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一章 * 裏での出来事 《王宮にて 3》

 リオンとフィオラが慌ただしく、上皇に見送られリュウシャとガイアという頼りになる協力者と共にビスに向かう数日前のこと。




 フィオラには焦りと苛立ちが募っていた。

 リオンが重要な遠征先に同行することは確定しているのに、その行き先と騎士団が決まらないからだ。

 派閥だなんだと争っている暇もなければ、魔物がそれに合わせて大人しくしてくれるわけでもない。それなのにいつまでたってもごちゃごちゃと揉めている。


「おい、なんでお前がここを彷徨(うろつ)いているんだ」

 ミオに頼まれて、皇太子の政務室に装飾品を預り届ける途中だった彼女はその声に気づかれぬように小さなため息をついてから振り向いて一礼した。

「お早うございます、殿下」

 気配から分かっていたが気づかれなければそれに越したことはないと無視をしていたが、この男は目敏(めざと)くフィオラを見つけて寄ってきた。

「何をしてると聞いてるんだよ、たかが魔導師がいるような場所じゃないんだぞ」

 こんなことを言うじんぶつは一人しかいない。

「聖女から預りものがあり、皇太子殿下にお届けするために」

 このエディアス王子に嫌われている自覚があるフィオラはニコリともせず、淡々とした口調できっぱりと告げる。

 この男はフィオラのように男に食って掛かる、いわゆる気の強い女は嫌いで、黙って従う従順な女こそ女だと思っている節がある。そのためどんな重鎮にすごまれても悪いことをしていなければ堂々と言い返すフィオラに自分から話しかけることはほとんどない。

 だが、こうして難癖をつけられそうな事があればすぐに食って掛かる。

 しかし王子はフィオラの物怖じしない言葉とその態度に、一瞬顔をひきつらせた。

「な、中身はなんだ」

「お教えする義務はございませんが」

「おい、開けて見せろ、物騒なものでは困るだろ」

「聖女様からのものです、私が直接その場でお預かりしてものです、そのような心配は御無用ですし、皇太子殿下に、とお預かりしたものです。勝手に開けるのはいかがなものかと」

「うるさい、開けろと言っている、楯突く気か? たかが魔導師が」

「ではどうぞ」

 フィオラは表情を変えず、その場で箱を開けて見せた。

 中身は知っていた。ただ、この男がこれを見たら機嫌が悪くなることが予測できたのでフィオラは見せずに済むならそれに越したことはないと思っただけだ。

 案の定、見た瞬間エディアス王子はまた顔をひきつらせた。

「さっさと行け! 目障りだ!」

(お前が引き留めたんでしょ)

 舌打ちをして勝手に苛立ったエディアス王子が背を向けて去って行くのを見送りもせず、フィオラも歩き出した。


「そうか、すまなかった。エディアスには再三そういう態度は改めるように言っているのだが。嫌な思いをさせた」

「私のことはお構い無く。あの程度で縮こまるような女ではありませんよ」

 二人きりだからか、皇太子はいつになく穏やかな顔をして、フィオラも砕けた雰囲気で、二人でミオから渡された箱の中身を眺める。

「何度見ても、素晴らしいですねぇ」

 フィオラが女の目をしてそれをじっくり眺めるのを、皇太子は目を細めて嬉しそうに見つめる。

「宝石はさほど大きな物を使っていないし、数も少ないんだが、私もそう思う」

 箱の中、(うやうや)しく滑らかな黒い布の上に鎮座するブローチ。雪の結晶を型どった白銀色の台座には薄水色の宝石やダイヤモンド、そして真珠が美しく嵌め込まれている。

 これは冬の季節になると歴代の皇太子達が装いの一つとして身に付けるものだ。


 歴代の皇太子である。


 後の国王だけが、今まで着けたし、これからも着ける。

 この皇太子がいる限り、エディアスが触れることはないものだ。

「冬前に一度聖女の診断をしてもらわないとどうにも落ち着かなくて。特に最近は身の回りを警戒しなくてはならないことが多すぎる」

「呪詛をはね除ける、聖女の魔力が吹き込まれたものですからね。殿下のそのお気持ちお察しします」

 皇太子の言いたいことはフィオラもわかっている。

 魔物が急増しているだけではない。


 この国の、この王宮は派閥争い、利権争い、それをめぐって日々暗躍している人間が増えすぎた。そしてきっと表面化することはないだろうが、必ず抑止力が至る所から働いて事が起こることはないだろうが、それでも王宮内の争いは〔王位継承権争い〕を望むような動きが見え隠れするようになった。

 この聡明で堅実な民に愛されるべき次期国王を排除し、(おだ)て敬うフリをしていれば簡単に操れそうなエディアス王子を王位に就かせようと、虎視眈々とその期を伺う一部の有力者。


「今、国全体の大事な時期ではありますが‥‥どうか殿下ご自身も御体を大事になさってくださいませ」

「ああ、わかっている」

 皇太子はブローチを手に取るとそれを握りしめその手を見つめた。

「私は、この地位から退く訳にはいかない。‥‥君にも余計な心配をかけていることだろう。弟の言動は目に余ることが多く、何より国害となる問題をすでに抱えていることも分かっている。国の危機を案ずるどころか、それ幸いと暗躍する議員や有力家の動きも活発に。‥‥私の存在を(うと)ましく思い邪魔するなり、歯向かうのなら、受けて立つつもりだ。だが」

 寂しそうな、そんな目に見えた。

「願わくば、その中に弟が‥‥エディアスがいるはずがない、そんなバカなことに加担しないだろうと今でも信じていたいのは、私の単なる家族としての情なんだろう」

「殿下‥‥」

「この情が私の(かせ)となる、わかっている。‥‥ダメだな、何故か君の前では弱気な事を言ってしまって」

 そしてフィオラが微笑む。

「光栄です。殿下のそういうお顔は大変貴重ですから」

 皇太子は少し恥ずかしそうに手で口元を覆いそんな彼をフィオラが遠慮なく笑う。

「どんな顔だ? どう考えても人に見られたくない顔なんだろう?」

「どうでしょう? ミオ様にでも見ていただきますか?」

「勘弁してくれ。きっと扇子で口元を隠しながら顔を見るたび笑われることになりそうだ」

「かもしれませんね」


 フィオラが退出した皇太子の政務室は、皇太子一人となりシン‥‥と静まり返る。

 蓋を開けたままの箱に再び鎮座した美しいブローチを身動き一つせず彼は見つめる。

 側近、そして国家護衛騎士『(ふくろう)』が彼の前に整列し、聞いて頂きたいことがあると改まって、代表して『梟』筆頭騎士ルニアート・バーチルが彼に諭すように言ったことが毎日のように皇太子、エルディオン四十一の脳裏によぎる。


 ―――どうか、戴冠し国王陛下となられるその御身に代わる命はないと強く、強く、ご自覚ください。この国の次の国王は、間違いなくあなた様だけでございます。―――


 何が言いたいのか、問いかける必要はなかった。

 ここ最近悪態が常習化しはじめ公式行事への出席を減らすべきではないかという議員まで出始めた。

 良からぬ噂だけならまだしも、周囲に不穏な動きがあることはもはや議会全体の暗黙の了解になっている。

 尻尾を出さない用意周到さからかなり狡猾な協力者とそれなりの人数がいることを予測させ、どこまでか白で、どこからが黒なのか、判断が困難なほど広がっているので慎重に行動してくださいと信頼のおける有爵位者や国政の重鎮から忠告までされている。


 弟でありながら、王子でありながら、どうしてここまで違ってしまったのか。


「エディアス‥‥」

『もしも』『万が一』。その言葉が頻繁に飛び交うようになった。

 それに続く言葉をはっきり明言する者は少ないが、それでもこの国を思い、皇太子の恙無(つつがな)き戴冠を望むとある重鎮が言った。


『エディアス王子が罪に問われる事に手を染めたとき、庇うようなことはなさいませんように。あなた様がお守りするのは罪を犯す御身内ではございません。この国の民、国民です。擁護なされば必ず国民が納得致しません、それは国への、王家への不審と不満を生むだけです。だからどうか、何があろうと正しい判断と決断をなさってください』


 指を組み、両肘を卓上につき、(かし)いだ頭の額にその手を当てて、エルディオン四十一は苦悩に満ちた深いシワを眉間によせた。


こちらで一章終了です。


二章も頑張って執筆中ですが、なかなか恋愛話に踏み込めない章になりそうなのでその辺りを期待されている方にはもうしばらく辛抱して頂くことになりそうです。

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