一章 * 裏での出来事 《王宮にて》
《一章*紹介》より少し前のお話です。
更新の順番が間違っている訳ではなく、裏でこんなこともあったのか、という感じで読んでください。
王位継承権第一位の子供、つまり皇太子は生まれる前から名前が決まっている。
初代王エルディオンの名前をそのまま代々引き継ぐため地位を表す皇太子、殿下、もしくは○○世などと呼ばれることが多い。
それに対して、その弟、妹たちは固有の名前をもつ。もちろん、王子、王女と呼ばれることが多いが兄弟が多い時代もあったせいか習慣で世間では名前で呼ばれることが多い。
「まったく、くだらないもの寄越しやがって」
王位継承権第二位、エディアス王子は舌打ちをしたあと、執事がいる前でそう吐き捨てる。
彼に仕える専属の執事たちの一人で、その責任者も兼任する執事長のガルシアは表情を変えてはいないが王子の態度に呆れつつも、ただ黙ってその場をやり過ごそうとした。
「おい、捨ててしまえ、バカバカしい。こんなの何の役に立つ」
「王子、そのようなことは出来かねます」
「いいから捨てろ」
「‥‥次にお会いになる際、お礼のお言葉の他に使い心地などをお伝えしませんとご不興を買いかねません」
彼の誕生日にはさまざまなものが届く。それは外交上必要な社交辞令で、たとえ皇太子だろうと王女だろうと、欲しいものを貰えるわけがないのでいちいち文句を言うものではない。末っ子のワガママで世間知らずと言われる王女ですらそういうものだと思っているので貰ったらお礼をするし、それくらいの事は王族の最低限のマナーとして手紙を書いたり会ったときその話題を出したりして会話に華を添える手段に利用している。
しかし、このエディアス王子は違う。金目の物以外のものは価値がないと決めつける傾向があり、今回友好国が送ってきたその国の工芸品でもある美しいガラスの茶器セットを見た途端、舌打ちをした。
この茶器セットでも十分高級なものなのに、あくまでも国交を兼ねた社交辞令であるのに、この王子にはそれが通用しない。
特に今回は舌打ちも文句も酷いもので、執事長ガルシアも王子を前に何度ため息をつきそうになったか。
そして王子が機嫌を損なっている理由は他でもない兄である皇太子の存在がからんでいる。
今年、皇太子の誕生日にももちろん誕生日祝いがあらゆる方面から届いている。毎年その数は王子と王女を遥かに上回るのは仕方ないと本人も納得しているが、それでも納得出来ないことが近年出てきた。
祝いの品の『差』である。
同じガラス製品であるが、皇太子のものは金銀の細工が施され、その細工も実に細かく美しいものだった。その差は歴然である。
中にはエディアスには祝辞の手紙のみで、皇太子にのみティルバでは産出されない宝石や、純金の杯を送ってきたところもある。
年々皇太子へ届けられるものの価値が上がっていく一方で、王子のものは変動なし、むしろ成人したらそれぞれ皇太子やそれに並ぶ地位以外の王子や王女への贈り物はお互い止めましょうという国もあるので数も減少傾向。
理由は、王位継承権第一位のエルディオン皇太子がまもなく王位を継承するのでは?という憶測が流れているからだ。この国は成人しある程度公務に慣れ、年間の祭事を経験したあとに王位を継承することが多く、今皇太子は三十歳で成人してから七年(ティルバは成人年齢が男性的は二十三、女性は二十)経ち経験も積み重ねてちょうどいい時期だから、周辺諸国がそれに合わせて外交手段の調整を始めており、如実に変化を見せている一例ともいえる。
皇太子が国王になる。
そうなれば今まで以上にあらゆることで『差』が生まれる。
王子は同じ兄弟にも関わらず『差』が生まれること、そして開いていくことが許せないのだ。
「王子」
「わかっている!! いちいちうるさいんだよお前は!!」
「どうなさいますか」
「その辺に置いておけ!!」
八つ当たりするようなことでもないのに最近はこの有り様で、王子の知らぬところで兄の皇太子も父である国王もどうしたものかとため息をつかされている。
(このままでは‥‥)
執事長は不安を隠す。
そして最近、こんなことよりも非常事態が起こってその事について頭を悩ませている。
それはとある女性を王子が紹介されなかったことだ。
その女性とはリオンのことなのだが、問題はリオンそのものではない。
王子が紹介されなかったのに、自分が紹介されてしまったのだ。
「王宮を出入りすることになる。フィオラのお付きとして行動するからそう目立つことはないと思うが、上皇や上皇妃の茶会に呼ばれることもあるだろうから覚えておくように」
国王直々の呼び出しに、王子が何かやらかしたのかと肝を冷やしたが、行っていきなり一人の女性を紹介された執事長はどれほど困惑しただろう。
次の言葉に。
「エディアスにはまだ話す必要はない。議員に親しくしている者がいるようだからそちらからどうせ聞かされるだろう、それでいい。君は知らなかった事にしておきなさい。ただ、エディアスが万が一対面して失礼があっては困る女性だ、顔は覚えておくように。その場合の対処を頼む」
と、国王から直々に命令を下されたのだ。
後からそれとなく調べてみればアルファロス公爵の恩人とかで、公爵家では家族全員が彼女を厚遇しているらしいと分かったし、おまけに魔導院の最高議長も、彼女とは面識があり何度も話をしているという情報が執事のもとに届いたわけで、そんな女性を紹介しないという事実は何を意味するのか長年この国に仕える彼には理解できた。
「ああ、クソっ、面倒だ!! おまえが書け。」
祝いの品への御礼の手紙を代筆するのはもう何度目だろう?なんて思いながら、執事は黙って了承し封筒と便箋などが入っている箱を手にその場を離れる。
そこへ扉をノックする音が聞こえ、執事はその箱を手にしたまま扉に向かいゆっくり丁寧に開けた。
「どうした?」
「エディアス様にお渡しして欲しいと議会からお預かりしました」
議会で提案されている事案や採決されたことがかかれた文書は当然王子にも届く。
ただ、今回はタイミングが悪かった。王子の機嫌が悪い。
機嫌が悪い理由は皇太子とどんどん広がっていく、立場の違いを受け入れることができないという稚拙なものだ。
文書を預かって届けに来た執事に悪気があった訳ではない。いつもならもっと注意深く、気を使うのだ。しかし、彼から王子の姿が見えなかったのだろう、執事長ガルシアの姿しか見えなくてほんの少し、気が弛んだだけなのだ。
「王子か殿下と呼べと言ってるだろうが!!」
凄まじい怒りを露に、王子は書斎机から立ち上がり扉に向かって勇み足でその執事めがけて真っ直ぐ進む。
青ざめる執事と、そんな彼の前に立ちはだかる執事長。
王子は執事長を突き飛ばすと、青ざめ震える執事の胸ぐらを掴み、その勢いのまま押し倒すと馬乗りになり何の前触れもなく握りこぶしで顔面を数発立て続けに殴る。その加減のなさはあっという間に若い執事の鼻から流血させたし、苦痛で呻き声を上げさせた。
執事長も倒された反動で頭を床に打ち、一瞬目の前がチカチカして動けなかったが、それでもなんとか体を起こすと掴みかかるようにして王子の腕を止めた。
「お止めください!! 王子ともあろうお方が暴力など!!」
「バカを教育しただけだろう? 名前で呼ぶなと言ったのに、何でだ?」
「もうし、もうしわ、けありませんっ!」
口の中まで血だらけで、言葉も上手く発せられない若い執事は瞼の上からも流血している。これはみるみるうちに腫れ上がり、執事として人前に立てる状態ではなくなるだろう。
「お前なんかクビだ、このクズが。オレは王子だぞ、オレの価値も分からないで執事をやってるのか?その頭は飾りか? ん? お前に金を払ってんのは王家だぞ、その金を貰うだけのドロボーか? そうだ、お前の名前は今日からドロボーだな、それがいい」
青筋を立てながら、しかし薄ら笑いのその顔は、王族と名乗るに相応しいものではない。
執事長ガルシアはそんな風に思ってしまった心をかき消すのに精一杯で、この王子にお小言を言える数少ない自分の唇を噛むしかできなかった。




