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二章 * 忍び寄る影 2

新しい登場人物、いや、聖獣出てきました。

人間がなかなか増えない‥‥。

 正体不明の叫び声のせいで馬たちが暴れ、なだめるのに少々手間取ることになった。地面が地鳴りと揺れを起こして木々の枝を揺さぶるという強烈な力まで見せつけられて、リオン以外は正直いつもの冷静さを失って挙動不審だ。

「くそっ、リオンごめん!」

 セリードは両手でリオンのうなじに見えたチェーンを掴むとそのまま一気に引きちぎる。とたんにリオンの硬直していた体はだらりと垂れさがり、バランスを崩してずり落ちそうになったのでセリードが腰を抱え込むようにして抱き上げて馬の上に座らせた。

「あ、戻った‥‥」

「大丈夫か?」

「ありがとうございます、なんとか。でも、今の一体‥‥」

 フーッと息を吐いて安堵の表情を見せた。

『その首に着けていたものはなんだ?』

 顔とは正反対の声は再びリオンの口から出た。思わずセリードがリオンを離しそうになったがなんとか堪えて彼女を落とさずに済んだようだ。

「うわっ!!?」

 びっくりして両手で口を塞ぐ。

『塞いだところで意味はない、一体どういうネックレスだと聞いている』

 手のひらの奥で、口が勝手に動いている。

「まだいる!! なんで?! 誰よ?!」

『‥‥わからないのか? まだ、今のお前は未完成だったか、なるほど。そんなお前の中を《オアシス》は無理矢理通ってきたか。だからあんなことに』

 正体不明の、リオンのなかにいる声の主によって彼女を含めた全員の心は混乱と動揺を一気に関心へと傾倒させた。

「あ、あなた、本当に誰?」

『ずいぶん昔だが、こちらの世界では《ルシア》と呼ばれていた』

 リオンは口を塞いでいた手をゆっくり下ろしながら、眉間にシワをよせて、微かにうつむく。

「‥‥聖獣、《ルシア》‥‥」

 その名前に心当たりがある顔をした。

『そう、ようやく名を口にしたな。《聖域の扉》リオンよ』

 今度はリオンの口は動かなかった。声はリオンの上あたりから姿が見えないのに誰かいるような、そんな不自然さで聞こえて来た。


『進むのだろう、行くがいい。』

 あっけに取られる彼らを冷静に促すのは姿の見えない声だけの存在。リオンが聖獣という単語を発したことで正体不明ではなくなったような、そうでないような、そんな不確かな存在はその声を聞く限り人間たちの驚きには全く関心がないようで淡々と話す。

『お前たちの向かうところに私も用がある』

「《ルシア》色々聞きたいことが」

『いずれお前は我々のことを知る。今は目の前にある問題に目を向けるがいい』

「‥‥それでも、少しだけ教えて。体はどうしたの?」

『今は必要ない、置いてきた』

「なんで、私の中に入ったの?」

『入ったのではない、お前は《聖域の扉》なのだからそこを通過する、というのが正しい』

「えっ?」

『その話はいずれ記憶が教えてくれるだろう、少し急いでくれ時間がない』

「でも」

 知りたいという欲求を、リオンはぐっとこらえて飲み込んで、深呼吸をする。

「時間がないって何が起こってるの?」

『《オアシス》を知っているか?』

「‥‥ごめんなさい、まだ」

『かまわん、我々の仲間はお前が思う以上に多いからそういうことはよくあることだ』

「それで、その《オアシス》がどうかしたの」

『傷つけられた。騙され、目を抉られた。それで暴走しかけ人間を襲い、心を蝕まれるのを恐れて聖域に強引に帰ってきたのだ。その後始末に来た』

「もしかして!!」

 ルシアの話にいち早く反応したのはガイアだった。

「あの盗賊の怪我は! 聖獣が原因か?!」

『そう。お前は見たようだな』


『我々は固有の繋がりがあることを覚えておくといい。こちらの世界で言うと、兄弟、親子、に近いかもしれん。ただお前たちのように肉体の血が繋がっているのではなく、我々は精神が繋がっていると言えばいいかもしれない。私は《オアシス》と繋がりがあり、誕生した時期も、《ダイナス》に名前を貰った時期もほとんど同じのためよりいっそう強い繋がりがあるのだ』

 話はリオンと聖獣ルシアによって進められる。それを四人が、蹄の音に時折かき消されながらも注意深く耳を傾け聞き取って行く。

「それで《オアシス》の異変に気がついた?」

『気づいたのではない、私たちはあらゆるものを共有する。痛みすらもな。私はこの世界で眠っていたのだが、あれの痛みと急激な精神の乱れで目を覚ました』

「‥‥《オアシス》は今はどうしてるの?」

『眠りについている。覚醒したままでは良いことはない。長い時をかけ、聖域で蝕まれた精神から《穢れ》を落とすことになる』

「ねえ、用があるっていったわよね?何をする気なの?後始末とも言ったわ、どう転んでもロクなことにはならない気がするんだけど」

『返してもらう』

「抉られた、目のこと?」

『それ以外にあるまいな』

「それにしても、どうして盗賊に。聖獣は出会うことも珍しい、奇跡の存在でしょう? なのに、出会って、ましてや触るなんて。どれだけ会えば触れることができるの?」

『お前はその方法を知っているだろう』

「私はだって、もともと聖獣や魔物に深く関わる存在なんでしょう? 詳しくは分からなくても他の人とは違う何かがあるわけで」

『そっちではない、人が我々に近づく事ができる物理的な方法のことを言っている。』

「‥‥あ、香石か」

 セリードはそう呟き、自分の中の胸に手を当てた。高山菖蒲の香りのついた琥珀を。そしてリオンは眉間にシワをよせる。

「まってよ、じゃあその盗賊は高山菖蒲の事を知ってるってこと?あれは、記憶がなければたどり着けないんじゃないの?」

『理由はわからんがそのようだ。‥‥あの香りは我々にとって少ない良き思い出だ、それを悪用し、《オアシス》の目を奪い‥‥なんと愚かなことか。過ちは繰り返されるというが、人は何度繰り返せば気がすむのだろうか』

「昔も、あったの?」

 ルシアはそれには答えなかった。おそらく肯定の沈黙でその話はする気はないという意味だろう。

『お前たちのいう高山菖蒲はこの世界を自由に駆けていた《オアシス》を誘きだし、体を触らせるまでに心を許させた。思い出深い《あの人》を思い出させる香りに我々は抗うことはできない。昔、疑いという言葉を使わずに済んでいたあの時代を思い出す香りを‥‥』

 ふと、一瞬の間があった。

『お前たちは愚かなことには使わぬように、我が願いだ。悲惨な歴史を繰り返す当事者にはなりたくないだろう』

 それは、リオンではなくセリードたちに向けられた言葉であるのは確かだ。




 リオンと聖獣ルシアの会話が数分続いたのち、前方に家々がまとまって立ち並ぶのが見え、彼らは馬の速度を落としゆっくり近づく。

『ふむ‥‥《オアシス》で間違いない』

「え? なにが?」

『人間の血の匂いに混じり、《オアシス》の怒りが残っている。これはこれは。相当皮膚を引き裂かれたようだな、よく殺さずに生かしたものだ。生かされたことを後悔しなければよいな。耐えきれなければ自ら命を絶つしかないだろう、哀れなものよ』

「それって‥‥()()()()()()()()()()ってこと?」

 リオンの問いに被さるように聖獣ルシアが声を立てて笑った。

『見ればわかること、そう答えを焦って出すこともあるまい』

 そして村の端、入り口らしき開けた場所のすぐそこにある、今にも崩れそうな傾いた木造の小さな建物が目に入った。

「リオン、あそこよ」

 フィオラが指を向けた。




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