計らい、頬がひきつる笑顔で発すると、それに同意する意見が次々上がり、ニアは一瞬ぽかん、としたが突然高笑いをして手を上げるとその手をゆったりと振る。

「はいはーい、今日はおしまーい」

 何一つ不安や恐怖、そして疑問も持っていない、そんなニアの酔った笑顔に、女たちは苦笑を返しながらそそくさと帰って行った。

 そこからニアはいつものように、酒場でノリで話を聞いてくれそうな男を物色し、酒を奢るからと同じ卓につき、飲み明かす。働いていない彼女は明日の起床時間など気にしなくていいし、奢ってしまって懐具合が心配になるわけでもない。元々楽して贅沢して楽しいことが好きな性格だ、王宮の食堂での仕事を辞めてからはニアの酒の量は増えて、酒場で喋る機会もぐっと増えた。

 必然的に、話すと自分にとって不都合になりかねない話題も増えたが、彼女にはその危機感が希薄だ。酒によって低下した記憶力、判断力は翌朝起きて『覚えていない』の一言で彼女を日常に引き戻してしまうから。




『覚えていない』で済まされないこともあると知ったのはそれから四日後のことだった。

「え? ちょっと待ってよ、どういうことよ」

「もう関わらないでくれないか、本当に迷惑でしかない! 何なんだよ、君と付き合いがあることが何で僕の周りが知ってるんだ!! 約束だろ、そういうこと言いふらさないって。君だって誰と誰が繋がってるか分からないから内緒にしようって言ってたくせに」

「待ってよ、私あなたの話なんてしてないわ」

「嘘つくな」

 今にも殴りかかって来そうな男は、ニアがブラインが来なくなった日のうちに、万が一を想定して王都を出た場合にどうしたらいいか相談していた王宮勤めの文官だ。

「四日前、酒場で女たちと飲んだろ。その時に僕の名前を君が出して、そのうち王都を出るかもしれないけど僕が色々手続きしてくれるから大丈夫だ、楽だって言ってるのを他の文官が聞いてたんだ」

「‥‥え」

「ふざけるな、融通してやれるけど公的には認められてない裏の手続きだから絶対誰にも僕の名前を出したりするなって言ったじゃないか! 僕がそういう手続きの仕事を専門にしてるから、身元保証もなければ仕事も持ってない、移住するに相応しい理由もない君を国外に移住させるとしたら裏の手続きをするって皆がもう疑ってる! まだ、なにもしてないのに、僕は上司にすでに疑われて呼び出されるし、周りは軽蔑した目で見てくる!」

「わ、私のせいにしないでよ!!」

 咄嗟に出た言葉だった。王都を出ることになった時に利用出来る都合のいい男から突然突き放されて、言い訳が見つからず、謝罪の言葉すら出てこない動揺が言わせた言葉は、その男から一瞬で感情を奪う。

 体の関係しかなく、しかも問題行動が多いニア相手に軽々しく自分の仕事を自慢した男にも大きな責任と非があるのは当然だ。ここでニアを厳しく批判する立場ではない。しかしそれが分かっていても許せない軽率なニアの言動に彼女自身が出した答えは『私に責任はない』ということだ。

「ああ、そう」

 怒りが一気に引いて、放った男の言葉はそれだけだ。肩透かしを食らうようなそんな反応にニアが訳が分からず困惑しながらも笑みを浮かべ首をかしげた。数秒、二人はそのまま言葉を発することなく互いを見つめるだけだったが、男が無表情で発した。

「気持ち悪い、その笑い」

「え」

「なんでこんな時に笑える? 頭おかしいんじゃない? もうさ、本当に僕に関わらないでくれるか。二度と話しかけるな、迷惑でしかないし顔も見たくない」

「え、何で? 悪気はなかったのよ、私別にあなたを怒らせる気なんて」

「うるさい、もう話しかけるな」


 酒場の入り口。ニアは一人残され呆然と佇む。酒場の中、後ろから声が聞こえる。一応気を遣っているかもしれない、小声のつもりな陽気な声。

「あーあ、バカだなぁ」

「まぁこうなることは分かってたけどね」

「聞く分には俺らは面白かったけどな」

「確かに。王宮なんて縁がねえしな!」

「ははは! 言えてらぁ!!」

「女は酒に飲まれちゃいけねぇな! それでなくても口が軽いんだからよ」

「あいつの口を閉じる魔法を編み出すヤツがいたら、オレはそいつに全財産くれてやる」

「俺もだ!!」

 酒を煽る、陽気な口が軽い無礼講な男たちの声が、酒が入っていない今のニアには、はっきり聞こえていた。

 聞こえていても、何も言い返せなかった。

 ニアはただ、自分の未来に影が射した気がして、その影を払う方法をどんなに考えてもこの先思い付かない気がして、そんな自分に不安が募って、男たちを罵る言葉など絞り出す思考もなければ気力もなかった。


 数日後、派手な身なりのニアが身なりのよい中年男と肩を寄せあい、荷物を詰め込んだ馬車二台と共に王都を出たのを彼女を知る複数の人物が目撃していた。

 その後、風の噂で男と結婚したとか男と外国へ移住した、そんな話もチラホラと王都で囁かれるも、時間の経過と共に忘れ去られて誰も彼女の行方について問うことも噂することもなくなった。

彼女は楽して贅沢出来れば何でもするので、案外しぶとく生きていくかもしれません。金持ちそうな男を捕まえてるし、外国に行っても何とかなりそうな運もありそうなので。

ただ、今後追い詰められてゆくブラインと王子が口の軽くて何でもお金にしてしまう彼女をどうするのか、放っておくのか、そればかりはわかりません。

彼女については今後詳細を書くことはないかと思いますが、もしかすると展開次第では名前が出てくるかもしれません。


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