一章 * アルファロス邸宅 1
簡単な国の成り立ちとアルファロス家について分かります。
ティルバ国の国政は大きく分けて四つの権力が存在することで成り立っている。
一つはこの国の頂点である王家フォルクセス家である。
二千年以上前、ティルバ自治区が国家として独立する前から統括をしていた家系が祖となっている。長きに渡り混乱が続く複数の自治区の先駆けとして極めて優れた統制を敷いたことが、周辺がその安定した環境を求めティルバに吸収合併されることへの抵抗を大幅に軽減させる大きな要因となった。
そのため国家として建国するまでに現在の領土の約六割を有するほどの巨大な集合体となり、今ある繁栄の礎を築いてきた。
ちなみに、現在王宮があるこの王都一帯は自治区として発展する前からすでに《フォルサ》と呼ばれていたが、フォルクセス王家ですらその由来を知らず、ティルバ最大の謎と言われている。
「お帰りなさいなさいませ」
「ただいま。父上いるだろう? ちょっと話がしたいんだ、客もいないようだし大丈夫だよな?」
そしてフォルクセス家の大きな功績は国の成り行きを左右する法律の基礎を早くに確立させ、国家運営を成功させたことであり、まさにそれこそがあと三つの権力が関係している。
原則王政のティルバであるが、その王政が独裁政治とならぬよう、魔導師と魔力の研究者を中心とした魔導院、自治区や市町村の長を務めた経験と人脈のある者や魔導関係を除く専門的な知識で活躍する有識者を中心とした政経院、そして私的領土を一定以上有する家の当主と国家のために功績を残し親王家と認められた家の当主達による領有院というそれぞれ異なった特徴をもつ院が、それぞれ権力の一部に介入することで、王家だけでは判断が困難だったり危険な事例を複数の意見で精査し決定していく分権をおこない、国家を安定的かつ民主的に運営することが可能になっている。
「はい、おりますがすぐでございますか? 本日は書斎で来年度の予算編成の最終調整をするので夕方まで声をかけないでほしいと」
「分かっているよ、それでもだ。今、西の間にミオと大切な客を通してある、父にはオレから会ってもらわなければならない重要な人だと言われたと伝えてくれ。今着替えてくるからその後書斎に行く」
王家と3つの院による分権が、独裁政治やクーデターといった国内の問題を限りなく抑制する力となっていることは安心安全を生む原動力となっており、多くの国民の愛国心にも繋がっている。
セリードの家、アルファロス家は領有院に属する議員権を代々持っている。そして領地を保有しその領地の広さはもちろん、財力、王家や国民への貢献度合いなど様々な厳しい条件を満たした家でなければ授与されない爵位も建国時から長きに渡って守り続けている非常に特異な家である。その爵位もティルバで最も高位であり現在は二家しか存在しない公爵家で格式の高い名門中の名門で、他とは別格の影響力を持っている。
「らしくないな、セリード」
「そうかもね。父上の仕事の邪魔をするのはオレとしても不本意だ」
セリード・アルファロスはアルファロス公爵家の次男で、本来であれば兄である次期公爵サイラス・アルファロスの右腕として共に公爵家を守りながら議員として領有院に身を置いていてもおかしくはない。
しかしこのアルファロス家の代々受け継がれる特有の血が彼の立場を作った。この家の血は男女問わず身体能力が非常に高い体で生まれる傾向があり、今彼の目の前にいる父親ジェスターは当然のこと、兄サイラス、そしてセリードもそうして生まれてきているし、ジェスターの妹、そして祖父や先祖もそうして生まれている。中でもここ数世代には如実にその血が現れ騎士団団長の座に収まる男ばかりで、世の中の嫉妬の的になっていたりする。
「客といったな、ミオも一緒と言うことは例の人物か。‥‥三人いるようだが」
「そう、会うだろ?」
「会ってもらわなければならないのはむしろ陛下や皇太子ではないのか? 私が先というのは理由があるんだろうな」
各代の王達に直接仕え、兵を動かし国の守りの要である騎士の頂点、騎士団の団長の座につくほどの優れた身体能力と体を持つ者がなれる職業の一つ、騎士の《能力持ち》の家系で、遺伝的な能力持ちは大陸全体で見てもおよそ一割と言われ貴重な血筋であるといえる。
セリードはこの先あと数年で王位に就く予定の四十一代目の、そしてとある事情から自らその座を降りたもののジェスターは現王である四十代目のそれぞれたった数人にしか与えられない騎士団団長の座を手に入れた能力を持つのである。実力はまさに公爵家を支えるだけの王家への貢献が出来るもので、戦場はもちろん今問題となっている魔物の討伐でも発揮され、戦いに身を投じるものならばこの家の事を知っていて当然だと誰もが口をそろえる。
「理由もなにも、オレも思うよ。会わなきゃならない」
「そこまでお前に言わせる根拠は?」
「二十三年前の出来事」
何故息子の客に会わなくてはならないんだ、と不満をもらした父に、息子がなにも言わずに椅子から立ち上がるのを待っているのを見て、ジェスターは仕方なしに書斎を離れたが、息子の一言に、なんとなく足取りが重く面倒そうに見えたその足をピタリと止めた。僅かに前に進んだセリードば振り向いて父を見つめる。
「なん、だって?」
かすれ、震えた声で呟くジェスターは右手をゆっくりと上げてそっと右目を覆った。
「知ってるんだよ、あの日のこと、そして父上があのことから生還したたった三人のうちの一人ということも。あの話はオレも父上から聞いてそれなりに知ってるつもりだった。‥‥『あの惨状を見て生き延びたのは三人だけ。他には誰もいない。あの惨状が起きた理由を人々が知るにはまだ早すぎる。だから我々は限られた者にしか話す気はないし、話せない』って前置きして、騎士団長になったオレに話したのを今でもおぼえてるけどね」
「ばかな、どこからその話が漏れた? 何故あの時のことを」
セリードは父を静かに見つめる。
「直接話聞くしかないよ。父上にどうしても会って話したいと。‥‥言われたんだよ、『もうその苦痛から解放されるべきです』って伝えてくれってね。なんのことか、さっぱりだけど、なんだかとても意味があるとしか」
最も古い由緒正しい家柄や恵まれた貴重な血筋だけではない。その圧倒的な力と判断力を駆使した戦術と人を掌握する統制力で名を馳せ、国の砦や勝利の騎士などとあらゆる呼び名で周りに称えられてきた実力者。
そんなジェスターが突然団長の座を降りたのは二十三年前。
セリードが六歳の時で当時子供ながらに何だか父親の周りがひどく騒がしかったのを覚えている。
国交のため隣国へ遠征し、その帰路の途中何があったのか、生きているのが不思議なほど傷つき血を流しながら彼は小さな町に向かって剣を杖がわりに倒れそうになりながら助けを求め歩いているところを発見された。
その後懸命な治療により回復したジェスターだったが、回復と同時に周りの反対を押しきって何があったのかさえ語ることもなく、全ての戦場から去った。騎士団団長から退き、騎士の称号を返還したのだ。
その理由全てを知るものは共に生還したほかの二人と、心を許したわずか数人の友と妻だけのはずだった。
実の息子たちにさえ話していない《苦痛》のことも。
ジェスターは右目に当てた手を握り拳に変えて、両目を閉じるとトン、トン、とゆっくりと右目瞼をたたく。
「父上?」
「セリード」
「うん?」
「この事を言っているんだろうな」
「え?」
「あの日、私が右目の視力を失っただけでなくこの苦痛を抱えたことを」
それはセリードが今この瞬間知った事実。
「この‥‥いつまでたっても消えぬ憎たらしい痛みを知るのか」
父の告白に言葉を失い、セリードは立ち尽くすだけだった。
「痛み‥‥? え?」
「会おう」
「父上」
「我がアルファロス家に、光を射す存在になるんだろう。」
「視力を失ってるって。苦痛って」
「セリード」
そして、ジェスターは瞼をゆっくりと開き、手を下ろした。
「引退し‥‥もうすべきことが限られたのだと思っていたが。まだ、私にも果たすべき使命があるのかもしれない。それを与えてくれる存在かもしれない」
リオンよりこの一族の方がいわゆるチートの気がしないわけでもありません。