一章 * 紹介 3
調整つかず、短くなってしまいました。
「それにしてもよく、他の隊を黙らせることができましたねえ?」
フィオラの一言にバノンがちょっとだけ難しい顔をする。
「なにかあったんですか?」
リオンの問いにバノンだけでなく、ジルも、そしてセリードも表情を押さえた。
「結構深刻でな。どの隊がどこに行くかなんて揉めてる暇はもうなくなったらしい。数日中には王都の守りをするのを一部残して動ける奴等はみんな、『梟』や『蝙蝠』も外に出ることになったんだ」
バノンはため息をついた。
「ルブルデンの周辺でまた魔物が目撃されて、さらに朝イチの報告で、南部の海岸沿いの市が魔物らしきものにかなり荒らされた報告が届いた」
「えっ?魔物らしきものって」
「魔物もいたが、いままでみたことのないねずみや鳥、虫まで真っ黒になったのが大量に押し寄せたそうだ。死人は出なかったらしいが昼間の人の多い時間で、けが人もかなり出て建物も被害を受けている。」
「うそ、そんな」
ついリオンは立ち上がり、周りが驚きフィオラは彼女を見上げた。
「町に入って来たってことですか? その黒い動物や虫が?」
「あ、あぁ」
「昼間? しかも建物にも被害が出た?」
彼女の変化に驚き返答に遅れたバノンに代わりセリードが答えた。
「小物がほとんどだったがかなりの数のその魔物らしいものが押し寄せたそうだ」
「それで?」
「少し前から被害が周りで増えていて市全体で対策していたから建物に逃げ込んだり、隠れたりしたことで市民はなんとかしのげた。だけど対応した守護隊も初めてのその状況に混乱して負傷者多数だ、おまけに‥‥今まで倒した魔物よりもかなり大柄で素早く強いものが二体だけだが出たらしい、それを相手にして守護隊は全てに遅れをとって甚大な被害が出たという報告が来た」
「素早く、強く大きい魔物?」
「そう。それで急遽複数の隊を送り込むことになったんだ。警備強化と討伐の」
「だめです」
セリードの言葉を、強い口調でリオンは遮断した。
「え?」
「討伐なんて」
「リオン?」
「二十三年前の出来事を繰り返すことになるかもしれないのに!!」
それはいつか、リオンもはっきりと覚えていない。ただ、とても重要なことを過去の自分と同じ立場の人が誰かに話している《過去の記憶》で、その内容を忘れてはいけないと勘か、それとも直感か、リオンは紙に書き留めていたことがある。それが一気にリオンの脳裏に甦った。
『数が増えるだけなら猶予はあるんだが‥‥増えてから昼間もその姿を見るようになったらとても、怖いんだよ。
本来は小さい動物や虫は食べられてしまって魔物になったりしないのに、魔物と同じ黒くなって人に噛みついたり土地を荒らしたりするのが出始めたら。
憎悪がね、増幅してる証拠だ。
《彼ら》の人への憎悪が。
そして襲われた人間がどう対応するのか、観察しているんだ。人間だけでなく、生きていく上で必要なものを破壊することでどう反応するのかを。
殺せば殺すほど、素早くなって強くなって手強くなる。その土地と人への憎悪による執着もひどくなる。
そして、《カノン》のようなものが怒りを露にして出て来てしまったらもう手の施しようはない。
その時はもう、憎悪に心を支配されて僕の声さえ届くのかどうか‥‥。
気のすむまで破壊して、殺してすべてを消し去るまで止められないかもしれない』
「ちょっと」
バノンも立ち上がり、急にテーブル越しにリオンに向かって身を乗りだした。
「知ってんのか? 二十三年前のこと。しかもなんだよ、それ、なんでそんなこと言えるんだよ?」
「その話はまたゆっくり、とにかく今は」
セリードが止めるように肩を掴み声をかけたのを振り払い、バノンはさらに身を乗り出した。
彼の動きにリオンが少しだけ驚いてのけ反るような仕草をした。
「あとで話します、止めないと。ダメですよホントにどうなるか」
「教えてくれ、俺の親父はあの時死んだんだよ!!」
切羽つまった声だった。
答えてる暇なんてないと言おうと口を開いたはずのリオンが言葉を飲み込んだ。
「生き残ったこいつの親父や!」
いきなりセリードの胸ぐらを掴んで引き寄せて、リオンに見ろと言わんばかりにバノンは自分の顔近くまでセリードの顔を突きださせてその手を揺する。
「クロード様も上皇も真相を何一つ話しやしないんだぞ!!」
「離せバノン。言い争っている場合ではないだろうが」
後ろにまわり、間に入って引き離そうとしたジルをバノンはセリードを掴んだまま、足で強く彼の事を蹴った。
「うるせえ! それでなにが解決したよ?! 全部黙殺されたんだそ?! リオン! 教えてくれ俺は全部知りてぇんだよ!」
「それは無理ですよ! 私だってまだ知らないことだらけで! とにかく今は討伐目的の遠征を止めないと!! 討伐じゃダメなはずです!!」
「落ち着けバノン!」
ジルが大きな声で制する。
「だから話せないんだよ」
落ち着いた声のセリード。
「なんだと?」
嫌な予感がして、フィオラがテーブルを叩く。
「うるさいわよ、リオンの話を聞きなさいよあんたたち」
そこでセリードが引けば良かった。しかし、バノンの言動が彼の琴線に触れたらしい。冷ややかな顔をして、真っ直ぐバノンを見据える。
「お前はそうやってすぐカッとなる。話を途中で聞かなくなって今まで何回周りに迷惑をかけた? その尻拭いはお前の隊の副長や部下だぞ」
「お前に関係ねえだろ!」
バノンの怒鳴り声と同時に強く渇いた音を立てて胸ぐらを掴んでいたバノンの手をセリードは払いのけた。そこをタイミングよくジルが二人の肩をかなり強く掴んで力任せに引き離してくれたが、そんな彼を挟んで睨みあって今にも取っ組み合いが始まりそうな緊迫感が一気に走る。さすがにジルも怒りが込み上げたのだろう。
「喧嘩はご法度だぞ! やるなら制服脱いでよそでやれ!!」
と怒鳴る。
「だから、こいつら嫌いなのよ。なんでもすぐに力で解決しようとして」
ぼそりと呟いたフィオラが目の前に重ねていた本を両手で持ち上げ頭上に掲げて、3人めがけて投げる体勢をとった。
「あ?」
そして変な、間抜けな声をあげて、本を掲げたままフィオラは隣の女に目を移した。
「今決めました」
真顔というのか、無表情というのか、どっちが正しいのだろうか?
「私に同行をしてくれる人の条件は喧嘩をしないこと」
男たちは目をぱちくりさせて固まった。
「いいですね?」
リオンはふんっと鼻息あらく、大きめの声で男たちに言い放っていた。




