二章 * 南へ 1
二章開始です。
色々と展開がある章になればいいなと思いながら執筆してます。
三バカ騎士団団長(?)に葡萄果汁をぶちまけてやった後の皇太子エルディオン四十一とのやり取りから、せめて簡単な事情説明をするためにもミオやアルファロス家の人たちに挨拶をしてからとも思った。けれどすでに今か今かと待ち構えていた騎士団の先行隊が号令からわずか一時間で(驚異的な速さである)王宮を出てしまったと聞かされた為リオンは挨拶を諦めて、いつでも出立できるよう旅支度をしてくれていた皇太子と上皇の厚意に添うことにしてフィオラとともに王宮を足早に歩く。
「大丈夫よ、私はミオ様と思念術(意思の疎通が出来る魔法。超高度な技術)で繋がれるから落ち着いたら連絡出来るし。いざという時は即行動って命令もされてるし、アルファロス家の人たちにはセリード様が説明するんだから何も心配ないわよ」
「うん」
フィオラのその言葉もリオンを後押ししてくれた。皇太子の側近も務める王家直属の筆頭騎士ルニアートに案内され向かった先で、フィオラが何かに気がつき驚いて立ち止まる。
「ん? ここって、え? 入ってダメなところ」
「なに? フィオラ」
「フォルクセス家、つまりは王家ですね。陛下や皇太子殿下の自慢の馬のみが入っている厩舎になります。本来は立ち入りなどかなり厳しく制限されておりますので、ここに本日立ち入ることはなにとぞご内密に」
「うえっ?!」
ニコニコと説明したルニアートに向かってつい変な声を出してリオンはあわてて口を押さえたが、気にすることなく彼はニコニコとしたまま頷くので、リオンは固まる。フィオラもとんでもない所に連れてこられたと顔がひきつり気味だ。
「ふははは」
重みのある、けれど愉快そうな笑い声。振り向いてその笑い声の主の姿を目で捕らえるとリオンは王族への礼儀も忘れてその声の主に駆け寄った。
ゆっくりとした速度で車イスを押され、両脇に側近を従えて入って来たその人は目の前に膝をついたリオンに手を差し出した。躊躇うことなく彼女は両手で包むように握る。
「若い騎士団団長らに自慢するといい、あやつらとてここには滅多なことで入らないぞ?」
「上皇」
エルディオン三十九はリオンの手から片方の手を抜き取るとその手を彼女の頭に乗せてポンポン、と優しく叩いた。
「油屋の店主としてはもう少し落ち着いて見送りたかったが、これもまた宿命なのだろう」
彼の穏やかな、そして優しい微笑みにリオンは静かに微笑み返して頷いた。
「ジェスター様から伺ってはいました、最近は外出も増えて大変お元気になったと」
「ああ、本当にそなたには感謝しかない。口うるさいのが戻って嫌な思いをしているのも少なくはないがな。一人で歩くことは出来ぬが、それでもこうしてまた外の世界を感じられる喜びを毎日噛み締めている」
「よかった、ほんとによかったです」
フィオラも、そして側近たちも二人のやり取りを穏やかな表情で見つめる。
「リオンよ、王都に帰還しゆっくりと休む時間が取れる時は、私に話を聞かせてくれ。そなたの口から直接聞きたいのだ、そなたのその目で見た世界の話を」
「はい、必ず」
すると、エルディオン三十九はリオンの頭に載せていた手を上げた。それが合図だったらしい。開け放たれていた扉の向こうから、別の男二人が一礼して入ってくる。
「あ」
フィオラがつい小さくとも声をあげたのに気がついてエルディオン三十九は彼女に顔を向けた。
「もちろん、知っているな?」
「はい。上皇の代の第一騎士団団長をされていたガイア様と、元魔導院副議長をお務めになられたリュウシャ様‥‥」
エルディオン三十九が《二十三年前の出来事》で一線を退いたとき、すでに王家の権限の全てを息子エルディオン四十に移してだいぶ時が経っていた。年齢も百歳を超え、あとは数十年の余生を王宮の外に出て自ら人のためになることをしたいと考えたこともあり、自分とともに歩んできた騎士団もこれを機に、息子四十世に全て託した。
そのなかで、騎士団や王宮護衛騎士に所属する数名の騎士や魔導師は位を捨てて公式な立場がなくてもいいと上皇の警護を個人で申し出て以降そのまま側に仕えている。そして魔導院の魔導師の中にも彼の人柄や資質に陶酔し崇拝していたものは多く、事実上の引退となったエルディオン三十九の力になりたいと魔導院を去り、表舞台から去った者がいて、当時の魔導院はもちろん、ほか二院にも動揺が広がって、混乱を招いた程である。
さらに、過去の栄光や名声に目をつむり、静かでゆとりある余生を捨てて体の不自由になった彼のそばに仕えるだけでなく彼の望みを代わって叶えようとあらゆる面で力になるようになった者が何人か存在する。
その代表的な存在が、上皇の後ろから現れた二人である。
リオンがフィオラのかなり緊張した様子からか重鎮なのかもしれないと思った通りで、二人は現役時代上皇が絶対的な信頼を置いていたことで有名で、騎士として、魔導師として、常に最前線にいた人物だ。今なおその影響力ははかり知れず、彼らを恐れる人々は少なくない。
「セリードたちが追い付くまでそう時間はかかるまい。しかし、そなたたち二人はもちろん、セリードがいたとしても先行したした騎士団を説得するのは難しいだろうな。そこで、セリードとその後を追うバノンとジルがさらに合流するまで、この二人をつれて行け」
「よろしいんですか?」
フィオラが驚きよりも喜びを言葉に現したようにリオンには聞こえた。不思議そうな表情をするリオンにフィオラではなく、上皇が話してくれた。
「残念ながら皆思惑があったりするものだ」
上皇の言葉は憂いを含んでいる。
「騎士団だけではない、王宮内には手柄や出世を最優先事項ととらえるものが多くてな。今回のことも先に決まったことを覆し別の隊が動くことでそこに誰かの損得感情が関わっていると思っているのもいる。その事によって、成すべきことがいとも簡単に停滞してしまうかもしれぬ。残念だが法や権力であってもどうすることも出来ないこともある」
上皇の目が、少し淋しそうに見えたのは、気のせいだろうか。
そんな事をふと思いながらリオンは真っ直ぐ上皇を見つめる。
「そなたらの言葉をあえて都合よく解釈したり、ひどければ無理矢理追いやって聞かなかったことにされるかもしれん、実績と経験を積むため戦うのは騎士としての義務でもあるしな。国を守るためには必要不可欠なことだ。だが‥‥どんな理由にせよ、私はあの苦しみをもう誰にも味わって欲しくはない」
「上皇‥‥」
「今は、手柄や出世を考えるときではない。目の前の出来事を正しく理解し、正しい判断をし、そして正しい行動をすべき時だ。‥‥そしてなりより、そなたは我々が抜け出せないそんな柵に捕らわれることは決してあってはならないのだよ」
「わかっています」
「リオンよ、よいか? 権力などのことは我々がなんとかするし、何とかするのが義務だ。そなたはそなたのやるべきことにただただ邁進するのだぞ」
「はい」
「ガイアとリュウシャを遠慮なく使ってくれ、これは私の手足と頭脳のようなもの。そなたを煩わせることはない、安心してくれ。じじぃ二人だが若い血気盛んな騎士や魔導師よりも役に立つし知恵袋にもなる。ちなみに若いやつらを教育という名目で叩きのめすのも得意だからな、馬鹿をする若いのはこれらに任せてしまえばよい」
上皇はおおらかで、ちよっとだけおどけたとても優しい声だった。
リオンがランプなら、上皇は油屋の店主だと自ら言った。
油屋の店主は宣言通り、彼女にたっぷりの上質な油を注いでくれる存在なのである。
『あの《二十三年前の出来事》から生還し、さらに苦痛から解放されたならしぶとく長生きするぞ』とガイアやリュウシャたち親しい者たちがよく冗談まじりで笑って言うのだが、平均寿命百五十歳のこの世界で、この上皇は実に百八十九歳という最高齢のとんでもない記録を叩きだして、
「やっと死んだか。全く、周りがしぶとく長生きするなんて笑うものだから本当にそうなったではないか」
と、のちにとある高貴な男に憎まれ口を叩かれることになる。
油屋の店主、まだまだ現役で若い奴らの目の上のタンコブで人生を謳歌するようである。




