二章 * 火種 3
王宮を出て用意されていた公爵家の馬車に足を掛け、颯爽と乗り込む。
「予定通りメルティオス家に行ってくれ」
馬車係は素直に頷き返事をしたが、馬車の扉を閉めるためにそばにいた側近が一礼して声をかけた。
「ジェスター様、すでにセリード様がリオン様達を追うためご自身の屋敷に戻り準備を進めているようです。奥様にご連絡はどうなさいますか?」
「それについては事前にマティオに伝えてあるから心配ない」
「そうでしたか。失礼致しました」
ジェスターは外の側近に向かって顔を近づけた。
「それより頼みがある」
「なんなりと」
ジェスターに指示を受け、全ての内容を確認すると
「それではお気をつけて」
「ああ」
馬車の扉が閉じられた。馬車係が馬を操りゆっくりと車輪が回り走り出す。
「ジェスター様はなんと?」
「馬車の中で話そう」
主人を見送った側近の1人が問いかけたのは、アルファロス家が所有する本宅をふくめた全ての屋敷にある書庫や個室、そして書斎まで自由に出入りを許され、公爵家の執事長同様に屋敷の管理も可能な人物、トーマ・コラシュ。トーマは他の3人と共にアルファロス家に戻る馬車に乗り込んだ。
「もう一度、ブライン氏の身辺を徹底的に調査せよとのことだ」
「厄介なことをしているからな」
「ネグルマを後回しにしてビスへの派遣要請を議会に申請したのも、ネグルマの一部を領土にするマーチマス伯爵がジェスター様と親しいからだし、ビスは王家領、周りの議員を上手いこと言って丸めこんだ。一部の議員は賄賂を受け取っているしな」
「ああ、それと‥‥。エディアス王子の身辺も今一度慎重に、と。王家領のビスを優先せよと圧力をかけられたとある子爵がジェスター様に相談してきたそうだ。‥‥領地が不作で財政難のことをどこかで聞き付けたらしく、資金提供をする代わりに言うことを聞けと。ジェスター様は他にもいるだろうから王子が接触する議員や有力者の動きをみていてほしいとのことだ」
3人がその言葉に顔を曇らせた。
「最高議長は議員に自分を支持させるための賄賂や資金提供だけでなく騎士団に個人で寄付している。表向きは平均的な額らしいがな。巨額な資金の提供者が影にいなければ寄付も資金提供も無理だろう」
「それが‥‥王子だと?」
「ああ、ブライン最高議長の収入と資産をどんなに多く見積もっても全額出資はあり得ないと前々から話になっていたろ?ジェスター様が目星をつけていた騎士団の財務係と秘密裏の交渉をしていたが、それが上手くいって騎士団の帳簿を借りられた。‥‥セリード様を除いた、騎士団の平均資金の二倍に迫る資金を保有するふたつの騎士団がある。それについて、サイラス様の側近と連携をとり調査せよと」
「なるほど、戻り次第協議しよう」
騎士団の運営に必要な資金の出所は大きく分けて三つある。税金、王家の出資、そして寄付などの外部からの収入で成り立つ。税金と王家の出資で十分賄えるよう編成されていて、寄付や出資は特定の指名をしなければ均等に分けられる仕組みになっている。
その中で今、突出して資金が潤沢なのは四十一世代第三騎士団セリード・アルファロス隊である。理由は明確だ。
ジェスターが騎士になり団長に就任した時、彼の父でありセリードたちの祖父であるソニアス・アルファロスが資産の一部の売却(極わずかで公爵家にとっては小規模投資程度にしか思っていない)、土地建物などの無期限貸出をジェスターに対して行っている。それにともない他の寄付金などはすべて別の騎士団に回されることになり資金に余裕が出たことで、周りからは異常な偏りの資金保有(十倍以上)でもジェスターは黙認されることになった。ジェスターが辞任後は資産も土地建物もアルファロス家に戻されたが、セリードが騎士団団長になるとすぐさまほぼ同額の資金と土地建物がセリード隊に提供された。金額にすると今現在の平均資金の八倍以上という巨額の資金は、セリードの騎士団以外には存在していないし今後もそう簡単には現れないだろう。
「それにしてもまずいな」
側近の1人が呟き、周りもそれに賛同するように頷いたりする。
「本当に王子が資金源なら‥‥王子は法で裁かれる。スキャンダルどころではないな。どういう資金作りをしているのか全く掴めていないのが怖いしな」
「最低でも王位継承権の剥奪は避けられない」
「それが分かっていてやっているのか? そしてブラインも。トーマ、この件‥‥お前はどう思っている?」
トーマは厳しい顔だ。
王族が個人資産を騎士団に寄付や譲渡することは禁止されている。王位継承権を持つということはあらゆる決定権に関与するからだ。魔物討伐だけでなく、国土問題、内乱などの制圧を直接行う騎士団が、議会と王家を無視して王族個人の意見に従う事を阻止するための古くからある法だ。
今までの王族にはその法を破るものはほぼいなかった。その罪は重く、王位継承権の剥奪と王家からの除名となるからだ。権力と発言力を失うだけではない、全ての個人資産を没収され、罪を償っても継承権は二度と戻らずその子孫も王家の血統であると名乗ることを禁止されてしまう。つまり、存在そのものが抹消されるような重いものだ。
「ブラインだが‥‥いくら資産家の妻がいて、父親が事業を成功させたとしても、公爵家、侯爵家などと比べればたかが知れている。ブライン最高議長には高額寄付を長期的に続けられる資産はない。だから裏の提供者が大きな役割を果たしているがそれが、王子‥‥。そして領有院に所属する資産にゆとりある爵位家のほとんどは公正な定期的寄付をしているし騎士団の派閥争いに巻き込まれるのを望まない、だから騎士団を指定せず分配される寄付の形をとっている。特定の巨額出資はジェスター様だけだ。派閥争いに影響しているといわれる政経院議員にそれなりの資金源がある人物は数名いるが、全員自分が資金提供している騎士団をはっきりさせているし、額も長期支援を目的にしているから定期的に少額の寄付を続ける形をとっている。もちろん、公正な寄付だ。それらの騎士団に裏帳簿があったとしても大したことはしていないだろう。‥‥そういったことも踏まえて、ブラインとの付き合いのある騎士団は三つあるが、そのうちマリオ隊はアクレス様の目があるし、元々どういう理由でブラインと接点を持ったのか不明だが帳簿については資金提供を含めても『シロ』と断言できるものだそうだ」
「それで?」
トーマは息を整えるように一瞬の間をとった。
「そして他の二隊だが‥‥領有院の最高議長の名前で裏で巨額の支援を受けているのは‥‥三十九世代マクシス隊と、四十世代レオ隊。この二隊、ブラインから何人か文官を借りて裏帳簿を作らせている。口を割ったのもその文官だそうだ」
一人が舌打ちをして、馬車の壁を握りこぶしで
叩く。
「どっちも、王族ゆかりの人物推薦で騎士団長になったやつじゃねえか。しかも、最高議長の紹介の文官って、王宮の奴ってことだろ?」
「公になったら一体何人が法で裁かれることになるんだよ」
重苦しい空気が馬車の中に充満しているようだった。
「ジェスター様はセリード様と度々そういう話をされていて、早い段階で目星をつけていたそうだ。王家ゆかりの血筋推薦がある騎士団団長というのはどんな時代でも利権の格好の餌食だからな」
トーマは落ち着いた語り口調で3人に話を続ける。
「この先ジェスター様が何をなさるかまだわからないが、メルティオス公爵の所へ向かったのも考えがあってのことだろう。我々とは別件をメルティオス家の側近が色々調べてくれているし。‥‥もし、公になればこの国を混乱させる事態だ、そして王子が介入しているとして問題の騎士団がそれを知っているとしたら、混乱の中で騎士団が二つも消える事態もあり得る。もちろんブライン氏の失脚もな。魔物との戦いでこれから国が疲弊していく可能性がある、ジェスター様は可能な限り水面下で収め国政に影響を与えないようにと思っておられる。それを全力で我々は補佐するんだ。忙しくなるぞ」
「ああ、わかってる」
「やるしかねぇな」
「そのようだな」
―――メルティオス公爵家―――
「遅いじゃないか」
「ぎゃあぎゃあうるさいのがいたからな」
「ははは!! ブライン? バイエン殿?」
「質は違ったがどっちもな。あまりにも鬱陶しいから余計なことを言ってしまった」
「見たかったなぁ!!」
レオン・メルティオスは、執事に案内されてやって来たジェスターを笑い、勝手が分かっているのか迷いもなくソファーに腰掛けてゆったりと構えた彼にグラスを差し出した。
「あのふたりが到着する前に聞かせてくれるんだろう?」
「面白くもなんともないぞ」




