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二章 * 火種 4

 バノンとジルは訳がわからず自分達を呼び出した二人の公爵を交互に眺める。

「待機中に申し訳ないね、しかも夜遅く」

 二人の騎士は、メルティオス公爵家応接間の大きなソファーに座らされ、超高級なワインを飲まされ、一体何なのか本当に訳がわからないでいる。

「明日の昼には結論がでる。それまで時間があるから、まぁ酒でものみながら」

 この公爵、レオン・メルティオスは呑気な話口調が有名だ。ジェスターとは対照的でその親しみやすさからあらゆる交遊関係があり、噂ではあるが某国の国王と夜通しカードゲームをする仲だとも言われている。ただ、それはあくまでも噂であって、この公爵は徹底した情報管理をして自分の私生活を殆ど公にしていない。人を招くことが極端に少なく、こうして接点が今までほとんどなかったバノンとジルが例え騎士団団長という立場であっても、極めて珍しいことなのだ。


「失礼を承知で単刀直入に、お願いが」

 ジルが表情は固いが穏やかな口調でレオンに問いかける。

「私とバノンが呼ばれた理由を教えて下さい、公爵が二人も揃い、騎士団団長を招くことが呑気に構えて話をするようなことではないと思いますが?」

「そうかな? じゃあ単刀直入に。うおっ!! やっぱり重い、腰抜ける!」

 レオンは自分が座る重厚な椅子の横に重ねて置いていた黒塗りの箱二つを一つずつかなり重そうに持ち上げて二人の前のテーブルに乗せて並べた。本当にかなり重さがあるのだろう、乗せた瞬間テーブルにその重さが生む振動が鈍い音とともに広がった。

「え?」

「なん、だよ」

 (いぶか)しげな顔をする二人の前でレオンは箱の蓋を開けた。

「それぞれの箱に金貨で三千枚、三千万オルドある。」

 オルドは大陸共通の通貨単位だ。金貨は一般市場に出回る最高貨幣で一枚一万オルドである(日本円換算で一枚約五万円)。

 二人は突然の大金に息を飲んで言葉をそのまま失ってしまう。

「君たちそれぞれの騎士団にメルティオス家から寄付をするよ。明日朝宿舎に届けさせる。持って帰れと言われても大変だろうし。あ、痛いと思ったよ!! 爪が割れてるよ! 普段こんな重いもの持たないからなぁ」


 状況が飲み込めない二人は反応が遅かった。レオンの言い方が軽々しいせいもある。

「‥‥あの? 寄付金?」

「そう、寄付金。セリードの後を追うんだろう? 滞在期間がきっちり決まっていない遠征なら資金が潤沢なのが一番だ。まぁ、討伐が支援に変更されるなら武器や防具、人員の消耗をあまり気にしなくていいからもっと少なくてもいいんだろうけど、ビスは遠い。想定外の出費で資金が枯渇すると調達に難儀するからこれくらいがいいだろう」

 レオンの口調に吊られたジルが思わずハッと息を強く吐いてから笑ってしまう。

「あなたと私には接点が今までありませんでしたよ? いきなりどういうことです? 子息のジアン・メルティオスなら議会に出ているし何度か話もしています。彼ならまだしも、特定の騎士団に一度も寄付をしてこなかったあなたが何で今になって我々の隊に?」

「ああ、じゃあ息子名義でもかまわないよ。いいかな? ジェスター。」

「それは私が決めることではない、問題ないだろう、好きにすればいい」

 ジェスターはその話は興味ないと言わんばかりに高級なワインの香りを楽しみながら少し離れたところでじっくりとそのワインを飲んでいたように見えたが、視線をグラスから二人に移すと小さく息をついた。

「と、いいたいところだが。レオンは話すより聞くのが得意な男だ、だから私が説明する、聞いてくれ」

 体を任せていたソファーからゆっくりと立ち上がったジェスターは、3人の元へゆっくりと近づいた。レオンの座る椅子の横に立つとグラスを持ったまま、その椅子に寄りかかった。


 ジェスターが王子とブラインについて大まかに説明を始めてまもなく

「ああ、その噂なら」

 と、バノンが反応した。

「俺も聞いたことありますね。ブラインの後ろに王子がいるんだって」

「お前、そんな話誰から」

 驚きジルが詰め寄るようにして問いかけると彼はムッとした顔をして睨み付けた。

「お前も名前聞いたらイラッとするぞ」

「は?」

「ニアだよ」

「‥‥ニアって、あのニアか」

「そう、愛人ニア」

「‥‥名前だけでイライラさせる女はあいつだけだな」

「だろ?」

 公爵二人がきょとんとしている。聞いたことのない名前なのだろう、お互いが知ってるか?と言いたげに目を向けている。それに気がついたバノンが不機嫌そうな顔のままいい放つ。

「ブラインの愛人の一人って言えば分かりやすいっすかね」

 さすがの公爵も驚いたらしい、二人ともえっ?と文字が見えそうな分かりやすい顔をした。

「元々王宮の調理場で見習いしてたんですけど、玉の輿に乗りたいって手当たり次第に男誘惑して、最初から評判悪いのなんのって。ただ、今は余程いい生活させてもらってるのか仕事やめて王都で無職で独り暮らしらしいっすね。外で会うとこれがまた馬鹿丸出しで」

「自分が地位の高い男の愛人だってことを言いふらしてるとか、貢ぐ男が何人もいるとか、そういう噂もあるみたいですよ」

「あいつほんとに面倒くせぇよな。で、町で俺が部下と酒場に行ったらそこにいて、絡まれたんですよ。そのうち騎士なんてブラインの一言で簡単に失脚させられるとか言い出して。そんときですよ、出所がわからねえ金使うヤバイ奴にそんなこと出来るかって言い返したらあいつペロッと」

「王子のことを?」

 レオンは興味深い目をした。バノンがはっきりと頷く。

「最初は懇意にしてるんだ、みたいなこと言ったけどブラインが王子とよく会ってるとか、ブラインに宝石を貰ってそれが王子から譲り受けたものだとかそんなことまで。あいつの話は大袈裟だったり嘘だったりばっかだから信じなかったんだけど。ブラインが夜中ランプも持たねえであいつが住んでるらしい部屋に入ってくのを夜の巡回で見た。愛人になったのは最近? 詳しいことはわからないっすよ」



 余談ではあるが。

 ブラインは子爵家当主で、実は領有院最高議長にすんなりなれるような位置付けではなかった。ただ、彼の父親が事業で成功したこと、そして妻がティルバの至るところで商売をしている豪商の娘で資金の潤沢さから他の議員への個人的な貸し付けなどをすることで人脈を広めた経緯がある。そこに公爵二人が議長にならなかったことが重なり、派閥を強め今の地位に就くことになった。

 今さらだが彼を議長にと投票した議員たちは、就任当初から悪い噂が流れることになったうえに、議長としての技量は他の最高議長と比べたらどうしても劣るし、挙げ句の果てには常に愛人が複数存在するような男を議長にしてしまったことを内心後悔しているのは当然だが、立場上他には表だって頼めないような借金を彼に頼っている実情があるため、彼のことを堂々と批判できないし議長から引きずり下ろせないでいる。それとジェスターやレオンのような究極の保守派(王家に害をなす存在は大きく強くなる前に潰してしまおうという考え)が領有院の頂に立つことは色々と後ろめたいことがある議員には避けたいところで、今の領有院が荒れているのはこういったことが関係している。




「‥‥ほう、面白い話が出てきた。どうして私のところにその情報が入ってこなかったのかな? セリードあたりが知っていそうだか」

 そう言ったジェスターの顔は怖かった。口元に笑みを浮かべ、目を細め、楽しそうなのだ。

「あー」

 バノンは乾いた笑いを浮かべた。

「ニアのこと相当毛嫌いしてるから誰もあいつにその話しないと思いますよ。ブラインの愛人って話もニアがしょっちゅう嘘を付くから本人が周りに漏らしても信じない、オレらが知ったのだってブラインがあいつの家に入って行くのこの目で見たからだし、身に付けてるものがそれなりに高額なものになってたからだしな。オレらも関わりたくないからニアの話なんてしねぇし」

「恐らくブラインもすぐにニアの面倒さに直面していると思います」

 ジルが続ける。

「あの女はとにかく面倒なんですよ。同世代で相手にするヤツがいないのはもちろん、話題にすらしたくないと思いますよ。下手に名前を出して関わりがあるなんて思われたらいい迷惑ですし。金と名誉が手に入るなら手段を選ばないあの性格はブラインより質が悪い。ブラインと違って教養もないからなお悪質というか。ブラインも今頃後悔しているんじゃないですか? 自分と王子の名前を出されてますからね、その発言を信用しない人がほとんどですが、我々のようにブラインとは距離を置いている人間にしたら気に留める話ではあります。ニアの口の軽さに、適当な金をあてがってすでに距離をとっているかもしれませんよ、あの男には体だけの関係の女は少なくとも十人いる、なんて噂もありますからニア一人手離したとしても痛くも痒くもないでしょう。話を聞きたければ早い方がいいですね、逃げられるかもしれないですし」

 それを聞いて、公爵二人の顔がまた妖しく笑みを浮かべた。

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