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二章 * 南へ 4

 リュウシャの異常な味覚に何度も驚かされながらも気を取り直してリオンは琥珀を見ながら『面白い』と何度か呟くリュウシャに

「メインはその魔力じゃありませんよ? おまけみたいなものですし」

 とサラリと言葉をかける。なんとも気の抜けるどうでもいい様な声だ。

「え? いや? そういうことじゃなく」

 ガイアがさすがに驚き苦笑する。

「一応説明してくれないか。身守りの結界なんてそうそう使えるものじゃない」

「そうらしいですね、でもすみません、私全然その辺詳しくなくて」

 あはは、と多少は申し訳なさそうにはしたけれど笑ってその場を誤魔化すかしかない、そんな思いがはっきり分かる。彼女にとっては本当にそこはどうでもいいらしい。


 身守りの結界とは、魔導師の中でも魔力が強いく放術する時どんな環境にも左右されにくい安定した技術を要していること、自分の周りにかける結界でその周囲の人の動きや結界への侵入を察知する術を扱える、というふたつの条件を満たせる者が使える高等魔法だ。

 戦闘などの際、自分の体にこの身守りの結界をかける。すると魔力の高さや経験によって強度や耐性時間に幅があるものの、鎧や兜のように体を守る事ができ、それは魔力も比例し、強ければ強いほど防御として発揮する。


「それが、この琥珀にかけられている。しかも、魔力が込められていないと思わせるくらい薄い膜のように微力だ。長い間魔導師をしているがこんなやり方は、お目にかかるのは初めてだ」

「琥珀が割れないようにするためらしいですよ」

 彼女の『らしいですよ』という軽々しい発言にも驚かされつつ、リュウシャが冷静にリオンに質問していく。

「割れないように?」

「はい。琥珀は気泡や不純物が多くて衝撃に弱いみたいです。鉱物ともちょっと違うようですし。だから破損しにくくするために試行錯誤してもらって」

「どうしてわざわざ琥珀にそんな事を?」

「琥珀が一番適していたんですよ。匂い、嗅いでみてください」

 言われるままにリュウシャとフィオラが鼻に琥珀を近づけた。

「これは、花?」

「色々試した結果なんです、匂いが付けられて、消えにくい、消えても使い回しの効く劣化しにくい硬いもの。いくつか適したものがあった中でもビートが施術しやすいのと手頃に買えるものだと琥珀が一番だったので」

「一体、これは?」

「高山菖蒲の花の香りを染み込ませた、香り石、とでも言えばいいかも知れません」


 高山植物に分類され、標高が高い山だったり、夏でも涼しい山岳地帯の裾野などにしか生息しない菖蒲だ。

 普通の菖蒲に比べ背丈は低く、花も小さいが十分な湿度を保った土で涼しい夏が訪れる土地で淡い赤紫色の花が美しく咲く。ティルバでは生息地が限られるようで、その現物を見たことがある人はかなり少ないだろう。


「へえ、高山菖蒲ってこんな香りなんだ。王都や私の故郷じゃみないから、初めて。結構いい香りぃ」

 興味津々に香りを嗅ぎながらフィオラは呟く。

「聖獣が好むのよ、この香り」

「‥‥ん?」

「ん?」

「サラッと凄いこと言ってない?」

「凄いかどうかはわからない」

「感覚がおかしいから」

「凄くはないでしょ、変なことくらいには思ってるけど」

「情報の一言で済ませるんじゃない、特殊能力女」

「別に特殊能力じゃないでしょ、ちょっとだけ変わってるなぁという、自覚はあるけど」

 真顔で妙なやり取りを平気でする二人では話が進まないと察したリュウシャがフィオラと代わろうと割って入る。

「リオンはどうしてそのことを? やはり君が与えられるという記憶が?」

「はい、どれくらい前の時代かちょっとわからない記憶で、この香りが懐かしいと聖獣が花を抱えて持っている女性に近づくんです」

「菖蒲の香りを?」

 リオンはうなずいた。

「その花が高山菖蒲と分かったのはジェナのお陰なんですけどね。私は知らなかったしビートも薬草になる花以外は(うと)くて。ジェナは花に詳しくて特徴からすぐに分かったんです。そのあと別の記憶のなかでその香りが聖獣の好む香りらしいことが分かったんです。役に立つと分かったまではいいんですが、低温の湿地帯や山にしか育たないから手に入ってもそのまま持って旅なんて出来ないし、だからといって乾燥させると香りは無くなるしで。‥‥そのうち香油や香水、石鹸なんかを作るのが得意なジェナが、色々工夫して香油にすることに成功したんです。そのあとは持ち運びが楽なように、香りが残りやすいように木や石、布なんかも手当たり次第に試して琥珀に落ち着いた感じです。それからビートと旅をする時は必ず持ち歩くように。ただ作るのに時間がかかるんですよ、高山菖蒲の咲いている所にいって香油にするところから始まるので」


 リオンはやはり普通のことのように落ち着いた笑顔で、フィオラは少し呆れ気味だ。反対にリュウシャとガイアの顔は硬い。

「‥‥で? その効果は?」

 リオンがわずかに考える仕草をした後、直ぐに答えた。

「場所にもよると思います、でも手付かずの広大な森や山なら確率は高いですね。今のところ出会っても話しかけても距離を保ってこちらを見てるだけだしビートは私だから反応している可能性もあるんじゃないかって言いますが、私にはそうは見えなくて」

 さらに彼女は続ける。

「正直、私もシン以外とは話したことがありません。私も出来ることが限られていますし、あちらは私の何かを観察しているようで、距離を縮めるにはまだ条件があるかもしれないんです。‥‥でも、たしかにこの香りは聖獣との関わりを持つのに必要なことは分かってきたんです。」

「そうか‥‥何か特別な意味があるのかもしれないなこの香りには」

「理由も遅かれ早かれわかるはずです。それ、差し上げます。身につけていて下さい」

「我々が?」

「はい。持っていることで聖獣が警戒心を押さえてくれるのは私だけじゃなく他の人も同じはずです。上皇様が信頼されてるお二人ですから私も信用します。それで、これからもし聖獣に遭遇したなら、聖獣が欲しがったら、渡してほしいんです」


 リオンは一粒、手の平に乗せていた琥珀を見つめて、そして包み込むように握った。

「彼らと私たちをつなぐ一つの手段に過ぎませんが‥‥香りを頼りに、出会って、彼らがその人に興味を持って、人が琥珀を渡すというこの一連の行為は、彼らが人との関わりを受け入れるためのきっかけになるはずです」

「聖獣と人が関わる? そんなことが出来るのか‥‥。」

「はるか昔のこの世界は、聖獣も動物も人も‥‥互いに関わり、影響しあい、共存していました」

「なんだって?」

「魔物がいない世界で、私たちの遠い祖先は聖獣の力を借りて、人として活きるために必要な場所を守るために戦いを生き抜いていたんです」

 ガイアが、信じられずに目元を手で軽く覆い、深呼吸をした。

「正しいことなのかわかりません。でも、たった一人でも、たった一体の聖獣と関わりを持つことは、過去の縮図を見ることになると思うんです。とてつもなく長い寿命の彼ら聖獣から、この世界の話を聞けたなら、ほんの少し変わると思いませんか? 暗い影が落ち始めている今の世界が」

 落ち着いた顔つきで、リオンは琥珀を再び強く握りしめた。

「人間がいて、聖獣がたくさんいて、そしてそこには魔物はいないそんな過去がこの大陸にはあったんです。それなのにいつの間にか聖獣は幻、希有な存在になって魔物が出てきて。私は純粋に興味があります。きっかけは? いつから? その時人間は何をしていたのか? 知りたいんです、知ればきっと、何か変わる。」


二章の一幕無事終了です。


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