二章 * 二十三年前の、真相 4
ナイフを突きつけたジェスターの後ろ、わざわざ自分の履き物を片方脱いでしっかり握って、それでもってレオンが加減なしで物騒な男の頭をひっぱたく。ナイフを突きつけられたバノンはもちろんジルも目を丸くした。公爵が公爵をひっぱたくというとんでもない場面を見てしまい、言葉が見つからない二人にレオンがニコッと微笑む。
「すまないね、この男はすぐ殺生で解決しようとするから」
それ怖いよ、と口には出さないが二人は嘘臭い笑顔で大丈夫ですと言うしかなかった。
「‥‥久々に叩かれた。後で何で返そうか」
と、公爵はなぜかニヤリとほくそ笑み、二人に更に恐怖を与えたが、姿勢を正して座り直すと表情を戻して息をつく。
「とにかく、状況によるが私はそうすべきと思えば実行することは忘れないでくれ」
やっぱり怖いよ、とはやはり言えない若い騎士団団長二人。
「リオンには、詳細は話して貰えなかった」
ジェスターが話始めた。
「何故です?」
ジルの問いにジェスターは苦笑を浮かべつつ肩を竦めて見せる。
「まだ、その時ではないと。‥‥教えて貰えたのは、シンがあの周辺アントレット連峰でも人間が未踏の断崖絶壁が連なる渓谷奥に住み着いていること、そしてシンを怒らせるだけの問題をあの町の人間が起こした‥‥ということだけだ。話のニュアンスから分かったのは、おそらくその渓谷には人間にとって利益になるものがあるのだろう、それを探していたのか偶然かはわからないが、町の人間が見つけてしまいそれがきっかけでシンを怒らせ町を消滅させることにつながった、ということだ。彼女自身、《過去の記憶》と向き合うことに精一杯だしその話を夢の中でシンから直接教えられたらしいが‥‥あまり語りたくないようだ。気持ちの整理が付かないことが多いから落ち着くまで待ってくれと」
「けど、それじゃ今後の対策とか」
バノンが少し前のめりに話し出したのを手を前に出す仕草で止めたのはレオンだ。
「言っただろう? 彼女自身が、精一杯だと。こちらの都合で急かすなんてことは止めたほうがいい。彼女の後ろには権力や金ではどうすることも出来ない存在がいる。それを、君は止められるかい?‥‥語りたくないならそれでいいじゃないか」
レオンは何故か笑顔を浮かべる。
「彼女の口から語られる真実なんて、きっと人間にとって不都合なことばかりだ」
「え?」
「どういう言う意味です?」
バノンとジルへ、やはりレオンは笑顔で答えた。
「君たちは、人間にとって不都合な醜くて無様な事実を女の子が顔を苦痛に歪ませて話す姿を見たいかい? 我が家は情報を財産とすることで大きくなったから、よく分かるよ。話したくないことを話す姿って、見ている方もそう気分のいいものではない。‥‥彼女は、人間の醜くい過去を沢山知っている。我々が思う以上の量と質の醜い過去だ。この国の常識や過去を覆す過去だと思うよ。いずれ話してくれるというのなら待てばいい。どうせその事実を受け入れるために我々も覚悟を決める時間が必要なはずだ。そんなことを、急かして無理に喋らせるなんて無粋にも程がある」
「私も、同感だ」
ジェスターは握っていたナイフをテーブルに置き、それを見つめる。
「バノン」
「は、はい」
「同じ過ちを繰り返してほしくないんだよ。君たち若い世代には」
「過ち、ですか」
「この魔物が増え続ける世界で、魔物を減らす事に執着してきた。それだけが正しい選択だと。けれど、違う気がするんだよ、リオンを見ていると。‥‥聖獣が魔物化すること、人間が何か罪を犯していること、それら事実がこの時代に伝わっていないこと、なにもかも‥‥それに答えてくれるのは、リオンだけなのだろう。これからも同じことが繰り返されてしまうのか、止められるのか。君はそれを見極めることが許された世代の一人だ。リオンと同じ、これからもっと世界が広がるはずのその目で見るといい。急がす、ゆっくり、些細なこと一つでも見逃さぬように真実を追い求めるべきだ。騎士団団長として、リオンの進む道を妨げることがないようにセリードと共に君たちはゆっくり、地道に、リオンを見守ってくれ。手助けなんて誰も出来ないことを彼女は一人で抱えている、だから、見守ってやってくれ。その先にきっと、あらゆる答えがある」
「『同じ過ちを繰り返してほしくない』か。ホントにな、公爵の言葉、マジできた」
バノンは小さな声でぽつりぽつり、言葉を選びながら話し出す。
「繰り返えされていいことじゃねえよな。町が滅びるとかさ、人間が喰われるとか、色々。あと、あれだ。人間が罪を犯してるとか」
「ああ、そうだな」
「なぁ、俺 たち大丈夫かな」
「ん?」
「騎士団は魔物討伐の最前線に立つだろ?‥‥要請があれば、人間を守るために、魔物を殺す。けどさ、もし、聖獣を、人間が怒らせて人間を殺してるとしたら、そういうのに俺たちがぶち当たったら、どうするんだろうな」
「‥‥そうだな、どうするんだろうな。俺もわからないな」
「どうすりゃ、いいんだろうな。‥‥戦争してる方がマシかなぁ、わかんねえや」
「不謹慎なことをいうな」
「不謹慎でも事実だ。だってよ、人間同志なら勝ち負けで正義が決まる」
「‥‥」
「公爵の話の結論はさ?判断間違ったらほぼ死刑宣告されるってことだろ。勝ち負けなんてねぇんだよな、悪も正義もなくて、生き残るか死ぬかの二択を迫られる。‥‥しかも、それが許されるのは俺たち能力持ちのごく一部、他は二択すらさせてもらえねぇ。責任取れねぇよ誰も。俺たちは生き残れるかもしれねぇ、でもな、志願兵とか、絶対無理だ。‥‥俺らの判断一つで死ねって言ってるのと同じになる」
「責任、か。‥‥そうだな、生き残れるか、死ぬかの二択しかない事を押し付けるんだな、俺たちは。そうだな、本当に‥‥。責任を取るなんて言えないな」
バノンはシン‥‥と静まり返った朝を待つ路地に点々と立つ街灯のぼんやりと柔らかな光を見つめた。
「厄介な時代に、騎士団団長になったな」
ジルが小さな声で呟いた。
「それでも、やるしかねえよなぁ、それが俺の責任、だしな」
バノンがそれに答えた。小さな声で。
また二人の間に沈黙が走る。重苦しいのとは違う、二人共に何かを考えている故の沈黙だ。しばらくしてジルがようやく口を開いた。
「この後どうする?」
「寝る」
即答のバノンは自分の頬を両手で叩き、気合いを入れた。
「午前中にはビスに行く名目が決定するんだろ? いつでも出れるよう体力温存する。お前は?」
「まぁ、そうだな、同じか」
「俺は決めたぞ」
「なんだ?」
「リオンのやること邪魔するやつはぶっ飛ばしてやる。知りてぇよホントに、疑問に思ってること全部に答えが欲しいんだよ。リオンが答えをくれるって言うなら、あいつ守ってやらねぇと」
意気込むバノンの隣、ジルは苦笑。
「守る役はセリードが爪の先も譲らない気がするがな」
「は?」
「は?って、お前はそういうことに鈍い男でもなかったはずだが?」
「‥‥あ、やっぱ、そう?」
「そうだろうとも」
「そうだよな、あいつ最近口を開けばリオンの話しかしねぇからな。あんまり話してくるからリオンとはじめて会ったとき初めてっぽくなくてさ、しかもセリードの説明まんまだったから俺笑いそうになったんだけど」
「ふっ‥‥ふはは、確かに」
「うーん、守るのが無理ならなんだ? お兄ちゃん的な?」
「自分で言うか? それ」
「恋人役は無理だしな、俺嫁いるし。そもそもセリードが絶対許さねぇだろ、リオンに恋人なんて。男友達でもダメそうだ」
「許さないだろうな」
「だとするとお兄ちゃんだぞ」
「はははっ」
ジルは軽やかに声を上げて笑う。
「リオンにこらから何人お兄ちゃんが出来るのか楽しみだな」
「お前もお兄ちゃんだぞ」
「長男か?」
「だな。俺次男」
「次男よ、妹の恋人候補が暴走したら止めるのは俺たちだが覚悟はいいか?」
「うわぁ‥‥それ、考えてなかった。あいつ止めるのか? てか、止められるのか?」
「兄貴と弟を増やすしかないな」
「魔物より厄介だと思うぞ‥‥。あいつ」
あの日のこと。
これから先、あの日のことが誰かに語られる日はまた来るだろう。
ジルとバノン。
彼らの運命がこの日少し変化した。
《二十三年前の出来事》。
なぜ、町が滅んだのか。
なぜ、人間が殺されたのか。
その根底にある出来事を知る人間はただ一人。
リオンだけである。
そのリオンが、すべてを語るのはまだ、先のことである。
次の幕からようやく主人公戻って来ます。




