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二章 * 南へ 2

 ひっそりと厩舎を抜けたまではよかった。


 数日分の旅支度がしっかりと詰められた荷物がくくりつけられた馬を二人は紹介され、簡単ではあるがガイアとリュウシャとも挨拶をして、動きやすく旅にぴったりの服に着替えて、上皇に丁寧に丁寧に礼をして王宮を抜け、王都に降り立った。

 リオンはこれからさらに自分は過去と、真実と、この大陸の《(いにしえ)から続く問題》と真正面から向き合って目をそらすことが出来なくなる。後戻りは出来ない道を選んだのだと自分に言い聞かせた。

 身も心も引き締まった。

 ここまではよかった。本当に。


「速い速い!! ちょっと止まってくれますかね馬さん!!」

 リオンが叫ぶ。

「まだそんなに走んないでよ! ここ王都! 街中! 安全走行!! こらぁ!!」

 フィオラも叫ぶ。

 真面目に真剣に気持ちを切り替えた心を綺麗サッパリ振り落としてくれたのが今まさに彼女たちが手綱を握る馬。リオンとフィオラはとんでもなく軽やかで速い馬に対して叫んでいる。振り落としたりしないのはいいが、とにかく速くて、残念なことに言うことを聞かないのである。

「家に寄らせてー!! どうしても持っていきたいのがあるよのー!!」

 ぎゃぁきゃぁ騒ぐ二人を年の功か、ガイアとリュウシャは後方で別の馬を操りながら面白そうに笑っている。

「海王号、空王号、スピードを落としなさい」

 リオンとフィオラが手綱をどれだけ操っても言うことを聞かなかったのに、笑いながら愉快そうにガイアが命令したとたんに馬たちはパカポコパカポコ、おとなしく上品に歩きだす。

「なんなの?! ねぇなんなのよ!! 理不尽極まりないけど?!」

 やっぱりリオンは叫ぶ。

「ムカつく!! 私はこれでも聖女付き魔導師なんだけどね! ナメられるような魔導師じゃないはずだけどね!!」

 フィオラも叫ぶ。

「今回は特別だからね、我慢してくれ。彼らを操れる人は少ないんだ」

 ガイアの笑いを全く押さえない声に加えてリュウシャまでも。

「そのうちなれるよ! 遠乗り好きの陛下がよく乗られている骨格も筋肉も素晴らしい早馬たちだ。性格は悪くないんだ、ただ走るのが好きすぎて調教に他の馬の四倍かかったくらいで」

「それ問題児って言いますよね」

「ヤバい、ヤバすぎるこいつら‥‥」

 リオンはひきつり笑顔、フィオラは項垂れ頭を抱えた。


「大丈夫か? ヘロヘロだな。」

 薬屋の開店準備に勤しんでいたビートは店の前でホウキを持ったまま立ちながら、馬の上ぐったりしているリオンとフィオラをニヤニヤしながら眺める。リオン達の姿や装備を見れば驚きそうなものなのに、恐ろしく緊張感がない。

「う、馬がとんでもなくて‥‥。もう、疲れた、三日分くらい疲労溜まった気がする」

「あぁ、なるほど」

「それより‥‥あのね急に」

 なんとか体を起こしたリオンが続けて話そうとすると、被るように話し出したのはビート。

「聞いてる聞いてる」

「え?」

「今日朝ミオ様から御使いが来てな」

「ミオ様から?」

「ああ」


 ―――リオンに旅立ちの風が吹いたわ。しかもその風が迷わず進めと言っている。

 直ぐに王都を出るでしょう、この風はリオンを強く押し目的の地へ運んでくれる。

 リオンはあなたからなにか‥‥彼女が私たちを導くのを手助けする、補う、そんな何かを受け取るため立ち寄るようだわ。―――


「ってな」

「そう、なんだ」

 聞いたあと、ふっと、落ち着いてリオンは息をついた。

「じゃあ、もう用意してくれてたんだ?」

「当たり前だろ、これからはもっと必要になるって話してたろ。それに近々お前が旅に出るのは決まってた、俺が一緒に行かないんだからメンテナンスがかからないようにしなきゃならなかったから、ここに移ってすぐ念入りに仕上げたのさ。ほらよ。もってけ。店の売り物よりそっち優先したんだからありがたく使うんだぞ」

「ん、ありがと」

 リオンは小さな皮の袋を馬の上から受け取った。そして、ビートがやっぱりニヤニヤ笑う。

「気をつけて行ってこい、あのな、ミオ様の伝言に続きがあるんだけどな?」

「うん?」

「馬に受難の相が出てるから頑張るように、だとよ」

 リオンとフィオラが唸ってうなだれ、ガイアとリュウシャは他人事なので遠慮なく笑う。ビートはそんな少し緊張感がない空気のなか、ガイアとリュウシャに近づいて、馬にまたがる二人を見上げる。

「上皇やミオ様からの言葉にちゃんと耳をかたむけるからあんた達が選ばれたんだろうから心配はしないが‥‥。どんな些細なことでもリオンが止めろと言ったらそれには従ってくれ」

 ビートの言葉にリュウシャが目を細め穏やかな表情をする。

「承知している。上皇より、彼女の言葉を決して無下にしてはならないと念を押されているからそれは安心してくれ」

「そう、それがあんた達が魔物たちから無事に無傷でここに帰ってくる条件だ。細かいことはリオンにその都度聞いてくれ」

「ああ、そうするよ。そして彼女のことは安心してまかせてくれ、責任をもって魔物はもちろん盗賊などのあらゆるものから守る」

「ああ、それなら半分は心配ない」

「え?」

「リオンは元々魔物には襲われない、たぶんな」

 ビートの発言に、ふたりが目配せをした。ビートはやっぱりニヤリとした。

「その辺も、リオンから直接きいてくれ。騎士団の先行隊に追い付くには少し時間はかかるだろうしさ。その間にでも」

「‥‥そうさせてもらうよ。君の忠告も、聞いておくに越したことはないだろうから」

 リュウシャがどうやらビートの魔力をじっくり観察したらしい。彼は意味深な笑みをビートに見せつけた。

「いずれ君ともゆっくりと話す機会を設けよう、聞きたいことが沢山ある」

「俺はねえよ、お断り」

 ちょっと見下したような鼻で笑ったビートは彼らに背を向けると手を上げた。手の平をヒラヒラとテキトーに振りながら、荷物でゴタゴタしている店内にのんびり進む。

「リオン、気をつけて行けなぁ」

「うん、戻ったらお店手伝うからね」

「おう。期待してる」

 すると店の奥からひょっこり顔を出したジェナが大きく手を振ってきた。

「いってらっしゃいー。帰ってきたらご馳走用意してあげるわよー!! その時は3人も一緒に食べにきてねー」

「余計なこというな。なんであんなじじい二人まで」

 ビートは苦々しい顔をしてそう吐き捨てた。リオンは面白そうに元気よく手を振った。

「行ってきます」




「凄い面白いメンバーで旅が始まったわね?」

 キレイに磨き上げたカウンターに肘をつき、ジェナがわざと真剣な面持ちで言ったので吹き出し笑いをするとビートは薬草がぎっしり詰まった木箱に座り腹を抱える。

「なんじゃありゃ、ジジイ二人と若い娘二人。誰が見ても怪しいっつうの!」

「しかも明らかに強そうな体格のジジイと気難しさ全開の顔したジジイよ。どっからどう見てもただ者ではないわぁ。あれなら盗賊だって関わりゴメン、よねぇ?」

「ミオ様の伝言にもあったなぁ、まず間違いなくあの組み合わせは運も含めて最強の相性だから安心して開店準備してくださいって」

「実際そうなんでしょ?」

「ああ」

 ビートはやっぱり笑っている。

「あのジジイ二人、相当強いぞ?しかも当分死なねえな、ありゃ。二百まで生きそうだな」

「あら素晴らしいじゃない、リオンにぴったりね」

 二人はゲラゲラ笑う。

「風は悪くねえぞ、リオン。今のところはな。がんばれよ‥‥」

 そして何かを思いだし、ビートは笑うのを止めた。

「どしたの?」

「ん?‥‥ちょっとな、気になって」

「ミオ様の伝言?」

「この旅はよい風に吹かれる、ただしその後に嵐の気配‥‥か」


 ―――風が嵐を呼ぶみたい。

 この先リオンの周りが騒がしくなるかもしれない。

 恐らく彼女の未知の力が関係するのでしょうけれど、若い力が嵐に翻弄される。思いの外この嵐は長くて範囲も広い。被害の後始末は時間がかかるでしょうね。リオンはその後始末につきあうことになりそう。―――


「確かに気になるわよね」

 上目遣いでジェナが唸った。

「だからこそ、あのジジイ二人が出てきたんだろう。ミオ様が先手を打って上皇様やジェスター様と話し合ってたのかもな。リオンはいいが‥‥。若いやつらはリオンの言動に間違いなく困惑するし、反発もするだろう。まぁ、血気盛んな奴もあのジジイの話になら耳を貸すし、言うことも聞くんだろ。それのお陰で多少はリオンの言葉が通じるだろうがな」

 ジェナははぁ、と大きくため息。

「聞くかしらねぇ、リオンの知る《過去の記憶》とかリオンの風変わりな魔力って間近で見ないと理解し難いわよ?」

「風変わりって」

「変わってるでしょ十分に」

 二人はため息をついた。



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