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二章 * 二十三年前の、真相 1

 大陸を横断するアントレット連峰の高いところはすでに雪で一面覆い尽くされ、比較的標高の低い所を開拓・整備した南北を繋ぐ山道も次々閉鎖され始めていた。


「遠回りして正解だったな」

 エルディオン三十九上皇は馬をゆっくり走らせながら隣を並走するジェスターににっこりと笑って声をかけた。ジェスターも頷き返し、後ろを振り向く。

「本当にそうですね。コールの読みが当たっな、助かったよ」

 彼らは北に位置するロンディーヌ国との定期的な交流を兼ねた国家交渉をするため旅路を含めて約三ヶ月も祖国を離れていた。故に帰路を急ぎたい気持ちはみんなが共通して持っていた。

「今年は雪が多いようですね」

 クロードは自分の右側ずっと奥にそびえ立つ山々を眺める。

 連峰の反対側に位置するロンディーヌ国への道は連峰を越え直接ティルバに入国出来る最短のルートを通るか、かなり遠回りして北ナムザム国という東端にある国の平坦なルートを通る二つがある。山越えをする場合、季節の境目での移動はそのどちらがいいか判断が必要とされる。


「お役に立てまして光栄です」

 今回、魔導師の一人コールが山を見て帰り道の相談をしていた上皇とクロードにこのあと数日で山は雪に覆われ、いくら旅に慣れている今回のメンバーでも数日かかる山越えは全て雪の中での野営になってしまうと進言した。彼は風の流れを読む能力に長けていて、気候に左右される長旅には必ず同行するほどの熟練した魔導師だ。

 ジェスターたち騎士団は過去に何度も大雪の中を山越え・野営した経験がある猛者揃いだが、今回は外交による遠征であり、上皇とその側近や世話係などがいることを念頭におかなくてはならない。そのためコールの進言はすんなり受け入れられ、彼らは青空に秋の雲が広がる天候に恵まれた北ナムザムルートを、ティルバに入る遠回りの道を進んだ。

「この年になると公務の長旅は楽ではないな、自由気ままな旅ならいいが。隠居して、南海岸を旅するか」

「お供しましょうか、上皇」

「口うるさいお前がいてはつまらん」

 上皇とクロードのやり取りに全員が分け隔てなく賑やかに笑う。


 距離にして倍以上になる迂回ルートではあるが人にとってはもちろん、急勾配や険しく細い危険な路を避けられる旅路は大量の荷物や乗馬が苦手な者たちを乗せた馬車を牽く馬にとっても楽な道だ。当然進む速度も安定していたし、天候の良さもあって、かなり順調に進んでいた。

 それでも、長旅にはそれなりに注意は必要だ。

 四十人越えの大所帯では全員が宿に泊まることは不可能で、王族の護衛担当を除いた騎士団の団員がまず夜営のメンバーである。そこに雑用全般を任される使用人や位の低い文官などが入るのが常であるが、この海岸線ルートでは宿がほとんどない町と休憩所になる酒場や食堂すらない村をいくつか通過するため、日暮にそこへ到着する場合、それは全員が野営しなくてはならないことを意味する。このペースで行くと間違いなく日暮にその一つへ差し掛かることになりそうだった。そのため、早い段階でこれからすぐ入れる町は宿が複数あるのでそこで今日は宿を確保するとジェスターが提案したが、ティルバの国境が目前にあることが、経験豊富な騎士団の計画にズレを生じさせることになる。


「皆夜営でも構わんそうだ、もちろん私もな。まだ昼前だぞ、もっと進めるではないか。国境関所近くなら盗賊なども出ない、神経質になることでもあるまい。どうしてもというなら関所に私が世話になればいいだろう」

「それはいけません、規則にもあります。関所は夜は閉鎖される小さな関所で休む場所がありません。上皇は身の安全の確保が第一です。夜間の移動と野営は非常時以外我々騎士団のみが原則です」

「ならばなお野営でいい。この風なら夜も冷え込まないそうだぞ。久しぶりの我が家に皆早く帰りたいんだ、数日の野営くらい私も大丈夫だ。これでも以前は国境戦線で最前線に立ったこともあるのを忘れられてしまったか?」

「しかし」

「大丈夫ですよ、ジェスター様。天候は私が保証します」


 ジェスターと彼の騎士団副長フェルドは苦い顔をした。当然だ、規則違反なのだ、確実に。王族の護衛として同行しているのは、単純に何かあったら守るのではない。何かあっては困るから遠征などで旅に慣れている騎士団が移動についての主導権を持ち決定しているのである。不測の事態に繋がることは些細なことでも排除していく判断はこの場合ジェスターにある。それが慣例ではなく規則化されているのも、いかなる時でも人命優先のためだ。


「今回の交渉が上手くいったから上皇も上機嫌なんだ、無理に機嫌を損ねなくてもいいと思うぞ?」

 副長のフェルドと二人、束の間の休息の場から離れて話し込むジェスターに穏やかな声でクロードが話しかけながら近づいていくと、副長は一礼して勢いよく顔を上げる。

「失礼を承知で申し上げます、規則は規則です、やはり俺も反対です。宿がないということはもしもの場合上皇の護衛に最低限必要な建物が確保できないということです」

「クロード様、どうにかなりませんか。上皇に押されてしまうと私の発言力ではどうにもなりません、このままこの町に。」

「責任は私が持つのだ、気にすることはないぞジェスター」

「上皇‥‥」

「私にはこれで最後の長期遠征だ、好きにさせてはくれぬか?皆と焚き火で語らえるチャンスはもうないだろう。若い者たちとこうして話す機会もない、この他はお前たちの判断に任せるからこの帰路で時々、私に時間をくれるとありがたい」

 温厚で人望厚い、人々に愛される国王だった。息子のエルディオン四十が戴冠した時は彼の事実上の引退に反対して暴動を起こそうとした者たちまでいた。ここにいるメンバーもそうだ、身分などないように分け隔てなく話しかけてくれる、話を聞いてくれる上皇を尊敬し、親しみを持っている。

 規則をどんなに盾にしても、自分に誰よりも忠実な副長のフェルド以外賛成してくれる人は少ないだろう、むしろ上皇の気持ちを盾に皆に反対されるのは楽しそうに上皇を囲むみんなの顔を見ればすぐにわかると、ジェスターにため息をつかせた。

「‥‥仕方ない、のか」


 いつもより早い雪。

 たったそれだけのことだった。


 魔導師が帰りのルートを変更させた。

 天候に恵まれ、馬たちの足取りが軽かった。

 順調な旅路は皆の久しぶりの我が家へ帰る気持ちを増長させる。

 上皇が快適で順調な帰路に喜んで、いつになく饒舌だった。

 その姿が規則を煩わしく感じさせもう少し同じ時間を共有したいと思わせた。

 クロードの中にも不安がなかったわけではないが、最後の旅になると知っていたから上皇の気持ちを優先させたいと思ってしまった。

 ジェスターは規則を守らないことで起こる全ての責任は自分が背負う覚悟をして、楽しそうに過ごす上皇と皆を見守ろうと決めてしまった。


 このことが、ジェスターと副長が計画したものより移動距離を大幅に稼ぐことになった。


 次の日、何が起きたのかわからないまま辺りを見渡し立ち尽くすだけの《はずだった》。

 誰1人失わず、王都に戻っていた《はずだった》。

 黒い、恐怖の塊に遭遇することなく、跡形もなく消え去った町の痕跡を訳も分からず呆然と眺める《はずだった》。




「規則違反を犯したからね、私は当然それなりの額の違約金を払うことになったし、上皇もクロード様も立場上表だった罰則はなかったが、それでも色々とね。‥‥恐らく、自分から団長を降りていなければ責任を取るために団長の位は剥奪されていた。どのみち私は騎士団を追われることになっていたはずだ」

 ジェスターは懐かしむような遠い目をした。

「それでも、あの日‥‥確かに上皇が上機嫌で、皆が楽しそうで、夜の冷え込みも気にせず皆がテントを背に焚き火を囲んでささやかな量の干し肉を旨そうに噛っていた姿を思い出すたびに、後悔出来ない自分がいて、その罪悪感が騎士そのものの廃業に繋がったのかもしれない」

 ワインの入ったグラスを見つめ、ジェスターはまた右の瞼を撫でた。

 これはもう癖になっていた。昔のことを、あの日を思い出す度にどうしてもあの痛みが酷くなって苦しんだ故についた癖なのだ。

「早いものだ、もう二十四年か」

 今はもう跡形もなく消え去った痛み。けれど手は忘れていない。その記憶を呼び覚ます度に瞼を庇うしぐさをしてしまうことを。

「さて、ここまでが前日の話だ。‥‥この翌日、あれが起こるんだ」






この幕はこんな感じで過去の話が中心です。


主人公まだ出ません。

ごめんなさい。

なぜかジェスターさんが主人公っぽくて作者も苦笑してます。

次です次。この後の幕から出る予定です。

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