二章 * 合流 3
主人公、久しぶりの登場です。
果たして、これはどういう状況なんだろう?
と、セリードは愛馬の上で考えてみる。
自分はほぼ不眠不休で駆けつけた。あとから来るバノンとジルも調整しながらも出来るだけ急いで追いつこうとしてくれるだろう。審議会で再審議決されるはずの魔物による被害を受けたビスに対して行う遠征理由は復興最優先である、と記した正式な書面を持ってやってくる予定だ。加えて先行した騎士団を黙らせるためにもガイアとリュウシャの存在はとても重要で、セリードはいまだに影響力を持ちながら決して上皇を煩わせることのない二人のことを心強く思っていたし、自分も及ばずながらも説得が上手くいくよう力になりたいと思っていた。
おそらく、現状ティルバで最も戦闘力と統制力があるとされ、全騎士団の中で単独の任務を任せられることが突出して多い先行している騎士団の団長とのやりとりは、緊迫する可能性があると彼なりに頭を悩ませたりしていたのに、この状況は一体どうとらえたらいいのか、困惑している。というか、少々呆れてしまっている。
「へぇー、これ食べれるんですか」
「薬としてね。不眠症にいいんだ、根を乾燥させて軽く焙煎したのを粉末にするんだ」
「知らなかったぁ、北にいたときは見たことないです」
「南方特有の植物だからね、北の山岳地方だと育たないし、他の植物が代用されているから知ってても珍しいかもね」
「美味しいんですかね?」
「うん、ちゃんと煎じると香ばしくてお茶に混ぜて味を変えるのにも使える」
あ、来た来た!! と喜んで迎えてくれたのも一瞬だった。リオンはリュウシャに植物を見せてもらいながら興味は完全にそっちに向けられていて挨拶もさっぱりしたものだ。
セリードとしてはいささか物足りないリオンの反応に寂しさを感じつつ、彼女の興味を持つとそれに集中してしまいがちなその性格は嫌いではないので結局は笑ってしまう。
「なんか、夢中だね」
「あは? そうですか? えっと」
ようやく我に返ったかのように、手を土まみれにしながらちょっと恥ずかしそうなリオンの頭をリュウシャが撫でた。
「お前がこっちに向かってる気を感じたからすぐ追い付くだろうと思ってね、このあたりは水場もあるし、休むにはいいと思って待っていたんだよ」
「そう、待ってたんですよ」
リュウシャに、明らかに便乗したリオンである。
「なんだかなぁ。まぁリオンらしい」
「なんです、それ」
「今思いついて言った感じだろう? これでオレがあと半日現れるのが遅くてもなにも思わないんだろうな、なんてね」
「失礼な! 半日なんてさすがに気づくに決まってるじゃないですか!!」
「そう? 片付けの途中で本読みはじめて、半日経っててジェナに怒られたとかなんとか」
「おう‥‥ジェナ、どうして話したのよ。というか、なぜ知ってるんです?」
「なんとなく?」
気が抜けるやり取りに、セリードはたまらず笑いが込み上げて肩を震わせる。
「ま、いいよ。待ってた、そういうことにしておこう。夢中になると他のことが見えなくなるのは承知してるし。それでこそリオンだ。半日気づいてくれなくてもオレは怒らない」
「‥‥色々納得できない」
「あはは」
難しい顔をするリオンをそのままに、愛馬から降り、セリードはあたりを見渡し、フィオラとガイアの姿を探す。
「ところで、ガイア様は?」
「フィオラと様子を見に行った」
「様子? どこです?」
「すれ違った旅人の話だと、この先の村で昨日魔物に襲われたという者が逃げ込んで来たらしい」
「えっ?」
セリードの反応にリオンが表情を変え、困惑を滲ませた。
「どうやら二人‥‥魔物に襲われて生き延びてるんです、確かめる必要が‥‥」
三人の沈黙。
それはセリードが立場上よく理解している。
魔物に襲われて助かる確率は奇跡に近い。魔物が騎士や魔導師などの特殊な高い能力を持っていない一般的な人々に比べ圧倒的に足も速く、力もあり、そして凶暴だ。たとえ一体でも守護隊や魔力の弱い魔導師ならば数人で束になってかからないと危険な存在なのだ。
そしてなにより、恐れなくてはならないのは傷を付けられて生き延びた時だ。傷は瞬く間に黒く変色し、次第に意識は失われ理性を失いその人はもう人として生きることはできない。魔物と化してその場を逃げ出すか、殺されてしまう運命が待っている。
そして、魔物に傷つけられて人間として生き延びたという前例はほとんどない。傷付けられた部分を切り落とす、削ぎ落とすなどしなければならないからだ。負傷し、痛みと恐怖に支配される人間に冷静にそれができるはずもなく。
魔物と対峙するということはほぼ死か魔物になる二つしかないことを意味している。
「‥‥それで?」
「旅人も人から聞いた話でよくわからないらしい。ただ、その村は魔物に襲われた者が逃げ込んだからと村人は家に引きこもってしまって、その怪我人と連れらしい数人を村の外れに追いやって会っていないそうだ。すでに半数以上が村から逃げてしまっていて話もろくに聞けないらしいしな」
「もし本当ならそう時間はかからず魔物に変化しているはず。でも、それにしても時間が経ちすぎています‥‥それでどうなっているのかガイア様たちが」
「万が一、魔物になっていたら討伐するしかない。それはガイアとフィオラ二人で十分すぎる戦力だから心配はない。まぁ、そういうことだ」
急にリュウシャは穏やかな声でそういった。
「事情をきくなり、討伐なりしていれば戻るまでもう少しかかるだろう、お前ほとんど休んでないだろ?」
「えっ?! そうなんですか?!」
「気が少し弱ってる、休むといい」
やっぱり気が抜けるなぁ、とセリードは思ってじっと二人のやり取りを見ている。
これは食べられるとか、これは毒があるとか、今ここで学ばなくてもいいように感じることを楽しそうに真剣にリオンがリュウシャに質問してそれにリュウシャも楽しそうに答える姿はさっきまでの緊張感を良くも悪くも忘れさせる。
「不満そうだな、先に進みたいか?」
「いえ、そんなことは‥‥」
リュウシャに心の片隅を見られた気がしてすこし焦って笑ったけれど、きっとその顔は違和感があってリオンにも伝わっただろうと、すぐに笑顔は消した。
「魔物の気配はないよ」
「わかるんですか」
「ああ、村はすぐそこだ。まわりにいないから集中すればわかるよ。つまり、魔物化していないということだ。リオンは‥‥そこが問題だというけどね」
リオンに顔を向けた。彼女はかごに入れた摘みたての薬草の土をはらっている。
「本当に、魔物に襲われたなら、結果はほぼ二択しかないんです。‥‥食べ尽くされてしまうか、生き残っても魔物になってしまう。《過去の記憶》にも負傷したまま回復するというのは今まで見たことなくて。奇跡的に負傷した部分を取り除ければ可能性はあるけど‥‥現実的ではないですから」
そこで、セリードは以前から気になっていたことを思いだす。
「いや、でも待ってくれ父上は。間違いなく攻撃を受けて負傷した。そうだ、気になってたんだ、どうして父上たちは」
「魔物ではありませんよ、正確には」
「‥‥もしかして」
リオンは苦笑いを見せた。
「元は聖獣だと思います」
彼女は、目を伏せた。なんとも言い難い、悲しそうな表情が浮かんだ。
「そして生き残ったなら、大きな代償を背負っているはずです」
何を思ってそんな顔をするのか。
「きっと一気に被害は拡大していくはずです。魔物がどんどん増えて、さらに凶暴化していけば、セリード様やリュウシャ様みたいに力がなければ‥‥沢山の人が死んでしまいます。《シン》のような相手に手をかけてしまっていたら‥‥これでも必死にどうするべきか考えてるんですよ? でも一緒に行っても足手まといにしかならないから」
ここに来て、今さら気づくこともある。
ああ、そうか。彼女なりの葛藤があったのか。
と。
ミオにランプと言われてとても嬉しそうに笑って納得していたリオンを思い出す。
誰よりも振り回されているのはリオンなのだ。
過去の記憶と不思議な力を与えられ、何ができるのかと悩みながらここまできた。そしてセリードを含めた沢山の人と出会い、その人たちから期待されても笑っている。彼女自身がどうすることも出来ない記憶や力にジレンマを感じながらも出来ることをしようと一生懸命に。自分を守る力を持たない彼女はまわりに従うしかないのだ、危険だから動くな、わからないからじっとしていろ、と言われたら従うしかない。
そしてセリードはミオの言葉が今この瞬間から意味を持つと気がついた。なにより、自分がそうしたいと心から思えた。
「だったら、行こうか」
「え?」
「大丈夫、守るから」
「セリード様?」
「必ず守るから、安心して前に進んでいい」
迷う必要はない。
リオンはオレが守る。それでいい。それがオレの使命で望みになっていく。
三人は荷物をまとめて馬を走らせた。
「だから速いってば!!!」
リオンが叫ぶ。とにかく叫ぶ。
「リュウシャ様、あの馬」
「うん、そう。王家」
「‥‥まぁ、我々の馬に合わせられるのを用意できるのはそこくらいですしね」
「私の言うこと聞く気ないよね!わかってるけど!! いいんだけど!! 好きに走っていいけどせめて止まれって時は言うこと聞いてくれるとありがたいかな!!」
リオンがやっぱり叫ぶ。
「空王号はリオンのこと気に入ってるみたいだよ、蹴りあげたり噛んだりしないから。まあ、間違いなく主従関係ではない」
のほほんとリュウシャが言ったので、セリードはやっぱり気が抜けるなぁと笑うのである。
主人公登場しましたが、登場の仕方がなんとも地味でした‥‥。それでこそリオンなのです。




