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二章 * 合流 2

「このあたりはまだ魔物の被害はなさそうだな。安心したよ」

 ごくありふれた規模のこの町は大きな建物などはないが、宿屋や食堂、休憩所や旅に必要なものを揃えられる色々な店が至るところにあり、人々が絶えず行き交い賑やかだ。

「お陰さまで、今この辺りでは一番落ち着いているようです。これもアルファロス家のお力です。サイラス様から手紙をいただきましたがその影響は計り知れません」

「ああ、兄がそういえば言っていた。少し助言したそうだね」

「はい、魔物には徹底して近づかない、遭遇してもとにかく逃げるようにして戦おうとしてはいけない、そして特に、魔物が活発になる夜は町の外にでない」

 町長は町を見渡す。

「『魔物と敵対する行動をとってはいけない』と、その文に正直驚きましたし従うことには抵抗があって、抗議するつもりだったことを今のうちに告白しておきます」

 わざとらしく少々難しい顔をして見せた町長をセリードは笑う。

「あはは、まあ誰でもそう思うよ、抗議されても怒るような男ではないけどね。兄は」

「これだけをとにかく守るだけでだいぶ違うはずだ、人命を最優先に考えた行動だと思ってくれと書かれていても、正直皆が半信半疑でした‥‥しかし、旅人や商人を含めこの町内で試験的に条令としてそれらを守ってもらってまだ日は浅いですが、魔物を見かけることすらなくなったんですから驚きです」

「見かけなくなった?」

「ええ、驚きですよ本当に。夜の外出を完全に押さえるのは難しいので、町の出入り口でもある3つの大門を閉めることにしたんです。勿論全く出入り出来ないのは不都合な場合もありますからその辺は条件付きで許可を出すようにしています。そのおかげでむやみな出入りがなくなり、町周辺を夜移動する人はほぼいなくなりましてね、町の外は無人の状態になりました。それが、本当に驚く結果をもたらしています」


 この町はごく普通の町らしく、高い壁に囲まれているわけではない。よくある方法として柵や石積が難しい場所を木々を植えて囲むようにしたり自然の森を生かしたり、大きな水路で取り囲んだりすることで町としての境界線が成り立っているが、この町は前者の木々で取り囲む形を取っている。町と町をつなぐ街道のための大門はあるが、高い壁があるわけではないので木々の間を通れば町に入れるようになっている。ただ、道などない鬱蒼と茂る木々をわざわざ通ってすんなり町の出入りが出来るのは地元人くらいだし、夜は木々が邪魔をして月夜も差し込まず歩くのは困難、盗賊に襲われるリスクも高まる夜に護衛を雇えない個人の旅人などは町を通過しようとすることが元々少ない。なのでほとんどは日中に大門を利用し、町を出入りしている。それが大陸共通の常識でもある。

 そう考えれば、サイラスがこの町に対して行うようにと文書にしたためたことは確かに抵抗があり疑問には思うが、実はそう難しいことではないのである。


「町のなかは自由に動けますから特に不満もでていません。魔物が増えているのは事実でしたから条例と共に夜に町の外に出る人はいなくなったんです、若者すら出なくなりましてね。そしてすぐですね、大門の上の見張り番たちが魔物の数を毎晩計測しているんですが、見当たらなくなったんです。初日から」

「初日から見ない?」

「ええ、遠目にではありますがほぼ毎日森で目撃されていた魔物が、一匹も。もうびっくりで、住人たちも大喜びですよ」

 この辺も魔物の目撃が増えているとサイラスが難しい顔をしていたのは最近の話だ。リオンが来てから熱心に魔物について聞いたり考えたりしていて、少し前、サイラスが領地全域になるべく魔物の被害を減らすために手紙を出していたことをセリードも知っている。


 それがこうして早くも成果が出たことに驚きを隠せない。

(リオンの言ってたあれか)

 ふと、セリードは以前彼女があくまでも推測だと前置きして言っていたのを思い出す。


『私が遭遇しても襲われないのは何かしらの理由があるのは分かります。でもビートとジェナが二人のときでも襲われないで済んだことがあるんです。追いかけられたら逃げられるかどうか難しい距離だったらしいんです、ビートはいいにしてもジェナは私と同じ一般人だから戦うのは不可能です。それで、二人で息を潜めてゆっくり静かに、岩影に隠れて。そしたら魔物は獲物を探すそぶりも見せないでそのまま姿を消したそうです。匂いはもちろん物音にも反応して獲物を探す魔物が、近くにいる人を無視することは珍しい‥‥いつも飢えていてなんでも食べてしまう魔物が二人を襲わなかった理由はビートたちの行動にある気がします』


 リオンのその言葉に意外な人が答えていた。

「ねえ、魔物も恐怖で叫ばれたり敵意むき出しで怒鳴り散らされたり襲われるの嫌なんじゃないかしら?」

「理性もなにもない魔物が?」

「ええ。ほら、イラッとするときあるでしょ?人が大声で喧嘩してたり騒いでたり」

 タチアナだった。

「時々勘違いで勝手に怒って文句を言ったりする人がいるでしょ、言われた人はポカンとすることが多いけど逆ギレする人もいるじゃない。理性がないならポカンとはしないわよね? キレるだけじゃないかしら」

「安直だなぁ‥‥。」

「そう? でも魔物を騒がないで見守るって人、今までいなかったはずよ」

 セリードとサイラスが苦笑いだったが、リオンは彼女の言葉に反応していた。


『だとしたら、やってみる価値はあるかもしれません。本当は匂いや目で人間を確認しているだけで、悲鳴や怒号が魔物を凶暴化させているのだとしたら‥‥解決方法が見つかるかもしれませんよ』


 領主の案内でセリードは大門の一つを昇る。一番上の見張り番がいる大門内にある狭い部屋からあたりを見渡す。

「これからも」

「え?」

「続けるといい。魔物を刺激するようなことは避けて、無理に討伐しようとしたりせず距離を保つんだ」

「はい、勿論です」

「考えてみれば、魔物も野性動物も一緒だ」

「そうですか?」

「ああ、熊や虎も昔から人の生活を脅かしてきたが、お互い生活環境に干渉せずむやみに近づいたりしなければ、襲ってくることはない。それで均衡がとれている」

 セリードの言葉に町長は静かに頷いた。

「確かに、そうですね‥‥。本来の魔物は人の気配の多い所には出ないものでした。なのに最近は当たり前のように出没して人を襲う。わざわざ魔物を退治するために森に入ったりするのがよくなかったのかもしれません。この町の周りに魔物の姿を見なくなったのは、見てみぬフリ、というか、魔物を意識しすぎず近づいたりしないようにしたからかもしれません‥‥」




 セリードは休息を終え、荷物を確認する。

 もしも、話したことが本当でこの町が行うようになった些細な注意だけで魔物の被害が少なくなるのなら、リオンの言った通り魔物が人を襲うのは悲鳴や怒号がきっかけを作っていることになる。

(だとすれば、我々は根本的に間違った知識で魔物と向き合っていたことになる)

 魔物が人を襲うから人はそれを討伐という形で徹底的に排除しようとしてきた。

 もし、人が魔物をむやみに恐れ忌み嫌い排除しようとするから魔物もそれに反応して人を襲うのだとしたら、彼らの行動範囲であるとされる未開の地や人が住むには向いていない土地に我々人が踏み込むことで刺激しているのだとしたら、長い間本来あるべき均衡を崩していたのは人側ということになる。

(そうだ、至るところにいる獣だって、腹が減っていなければ人を襲うことはないし、彼らの毛皮や肉を取るためにこちらから生息地に入らなければ遭遇することも少ない)

 セリードは手綱を強く握り険しい顔をした。

(もしそれが正しい考えなら、魔物が増えて凶暴化してる所へ討伐隊を送り込むことは危険な行為だ‥‥)

 些細な心がけが、人と魔物の関係性を緩和する。

 この世界の有り方が、人のせいで負の方向へと向かっている可能性がある。

 ずっとずっと昔から、恐怖と嫌悪の存在は人が作り上げたものなのではないか?

 セリードはそんなことを思いながら、愛馬を南へ、リオン達に向かって走らせる。


 魔物。

 全身真っ黒。

 動く度にその全身からボソボソと黒い破片が剥がれ落ちる。

 頭と首の境目もなく、腰のくびれもない。手足は指らしいもが何となくあるような、ないような。目すら黒くてその境目はわからない。口は、雄叫びをあげると異常に広がり、不気味な黒い液体が滴る。真っ黒なその全身は乾いてひび割れているような部分があったり、蝋がとけて流れ落ちたような部分があったりする。

 歪な、人間のようなものや動物のようなものとがいるがそのどちらでもない存在もいる不気味で恐怖だけを生むその姿。

 その姿とは裏腹に、臭いは一切なく、それゆえ闇に紛れて忍び寄る魔物に襲われる者は後を絶たない。

 理性がないとされる魔物が音もなく闇に紛れて忍び寄る能力を人は邪悪な魔力があるのだと言う。

 そう、理由付けしておかないと太刀打ちできない人間の無力さが際立ってしまうのだろう。


 魔物に襲われた人間と動物が稀に魔物に変化する。その、襲いかかってくる魔物はどこからやってくるのか? どうやって生まれるのか?

 その起源はわかっていない。そもそも、それ以外のことを知らない。

 人間は、何も分かっていないし、太刀打ちできる力もない。

 この世界の序列に魔物を入れたらきっと人間は魔物の下になる。

 その力にひれ伏す。

 人間は、もしかすると魔物によって食い尽くされて絶滅するのかもしれない。


(非力だ)


 その中には自分も含まれるのだとセリードは自覚する。



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