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二章 * 忍び寄る影 3

 リオンは嫌な予感がした。

 人が一人も外にいない、窓を締め切り息を潜めてじっとリオンたちの気配を探っている、そんな異質な空気から感じる嫌な感覚とは関係のないところから、嫌な予感を感じとりリオンは眉間にシワを寄せる。

(なんだろ、この感じ‥‥気持ち悪い)

 体の突然の異変と聖獣ルシアの登場で忘れていただけの嫌な予感が再び甦っただけだと気づいたその時、声がした。

「!! こっちだ! あんたか?! 治癒が出来る魔導師ってのは!あんただな!」

 大きな声で、大降りに手を振って、必死に駆け寄ってきた男三人はその身なりからリュウシャを魔導師と判断したのだろう。

「こっちだ、早く」

「頼むさっきから息が荒くなって」

「頼むよ! 助けてやってくれ、金ならいくらでもあるんだ!」

 まだ乗馬したままのリュウシャの周りを囲んでしまい、さすがにリュウシャも顔を直ぐに怪訝そうに歪ませ男達を見下ろす。

「退きなさい、邪魔だ」

 自分達の態度が怒らせたのだろうと察して三人はサッと後ろへ素直に下がる。

「君たちは盗賊だそうだな?」

 彼の明け透けな言葉に男たちの表情ががらりと変わるがリュウシャはお構いなしに男達を見下ろしたまま。

「連れの黒髪の男はこの国の四十一世世代騎士団団長の一人セリードという」

 騎士団、しかも団長と聞いたとたん、男たちが腰に下げている剣や短刀に手をかけるが、それでもやはりリュウシャは冷静だ。

「盗賊ならば嫌な相手だろうな、お前たちが束になって挑んでも勝ち目はないのだから。いいか、私の言葉に従うんだ、ここは私が仕切らせてもらう。それが嫌ならこちらは手を引く、我々は他に用があるのでな、ゆっくりしている暇はない。どうする?」

 男たちがヒソヒソと顔を寄せて相談を始めたが、直ぐにリュウシャがそれを遮るようにセリードにその冷静な顔を向ける。

「セリード、妙な動きを一人でもしたら全員潰していい、全責任は上皇が持って下さるとおっしゃっていた。我々の本来の目的の邪魔になるようなものは少ないに限る」

「仰せのままに」

 穏やかに落ち着いてニコッと微笑んだセリードが異常に怖い、とリオンとフィオラがそれぞれ心のなかで呟いた。


 男たちは不満げな、険しい顔をしたままだが、他に選択肢はないと腹を括ったのだろう、舌打ちをして二人の男は背を向けて直ぐそばの壁が剥がれて傾いた古びた家に入っていく。

「こっちだ、来てくれ、なにもしない。‥‥他に手はねぇんだ。頼む」

 一人が唸るようにうつむきながら言ったので、リュウシャは黙って馬から降りた。全員がそれに続いて馬から降り、ゆっくりと後に続いた。


 うめき声。二人の男が体をよじらせている。

 リオンの足が止まった。

「リオン? ‥‥大丈夫か?」

 セリードが小さな声で心配そうに囁いたのは、リオンが血の気が引いて、身震いしたあとにゴクリと唾を飲み込んだからだろう。

 リュウシャは男たちに促されるまま、床にひかれた粗末な敷物の上で苦しみからもだえる二人のそばにいき、膝をついた。フィオラはリュウシャの後ろに行き、覗きこむ。ガイアは立ち止まったリオンから離れないようにセリードのように彼女のそばへ戻る。

「これは、一体。なんだ、この傷」

「魔物じゃ、ないですよね。‥‥さっきの話で分かってはいましたけど」

 全身にナイフできりつけられたような切り傷が無数にあった。傷の多さの割には出血は少ない。だが、その傷の様子は支援系の魔力を存分に活かして活躍してきた経験豊富なリュウシャでも見たことがないものだった。

「傷が、光ってる‥‥?」

 切り傷から、淡い白い粒のような光が星の点滅のように不規則な強弱を放ちながら飛び出して弾けるように消える。もし、今が夜ならば男たちの周囲は沢山のホタルがすぐそばを飛んでいるように見えたかもしれない。


「俺も少しだが治癒の力を持ってる、なのに全然効かねえんだ、なんとかしてくれねえか」

 二人の頭側にいた、あぐらをかいてじっとしていた男はリュウシャに頭を下げた。しかしリュウシャは黙り、二人の男を観察するように見つめるだけだ。

「‥‥なあ、頼む。治してくれりゃここも直ぐ出ていく、金も払う、いくらでも」

「治癒の力が効かなかったんだな?」

 懇願するような男の声をリュウシャは遮った。どうすることも出来ずに苛立ちがつのっていたのだろうか、前のめりになり睨み付けるような目でリュウシャを真っ直ぐ見つめる。

「だから、俺の力じゃだめなんだろう、もっと強力なちゃんとした魔導師なら」

「治癒の魔力を受け付けないということだろうな。強さの問題ではない」

「なんだと?!」

「リオン」

 振り向いたリュウシャに名前を呼ばれてリオンの足がすくんだ。

 嫌な予感。

 なぜか、鳥肌がたって、体がこわばる。


 ああ、そういうこと。


 傷の放つ光を見て、リオンはきつく目を閉じる。


 シン、そういうこと。

 聖獣を裏切ったからなのね。

 信頼を裏切った人への代償なのね。

 これが、魔物とあなた達との違いなのね。

 そして。

 私には、どうすることもできないんでしょ。


 リオンは震える手をきつく合わせて握った。


 ()()聖獣と()()人間の、契約みたいなもの。

 私が口を出すことではないのよ。

 裏切った代償は裏切った本人しか償えない。

 痛みと苦しみ、そして傷を一生抱えるか、代償を与えられた理由を追い求めてそれを償うか、選択肢は今はそれだけ。


 今度は握った手をそのまま額に当てた。


 私には、それを治す力があるはず。

 でも、まだ私は《オアシス》を知らない。

 知らない聖獣が多すぎる。

 なにより力があるはずなのに。

 今、魔力が全く出てこない。

 魔力を使うその時ではないということ。

 私が目の前の男たちを治すには、《オアシス》の許可が必要なのね。

 だって、この男たちと《オアシス》の信頼と裏切りの中でのことだもの。

 自分のことも分からない私が出来ることなんて本当に限られてるのね。


 嫌な予感はこれだった。


 私は聖女じゃない、英雄じゃない。

 全ての期待を、願いを叶えることは出来ない。

 たくさんの人々を導くこともない。

 今の私は聖獣とこの世界をつなぐ役割を持っている、それを知っているだけの無力な人間でしかない。


 目の前の傷ついた人を救うことができない。

 ただ、見ているしかできない。

 今の自分は、出来ることが本当に少ないことを嫌というほど思い知らされた。


「できない。」

 ゆっくりと手を下ろしたリオンは泣いていた。

 ぼろぼろと涙を流し、唇が震えていた。

「な、なんだとぉ?!」

 男たちが怒りを顕にしたけれど、リオンは真っ直ぐただ唸りながらのたうち回る二人を見つめるだけだ。

「《オアシス》の目を返して。」

「なに?」

「それだけで、だいぶマシになると思うから。少なくとも、血は止まるはず。聖獣を騙して、目を奪ったんでしょ?魔物じゃないわよその傷は。それ、代償だもの。裏切りの代償よ」

 リオン達を囲む男たちがざわついた。そしてリュウシャの正面にいた男が立ち上がる。

「お前、なんだ?」

「いいから、目を」

「なんの証拠があって」

「普通、聖獣は人を殺さないのよ。でも、裏切りの代償は与えるのよ、それがその傷。死より苦しい代償なの。償わなければ一生そのまま、絶対に治らない傷と痛みと戦い続けるだけ。嘘ではないわ、信じたくなければそれでいい。でもね、誰も治せないから本当に。一生そのままでいればいいのよ。」

 冷たい、突き放す一言を言った自分にリオンは心の中でストンと落ちたものがあったことを確かに感じた。


 ああ、聖獣もきっとそう思ったんだ。

 裏切られて傷つけられて、怒りと憎しみが込み上げて、

『苦しめばいい』

 って。

 人間も聖獣も、同じだ。

 心がある。

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