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二章 * 裏での出来事 《口は災いの ‥‥1》

本編扱いしなくてもよかったかなぁ?と思ったのと削除するのは惜しい、ということで裏話となりました。

本編で今後出てくる団長さん二人がちよっとだけ喋ってます。本格的に出てくるのは当分先ですが(笑)。

 王宮では日々至るところで下世話な話題が休憩時間の度に人々の笑いのためにネタにされている。どんなに由緒正しい、規律の求められる場所で働いているとしても所詮人間、そういう娯楽めいた話題はいつだって必要とされてしまうものだ。


「目障りだ」

「えっ」

「オレの前から消えろ、二度と話しかけてくるな。王宮は男を漁る場所じゃない、それが目的ならそういう町がある、そこで働け」

 王宮で食堂の下働きとして入ったニアという女は働き始めた当初はその見目の良さから随分男達が身分も立場も構わず声をかけ、彼女の気を惹こうとした。しかしそれもたった数日で終息したのは、ニアがその数日で複数の男と肉体関係になり、その男達が彼女に金品をせがまれ与えていたことが広まったからだ。

 それでもニアは周りの声などどこ吹く風で、手当たり次第に王宮のめぼしい男たちにすり寄った。そして王宮を去る少し前の話にはなるが噂というより醜聞を広めている。

「え、ちょっと?」

「気安く話しかけるな、誰彼構わず足を開く女に用はない」

 見目麗しい、王宮はもちろん外にもその容姿を目の保養にしている女は数多いる四十一世世代騎士団団長の一人、イオタ・シルエッツに多くの人が行き来する王宮の広場で突然駆け寄りしなだれるように体を近づけ笑いかけ、今度お話しする機会をくれませんか? と不躾に聞いた彼女は、目の前のその男が冷ややかな軽蔑の眼差しで見ていることに怯んで顔がこわばった。

 普段は人当たりのよい気さくな男で幅広い世代から支持されるこの男が嫌悪感を隠すこともなく女をあしらったことは瞬く間に王宮に広まったし、ニアのような事をすれば容赦ない態度で対応するのだろうとイオタの怖さも同じように伝わった。以降ニアの評判はさらに悪化することにもなった。

 その話を聞いた四十一世世代騎士団団長の一人、ウィード・カナンは、

「会話すら嫌だけどね。寄ってきたら全力で逃げるけど? 視界に入るのも迷惑だし」

 と、彼もまた容赦ないことを言っていた。




 王宮では同世代の男たちに敬遠されることになったニアも、王宮を出てしまえば男には困らなかった。

 同世代に期待できないとなると、金に余裕があり、地位もそれなりとなるとどうしても男の年齢は上がってしまう。王宮での安定した仕事を辞めて王都に部屋を借りてからはなおさらその傾向が強まった。ただ、そういう男の大半は若く美しい愛人を欲して自慢したいわけで、それにそれなりに見合うニアには自分の父親やそれよりも年上の男からのお誘いが後を立たなかった。

「なんだと?」

「だからね、あのバノン団長をなんとかしてほしいのよ、出来るでしょ?」

 この、ブラインも例外ではなかった。そしてニアにとってはこの男は寄ってくる男達の中では特に条件のいい男であった。

 マナーにうるさく品行方正を常に求められる社交界に連れ回されることもなく、自分の好みの宝石や服を強要してくることもない。毎日会うわけではなく、気の向いたときにやって来てその相手をすれば部屋に居座ることもなく帰って行く。帰りぎわに必ず王宮で下働きして一ヶ月働いたときの給金よりも多い金を置いていくし、何より『いるか? 着けるなり売るなり好きにしろ』と、きらびやかな宝飾品を突然置いていくこともある。

「‥‥なにがどうなって、そんな事を言う?」

「だってね、()()()この前私をバカにしたのよ、愛人生活を自慢するバカ女って。あの時、あの場で蹴飛ばしてやればよかったわ、ムカつくったら」

「‥‥だから、なんでそんな話になった? 騎士団団長は嫌いだと言ってただろう」

「酒場で会ったのよ、その時にちょっとね。男三人でむさ苦しく入ってきて安い酒頼んでたのよ? 笑っちゃうじゃない、あれだけ稼いでる男が私の飲んでるお酒の半額以下のものをよ?」

「自分から話しかけて、揉め事になったのか」

「そんなんじゃないわよ。ただ気に入らない態度をされてね? だから」

「気をつけろ」

「え?」

「お前、言葉に気をつけろよ」

「え、なによ?」

「外で騎士団団長を『あいつ』よばわりなんてしていないだろうな?」


 ニアにとって、都合のいい男。ブラインはそれだけだった。余計なことは言わないし、自分の話も笑って聞いて、そして互いに楽しむ。時には下品だが笑える冗談を言って面白いと思わせる。女好きで金遣いの荒い、妻になるのは絶対にゴメンだが遊ぶにはちょうどよく都合がいい男。

 それなのに、そのブラインの顔がみるみるうちに険しくなっていく。

「仮にもこの国の防衛の要である人間のことを外で堂々と侮辱してないだろうな?」

「な、なによ、急に」

「言ったのか、言ってないのか」

「‥‥覚えてないわよいちいち」

 次の瞬間、ニアは初めてこの男の舌打ちを聞いて、顔を見てハッとする。

 その顔は怒りが滲んでいる。

 ブラインは乱暴に椅子にかけていた服を取るとその服をニアの寝そべるベッドの、彼女の足元に投げつけた。

「誰の金で買った服だ? これはオレの金で買った服だな? いいか、贅沢がしたければ政治に口を出すような真似は二度とするな」

「なによ、随分大袈裟な」

「大袈裟だと?!」

 ニアの笑いを含んだ言葉を遮る大きく威圧的なブラインの言葉はニアを硬直させた。

「騎士団団長は平民の憧れと期待の存在だ、それを非難するにはそれなりの理由が必要なんだぞ! お前が団長に対し軽率な発言をしたのを誰かが見て絡んで来たらどうする?! そこでオレの名前なんて出すような真似は許さないからな!! オレの名前を聞いて、オレが騎士団に対立している立場なんて誤解されたらどうするつもりだ?! 噂なんてのは一度広まったら抑えようがないんだぞ、しかもバノンだと? あいつは中立の立場を示しているがオレが資金提供しているマリオとは完全に対立している。あのセリード・アルファロスと個人的に付き合いがある団長をどうにかしろ? オレに失脚しろと言ってるのかお前は」

「そ、そんな事にならないわよ! 酒場で皆酔ってるんだから!! 話なんて聞いてないわよ誰一人ね!!」

「‥‥だとしても、本人たちは覚えているだろうな」

「それは、そう、かもしれないけど」

 ニアは、ブラインの目を見てある人物を思い出した。それは、王宮の広場で不特定多数の人間がいるその場で自分を侮辱したあの騎士団団長イオタ。今、目の前のブラインもあの時のイオタと同じ目をしている。


 数秒の沈黙のあと、ブラインはベッドから離れてソファーに畳んで置いていた服を手に取り纏い始める。

「いいか、二度と公人の非難をするな」

 冷ややかで優しさの欠片もない言い方だ。

「お前がオレと関係のあることを知っているやつは少ない、だがニア。お前は政経院のゲイルとマイスラー、他に魔導院にも何人か付き合いがある、幸いオレに近い奴らだがあいつらもさっきの発言にはいい顔をしないぞ」

「‥‥そう、なの?」

「お前は自分には派閥や勢力争いなんて無縁かと思っているだろうが、お前が軽はずみに外で公人の名を出せばお前に関係のある公人が関係していると思われる。何が起きるか分かるか? お前の発言を利用して俺たちを失脚させる動きが活発化するんだぞ。お前も間違いなくそれに巻き込まれる、逃げられないからな」


「は? なんで?」

「は?」

 ニアの訳がわからない、そんな返事に対してブラインはひどく冷めた声で返す。

「そんなこともわからないのか? 金が欲しくて男と寝てるだけ、そんな言い訳が通用するのは本当にそれだけの関係の女だけだ。お前は自分から俺の名前を出したんだろ? その様子だと他の奴の名前も出しているだろう、それはな、お前が俺たちを利用したことになるんだ、利用したぶんだけ、責任がついて回る」

「なに、言ってるの? たかが、名前。」

「領有院最高議長の名前を『たかが』というなら、お前とは今日限りだ」

「ちょっと待って!!」

 ベッドから飛び降りたニアはブラインに駆け寄り両腕を掴む。

「そんなこと言わないで? これからは気をつけるから、ね?」

 すがるニアを眺めてから、ブラインはカバンから袋を取り出しそれをテーブルに置いた。いつものお金だ。

「気をつけるから、じゃない。二度としない、だろうが」

「分かった、わかったわ」

「何でも言うことを聞いてもらえると思うなよ。お前の代わりなどいくらでもいる、発言次第ではこの王都にいられなくなる。そうすれば金を出してくれる男もいないだろうな。楽して金が欲しければそれに見合った行動をしろ」

「大丈夫よ、これからはちゃんとする」

「忘れるなよ、間違っても俺の名前はもちろん、他の名前も出すな。特に王子の名前など出したら俺は責任は一切取らないからな」





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