一章 * 紹介 2
重い空気になって、真面目な会話が続いた時に部屋の、大きな扉をノックする音がして二人は振り向いたがリオンは直ぐにフィオラの顔の凄さに顔がひきつった。
「え、なにその顔」
「嫌なの来た」
その顔は凄まじく、青筋でも立てて誰かを罵倒でもしかねない怒りと憎しみてんこ盛り。彼女はその魔力の強さから距離が近ければ近いほど気配が誰かを個人まで特定できるのでどうやら誰かは分かっているらしい。
「誰?」
「私の嫌いなものは一択」
「あー‥‥騎士団の人ね」
「会いたくない」
「それ無理でしょ‥‥」
はいどうぞ、があまりにもぶっきらぼうでリオンはぎょっとしたが、〔彼ら〕は慣れているらしい。ゆっくり丁寧に扉があいたその先から三人の男が入って来て、社交辞令かそれともわざとか、ニコニコして躊躇いもなく入って来た。
「あ、セリード様」
その三人の1人はセリード。そして彼と同じ服装と気づいてリオンは他二人も騎士団のトップ、騎士団団長ということを理解した。彼ら騎士団は立場が直ぐにわかるように団長、副長、そして隊員それぞれ異なる公務服を着用するのが義務化されているのだ。
「勉強の最中に悪いね。それとフィオラも」
「悪いと思っててなぜ入ってくるんでしょうねぇ?」
「まぁそう言わず」
どうやらセリードは完全に慣れているらしい。そしてフィオラから見えた本心はセリードのことはさほど嫌っているわけではないらしいということだが、いや、それでもその表情は間違いなく嫌い寄り。そしてあと二人に向ける顔は、あえて言わないでおこう。
「ミオに、フィオラもこの会話ならするだろうって言われたけど?」
その言葉にフィオラが反応した。すぐにセリードと一緒に来た二人の騎士団長を見比べる。
「じゃあ、決まったんですか」
リオンもフィオラからセリードに目を移す。
「ああ、少しでも早くリオンに会わせておくのがいいだろうと思って。二人もリオンに挨拶したがったし」
そしてリオンが立ち上がると二人の男がセリードの横からすっと前に出た。初めは右側の男だった。
「はじめまして、見習い魔導師さん。俺は第四騎士団の団長をしているバノンだ」
明るい笑顔でさっと、手を出した彼にリオンもにこやかに笑みをむけ、手を出し握手を交わす。
「はじめましてリオンです。よろしくお願いします。
そしてすかさず左の男が穏やかに微笑んで手を出してリオンは再び同じように握手を交わす。
「はじめまして。ジルだ、俺は第一騎士団団長を務めている。これからよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
「まあ、予想通りよねぇ」
フィオラの言葉にセリードは苦笑い。
「これでも色々と調整したんだよ、簡単に言わないでくれ」
バノンはセリードよりちょっと年上の明るく楽しい感じで、ジルはこの世代の団長のなかで一番年上で落ち着きがある頼れそうなタイプだろうと、リオンは冷静に分析してみる。
仲悪そうにみえないんだけどなぁ、と思いつつそれでも余計なことは言わないでおこうとリオンが思うのは、やはりこの隣のフィオラの確実に騎士嫌いなオーラをビシビシ感じているからだ。
二人の前にセリードを真ん中にして右にバノン、左にジルが座り改めてセリードとフィオラが中心になって会話が始まった。
「水面下での調整があったから」
「王家?」
「プラス各院の最高議長とうちの父と一部の議員で」
「公爵が?それはそれで揉めそう」
「その辺はそれこそ水面下で勝手に調整してもらうよ、討伐には関係ない揉め事だし」
フィオラのため息を無視して、セリードは話を続ける。
「今回公にはしないが、正式に陛下と上皇がオレ個人に魔物の調査をする辞令を。これでかなり動きやすくなる。ミオと王都の守りのためにアクレスたちをここに置いてく、他の大半の隊も別の要請のあったところへ行くことになって話が一気に進んでまとまった」
それをきいてさすがのフィオラもホッと胸を撫で下ろしている。
「よかった。周りとの調整もついて騎士団長の権限も効いてる上に自由度高いなら、かなり楽ですよ‥‥」
「あぁ、同行する騎士団も一部同じ扱いになるからトラブルが起こっても対処しやすい」
「ん? どういうことですか?」
「説明するよ」
セリードは椅子に寄りかかった。
「オレとバノン、ジル、そしてフィオラがいればリオンの護衛は十分だしフィオラはミオと意志疎通出来るから何かと便利だ。だから最初五人で、と思ってたんだが‥‥行こうとしてるのは魔物が急増している一帯だ。付近の町や村は疲弊している。ただ行くのはなんとなく違うと思ってて悩んでいたらジルが提案してくれたんだよ」
「休暇扱いの個人と言っても正式な勅命で動くことにセリードが同意した形になっている。許可は出ているのだからどうせなら二隊を動かして公の形で堂々と、同時進行で多方向から動いてみたらどうかと」
ジルはちょっとだけわざとらしい笑みを浮かべて胸の前で小さくセリード、いやその向こうにいるバノンを指差す
「誰かさんは血気盛んで団員も類は友を呼ぶ、の典型でね。じっとしてられないんだ。王宮に置いてくには向かないから力仕事を任せていいだろうし俺の隊を含めて役に立つよ、なんでも任せてくれ、なんとかするよ俺と一緒に活発な誰かさんが」
「それは俺のことか?」
ムッとするバノンなど気にも止めずジルはリオンを見つめる。
「セリードのところは聖女の周りにいることが多い、聖女の護衛には慣れた騎士団が付くのがいいだろうし、アクレス副長は事務的公務も非常に優秀だから王宮にいて議会の動向や情報収集をさせるのがいい。で、私やバノンは比較的セリードと仲良くさせてもらってるつもりだ、彼から初めから我々に同行を許可してもらう動きを取っていてくれたと知って思い付いたんだ。」
セリードの隊は王都に、そしてバノンとジルの隊はリオンとセリードを同行させるという形で魔物の被害で疲弊した町村の支援をしながら、もちろん魔物討伐をしながら魔物の調査をするというものだ。そうすれば、騎士団は町村の支援と魔物討伐の遠征をすることになるのだから表向きは合同での遠征となり、騎士団を連れていけることになる。そうすることで団長二人はセリードのようにある程度リオンの護衛やリオンの意見を参考にした調査に付き合うことが可能になるというものだ。
「たまには良いこと言うじゃないですか」
フィオラはホントにたまには良いこというー、という感心した顔なので、リオンは若干呆れつつエセ笑い。けれどすぐにリオンは気後れした申し訳なさそうな表情に変化する。
「想像してたより、大掛かりになってませんか? 私はまだ何か出来るわけでは‥‥。ただ、見に行くだけになってしまうかもしれないのに」
「いいのよ、セリード様たちが勝手に一緒に行きたいって大騒ぎして勝手に決めてるんだから」
あっけらかんと言い切ったフィオラを男たちはもはや好きにしてくれと言いたげにテキトーに笑ってあしらっている。
「それに」
フィオラは視線を落とし、自分の手元を見つめた。
「案外みんな、思うところがあるのかも」
意味深な彼女の言葉。
「好きでやることだから、リオンは気にしないこと。自分の意思で動いてるんだから何があってもリオンを責めたりしないわよ」
笑って言ったフィオラにも、なにか思うことがあるのだろうか。
リオンのなかに生まれた疑問を口にする程まだ仲良くなくて、もどかしさが残る心で彼女ともう少し仲良くなりたいと純粋に思いリオンは言葉を飲み込んだ。




