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二章 * 美しき獣の語り

こちらは一話のみで、聖女様の語りとなります。

数話構成の幕は次回更新です。


そして先日から予告していた、こちらの本編に載せきれない短編を掲載していく

『脆い扉のこちら側《side story》』

開始しました!!


まずは単話、しかもゆるい感じのお話載せましたので興味ある方よろしければそちらもご覧下さい。

 リオンたちはどうしているだろう、怪我などしてないだろうか?そんなことを思いながら古い魔導書を読んでいたときだった。

「誰?」

 秋の晴天の清々しい風のようだった。ふわりと髪を撫でられて、そう声をかけると同じ室内で議会で使用する文書などに目を通していたアクレスが無言で椅子から立ち上がり立て掛けていた剣を手に、直ぐに私の側へやって来てその剣を構えた。

「大丈夫よ‥‥お客様だわ」

「え?」

「姿が見えないだけ。どこかしら‥‥気配はあるのだけど、不思議ね、形がわからないわ」

『これならどうか、聖女』

「まぁ」

「これはっ!」

 みたことのない、美しい獣が光の粒を纏いながらふわりと目の前に舞い降りて、私とアクレスは一瞬呆けた間抜けな顔をしていたにちがいない。

『我が名はルシア。初めてお目にかかる聖女ミオよ』

「聖獣、ですのね? なんて美しいんでしょう。私こそお目にかかれて光栄です。ルシア」

 アクレスは言葉を失ったまま立ち尽くしてしまっている。

 この美しい姿はただ色や形を言葉にするだけではたりないような荘厳さと、神聖さを物語っている。

 私は聖獣に初めて会うけれど、不思議と強烈な驚きなどはなく、喜びだけが心を支配しているようだった。

『突然の訪問ですまない。お前に返すべきだと思ってな』

「返す? 一体、なんでしょう‥‥」

 すると私が立っている直ぐ横のテーブルの上でチャリッという金属音がした。

 突然、魔力など感じることもなく、テーブルに現れたそれにさすがに私も驚きを隠せない。

「これは」

 私がリオンに渡していたネックレスだった。

『これはとてもよいものだ。先端の水晶はお前によって浄化されたもの、不浄のものを寄せ付けず身に付ける者に心身の安定をもたらしてくれる。まさしくお守りとして最高のものであろう。しかし、この鎖の魔力が問題だ』

「え?」

『この鎖を通じてリオンとわずかだが魔力を共有してはいないか?』

「ええ、彼女は魔力をほとんど扱えません。彼女に万が一の事があっては困ります。そのためこのネックレスには私の魔力を封じ、彼女の魔力とつながることで、不測の事態の時は私の魔力を彼女に解放して転移させられるようにと」

『なるほど。しかしそれではいざというときリオンの《聖域の扉》としての力を押さえ込み半減させてしまうようだ、しかも我々が通ろうとするとリオンの中の扉が不安定に。あれは自分の魔力操作はもちろん、《聖域の扉》としてもまだ未熟、影響を受けやすい。』

 その時、ルシアと名乗った聖獣の言葉で私はリオンの《聖域の扉》という意味がようやく少しだけだがわかった気がした。

「‥‥そうでしたか。それは大変申し訳ないことを」

『構わん、お前の優しさを確かめられた。リオンのことを大切にしてくれていることが』

 美しい獣は私の手に輝くような青銀色の毛の頬を刷り寄せてくれた。

『すまんな、これはお前に返す。リオンと我々は不要なものなのだ』

「はい、わかりました。」

『それとな、その鎖だが。引きちぎれているのはお前と同じような血の臭いがする男に文句を言うがいい』

 それを聞いた私とアクレスは顔を見合わせた。

「‥‥それはやっぱり」

「‥‥団長です、ね」

『私は外せと言ったのに、なぜか引きちぎったのだ、それでこの有り様だ』

「ああ、そうでしたか」

 私は笑いが急に込み上げて、押さえられずに笑ってしまったしアクレスも『‥‥引きちぎる、さすが‥‥』と声に出しつつそれでも笑いを堪えたけれど、美しい獣はそれを目を細めて見つめてくれた。

「わざわざ、届けて下さってありがとうございます、なにかお礼が出来ればよかったのですが‥‥。聖獣であるあなたへのよいお礼があいにくすぐには思い付かず」

 すると美しい獣はふいにアクレスに体を向けて鼻をフンフンと鳴らし顔を近づけた。

『懐かしいあの匂いだ。リオンたちからもしていたな‥‥。なぜお前もあの匂いが?』

 そして私たちは思い出す。リオンがいつかのためにと、騎士として遠征に出ることも多いセリードに渡していたあの琥珀。いくつかあるうちの一つは一番最初に彼が信頼する騎士団副長アクレスに渡されている。

 私の視線で彼も察したようで、アクレスは首に手をかけ、セリードがネックレスにしてくれた琥珀を外して床に膝をつくと美しい獣に差し出し、留め具を外すと聖獣の首にそっと回して着けた。

「これですね、どうぞお持ちください」

『良いのか?』

「団長セリード・アルファロスより、聖獣に出会うことが出来たなら、この高山菖蒲の香りに意味があり、信頼に値する人間であると証明する為にもリオンから託されたものだと伝えて、そして渡してほしいと。それが我々とあなた方を繋ぐ細い細い、信頼に繋がればよいと。この琥珀のネックレスはリオンが思いを託し、団長からこの私へ。そしてあなたへ。それが今この時なのでしょう。お受け取りください、これは私‥‥いや、聖女ミオ様からのお礼とお近づきの印として納めて頂きたい」

『そうか‥‥あれはそう言ったか。ならば遠慮なく頂く、同朋へのいい土産になるのでな』

 後にリオンたちから、この香りを悪用し傷つけられた美しい獣の話を私たちは聞かされる。一体どんな思いでこの美しい獣はアクレスが首にかけた琥珀を持ち帰ったのかと思いに更けることになるけれど、このときそれを知らずとも私はなんとなく、リオンの言葉、そしてアクレスの素直で迷いないこのの目を見て、美しい獣は嬉しそうにしてくれたように見えた。

『お前は、この国のものではなかったね?』

 そして突然、その穏やかさを感じさせる美しい瞳がアクレスの全身を眺めるように動いた。


「え?」

『お前は、我らの同朋が共に生きた国の王に瓜二つ。不思議だ、あの男がいた時代はずっと昔、はるか昔のことなのに』

「それは‥‥」

『この国に、骨を埋めるか? それもよい。騎士として手を血に染めるか? それもよい。しかしあの男のように、我々を慈しんでくれることを願うばかりだ‥‥マディラスのようにな』

「!! 建国の祖、マディラス・ロンディーヌのことですか!!」

 アクレスの生まれ育った国の遥か昔の英雄の名前に、私はもちろん彼は信じられず息を震わせ手で口を覆った。

『マディラスとよくつるんでいたのは《ディアス》という。自分の名の一部を同朋に与えるあの男を《ディアス》はバカをするのが好きな男だと笑っていたものだ。今のところ、《ディアス》は眠っているが再び目を覚ますまで、そう遠くはあるまい、この香りが眠りから目覚めさせるかもしれん。その時‥‥お前に会いに来させよう、懐かしい昔話に耳をかたむけてやってくれ』

「待ってください、私は直系ではなく、王としてこの血の引き継いだのは」

『お前だよ』

「え?」

『確かに、お前からあの男と同じ血の臭いがする、あの男の血はお前が引き継いだ。今のあの国の者たちではではないよ、あちらは薄くなってしまった、これからもどんどん、薄れていくだろうな』

 アクレスの動揺が伝わる。それでも美しい獣はアクレスを真っ直ぐ見つめている。

『我々がこの世界で見てきたものはお前たちの言う地位や権力というものではない。共に生き、共に苦楽を分け合うのにそういうものは今も昔も不要だ』

「では、ここでルシア、あなたと《ディアス》を、アクレスと共にお待ちしております」

「ミオ様‥‥?」

「太古の昔この大陸は国などなく一つでした、私たちの祖先は生きるために自然と戦う、そのために分け隔てなく手を取り合っていた‥‥いつしか私たちは国土や豊かさを求め互いを傷つけ合うように。その時代の流れすら見ていたあなた方のお話はきっと私たちの、この先の人々の糧となるでしょう。‥‥お菓子を召し上がりますか? ゆっくり、お話を聞かせてください。美味しい自慢のお菓子を食べながら、お茶を飲みながら、私たちに昔話を沢山教えてくださいますか?」

『そうしよう』


 そしてアクレスは恐る恐る、美しい獣の頬を撫でた。

「マディラスのこの血を残さない事を、《ディアス》は悲しむでしょうか。それとも‥‥怒りをおぼえるでしょうか」

「アクレス?」

「私は、この血を残さない、そう決めています。マディラスの、建国の祖としての稀なる歴史を紡いだ血を、私は‥‥。それを許すと言うのなら会うことが出来ますが、そうでないのなら、私には会う資格はありません」

『それでもお前に会うだろう、血が途絶えることを悲しむという価値観は我々にはないのだ、純粋に、その顔と血を懐かしむだけのこと。アクレスよ、お前の生き方を聞かせてやるといい、《ディアス》は信念を持って生きるお前を誇りに思うだろうからな。そういう男が好きなのだよ、《ディアス》は』

 アクレスが寂しげに笑った。それでも頷いたので、美しい獣は目を細めて見つめた。

「お待ちしています」

 目礼し、アクレスは静かにそう呟いた。

『ではそろそろ行くとしよう。聖女、そしてアクレスよ、リオンの事を頼む。あれはまだ覚醒が不十分、まだまだ助けを必要としている。いま少し、我らと《聖域の扉》が本来の形を取り戻すまで力を貸してくれるとありがたい』

「お望みのままに」

『いつの時代も‥‥お前たちのような者がいてくれるのだな』

 そして美しい獣の体が銀色の粉のような光に包まれ始め、部屋中に光の粉が広がって行く。


『聖女よ、お前と近い血のあの男』

「え? 血の‥‥セリードですか?」

『不思議な運命を持っているようだ』

「不思議な?」

『それが何なのか私すら見えない。悪いものではないはずだが、リオンと強い繋がりが見える。もしかすると我々の同朋の存在があの男に影響を与える可能性もある。リオンが不安定な今、周囲の人間は少なからず影響を受けるだろう、気をつけて見ておくとよい。お前ならリオンにもあの男にも、そして他の人間たちへ進むべき道を示してやれるだろう』


 今後に影響をおよぼすだろうことを急に言われて私はそれについて何をどう聞けばいいのか迷っているうちに、美しい獣の体はぼんやりと霞み光の粉がその姿を隠すように増して行く。

「待って! 話を!」

『いずれまた』

 訪れた時のような、ふわりと髪を撫でるような優しい風が吹いた。銀色の粉の光がきらきらと最後の輝きを瞬かせて、その風に流されるようにふわりと舞って消えていた。

 私たちはしばらくの呆然としていたが、私の大きな深呼吸で我に返り、そしてアクレスが床に手をつき、何かを拾う。

「これは‥‥なんて美しい」

 美しい獣の置き土産は、透明で、けれど光を乱反射しながら七色に姿を変えるシャボン玉のような変化を見せる美しい曲線を描く爪だった。

「それはあなたへの贈り物でしょう」

「ミオ様?」

「セリードのように、私の目と耳になってくれるあなたなら、この美しい土産の意味を知ることができるでしょうから」


 聖獣。

 私たちはあまりにもその知識に乏しく、そしてその些末な知識すら偏っている。

 私は、この現状を打開したい。


 だからお茶をいつでも用意しておこうと思う。

 我がカートランス侯爵家ご自慢の菓子を聖獣ルシアとまだ見ぬ《聖獣ディアス》にお話のお供として楽しんで貰えるように。

 さあ、新しいお茶を取り寄せよう。

「アクレス」

「はい」

「何か、香りの良いお茶で良いものを知っているかしら」

「お茶、ですか?」

「ええ。爽やかで優しい、そんな香りよ。高山菖蒲のように、()()をもてなすに相応しい、そんな香り」

 そしてアクレスはふわりと優しい笑みを浮かべて頷いた。

「アルファロス公爵家にも相談してみましょう。マティオ様とタチアナ様は私よりも遥かにセンスが良いですから」

「そうね。でもそうするとお母様がうるさそうだわ、『どうして私に相談しないの!! これでも公爵家出身よ!!』って捲し立てられそう」

「それは、先見の力で見えた未来ですか?」

 私は笑ってしまった。

「経験からくる予測、でしかないわね。面白いことがあると首を突っ込まずにはいられない母親を持った娘の日ごろの悩みとも言えるかしらね」

 彼も想像したのか、肩を震わせ笑った。



 待ちましょう、その日を。

 きっとそう遠くない日に来てくてれる、そんな予感がある。

 セリードとリオンも一緒に。

 お茶とお菓子を用意して。

 美しき獣との再会を、待ちましょう。


聖女、そしてアクレスの話もいずれしっかり書いてみたい。

本編進まなくなるのできっと《side story》行きになってしまうでしょう‥‥(泣)

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