一章 * 紹介 1
王都は雪が降る。数年に一度、大雪で馬車はもちろん人間も出歩けないとんでもない目にあうこともあるが、それでもリオンのいた北西部に比べたら可愛いものだ。今王都とその周辺はそんな冬を少しでも快適に過ごすための支度を終えて凍える空気の訪れを待っていた。
そして季節が一気に進み雨が冷たさを増して雪の振りだす気配を間近に感じる。
リオンはまだ旅には出ていない。被害がないにも関わらず騎士団への討伐遠征を要請する地方の市が多数あり、本当に討伐が必要な場所と情報が錯綜しているのと、討伐先がどこになるかで恩を売れるかもしれないと、討伐遠征を利用しようと画策する議員までおり、馬鹿馬鹿しいくらい王宮の文官(一般業務を行う事務員のような人達でいわゆる国家公務員)が情報整理に時間をとられ、遠征先決定に時間がかかっているのが一番の要因だ。
それと、セリードとアクレスの判断で場所によっては騎士団の許可を得て協力し合うために同行するのがいい場合もあるだろうと意見が出たからだ。
援助してもらう立場のリオンにはそれを否定する理由は全くないし、情報が錯綜しているならむしろ動くのは危険だ。この待機期間も勉強に当てられるので、焦ることもなく過ごせている。なにより、直感かそれともリオン特有の能力か、理屈らしいものはないのにそれが正しいと彼女を言い聞かせる何かが働いていて、今リオンは議会の動向をあせらず見守っている。
そして、王宮内でリオンの存在は静かにゆっくりと、決して広い範囲ではないが定着を始めている。
一般的なローブを纏い、聖女ミオの右腕であり忠実な僕とされる聖女付き魔導師の後ろについて説明を受けたり質問したり、雑用を手伝ったり。
ミオの判断は的確だった。これで彼女は新入りで魔導師のお付きだろうと、認知され周りは余計な詮索もせず彼女が王宮を歩くことに疑問を持たないでくれている。挨拶を交わすだけでなく雑談を楽しむ間柄の人もチラホラと増え始めたのでリオンもホッとしているところだ。
「なかなか日取りが決まらなくてごめん、ややこしくなってきた」
フィオラはあからさまに嫌そうな顔をして吐き捨てるように言ってから手にしていた数冊の本をちょっと乱暴にテーブルに置いて勢いよく椅子に座る。
彼女はミオが数年前に見つけて自分の側におくようになったかなり優良で強い魔力を持つ魔導師だ。リオンより二歳年上で、先日彼女に付くことになると紹介されたときも、かなり快活であっけらかんとしていて、お互い自己紹介したときについ笑みがこぼれてしまった明るい性格だ。スラリと背が高く、気の強さが伺える整ったキリッとした綺麗な顔立ちはいかにも出来る魔導師という感じだろう。
「あいつらさぁ、ほんとに!! 体力バカのくせに口だけ達者で腹立つのよ!!」
「フィオラ、それは言い過ぎ‥‥」
そして、口が悪いことも直ぐに判明している。
「あぁ嫌い。上の判断に任せて黙って仕事してればいいのよ、イラつくわぁ。ホントに嫌いだわあいつら」
「なんでそこまで嫌えるのかむしろ興味があるんだけど」
「そのうち嫌でも知ることになるわよ。どうせセリード様はそういう話をしないでしょ、私が話してあげる」
「なにを?」
ここは王宮勤めの魔導師なら誰でも使える書庫そばの勉強部屋だ。公務後の魔導師が調べものや勉強のために使っていて、今は日中ということもあってリオンたちだけだ。
「あいつらはあいつらで派閥があってね、手柄の取り合いよ。魔物討伐や地方の内乱制圧、国境線問題をどの隊が行くかっていうだけでなく訓練や勉強会、隊ごとの壮行会の場所の取り合いまでしてんのよ?! 少なくとも魔導院はそんな馬鹿げたことしないわね」
「もしかしなくても今回も?」
「そう。セリード様は中立というか、独立してるというか、派閥はほとんど関係ないから違うだろうけど」
「あ、そうなんだ?」
「あの人がそもそも派閥みたいなものでしょ。公爵家の息子だから、取り込みたくても公爵家一族はもちろんその周りが許さないでしょ、ましてや副長にあのアクレス様だしね」
「?」
不思議そうに首をかしげているリオンを驚いた顔をしたフィオラは隣に座っている彼女にズイッと顔を近づけた。
「もしかして、聞いてない?」
「?」
「アクレス様のこと」
「さっぱり。副長としか」
きょとんとするリオンとひきつり笑顔のフィオラ。
「うわ、さすが公爵家の面々。ほんとに気にしないというかおおらかというか」
「だからなに?」
「あの人、ロンディーヌ国の元王族」
「はい?」
「国王の弟の息子」
「ちょっとまって」
「数年前に自分で王位継承権を永久放棄してティルバ国民として帰化してきたの。その話は知ってるでしょ? 当時大騒ぎになってるし」
「知ってるけど!! ちょっ、なんでそんな人が副長してるの?! おかしくない?!」
とんでもない事実を聞かされ、混乱するリオンにアクレスの事をフィオラは簡単に説明した。
お家騒動とまでは行かないが、文武両道で秀でた才能の持ち主のアクレスを疎ましく思っている次期国王となる予定の皇太子に幼い頃からずいぶん嫌がらせを受けていたらしい。そしてアクレスが二十歳の頃、彼を王宮から追い出すために無理やり政略婚を仕組んだという。
それを機にロンデイーヌを去る決心がついたそうだ。
周囲の反対を押しきり、全てを祖国に置いてきた彼はティルバにやってきた。彼の存在をもて余して客人としてとりあえず当たり障りのない対応をされても堂々としていた彼にセリードがかけた言葉。
『本当にすべてを置いてきたならうちへ入らないか? 君のような優秀な人材はそうそういない。副長としてその力を発揮してくれるとありがたいんだ。少しでも王族と言うことが忘れられないならすぐに帰るべきだ。でも、そうでないなら長い付き合いをしないか、オレは信頼できる部下は一生大事にすると思うよ。どうかな、結構面白い人生歩けると思うけど』
若い団長候補の言葉にその場で即答、よろしくお願いしますとアクレスが頭を下げた。
「そんなのアリなの?!」
「さぁ、でもアクレス様は事実一回も国に帰ってないし、外交で来たお父様とお話はしたみたいだけどたったそれだけで親子の時間すら持たなかったみたいだから」
「上品な人だとは思ってたけど、アクレス様って私にも丁寧な対応するわよ?! 怖い!」
「大丈夫、私もされるから」
「うわー、嫌なこと知った気分」
頭を抱えるリオンの肩をフィオラが軽く叩いた。
「慣れるしかない」
「嫌‥‥。」
しばらくはアクレスの話で盛り上がって、ミオとのコイバナでさらに盛り上がった。そんなときせっかく借りてきていた魔導書に不意にリオンの肘がぶつかってハッとなり、二人は互いをまっすぐに見つめ直す。
「めちゃくちゃ話それてた」
「そりゃそれるわよ、あのアクレス様が王族なんてこと言われたら」
「まぁね」
フィオラはふっと笑って椅子に座り直すと魔導書を重ねたままの上に腕を乗せて、顎を乗せるとまた嫌そうな顔をした。
「派閥の話に戻るけど、セリード様は生まれも立場も人に口出しされにくいでしょ、そしてアクレス様がいるから相乗効果って感じ? あの騎士団はもはや下手に取り込もうとしたらどこから圧力がかかるかわからないじゃない、だから誰も手を出さないのよ。でも他は思惑が思惑を呼んでもうごちゃごちゃ」
「それっていいの? 騎士団は協力しあうのが効率いいと思うけど」
「だからバカよあいつらは」
あまりの迫力にリオンはちょっと引きつつ、ああハイハイと相づちをするのみ。
「魔物の数がこの数十年で増えてきて、行動範囲も広がってる。ましてやここ二、三年は地方の守護隊じゃお手上げで議会に騎士団の要請が爆発的に増えてる」
「そう、だよね」
フィオラは表情に影を落とす。
「計画的に騎士団の配置や遠征はもちろん、休息や準備、人員の増員も各隊が連携するのがこの先の安定につながるってミオ様だって公言してるのに。目先の手柄や派閥の勢力強化のためにむちゃくちゃな遠征してこの前だってひどい怪我人何人も‥‥死人まで出した隊があったばかり。その隊は立て直しは不可能だろうって解散させられるよ、きっと」
「そうなんだ‥‥。」
「権限はないけど、実績と経験から騎士団の意見は尊重されやすいのよ。だから上の代の騎士団の中には三院の議員に賄賂贈ったりもらったりしてるのもいるっていう噂もあるし」
「うわぁ‥‥厄介」
「厄介なんてもんじゃないでしょ。もはや毒よ毒。この前の遠征だって議会押しきって行ったまではいいけど、多分リオンの言う、聖獣が魔物化したのがいたのかも」
「え?」
リオンの顔が強張り、フィオラはうなずいた。
「魔物の数が異常だったらしいからね。犠牲者出した騎士団はそこの単独遠征だったんだけど、たまたま別の遠征先から帰還中の騎士団が駆けつけた時にはすでに壊滅的。でもなんでそんなことになったのかは伏せられて、怪しい噂が流れる流れる。それ聞くと尚更ね、そうとしか思えないじゃない」
「そんなことが‥‥」
「それでミオ様も珍しく怒ってた。派閥とか手柄の為に命を無駄にするなら騎士団なんて務まらないって。それがあって議会が慎重な動きを見せてるのよ、おかげで今騎士団はほとんど動いてないからいい休息になってるっていう皮肉な話なわけ」
「どうにか、ならないのかな」
リオンは寂しげな弱い小さな声でそうささやいた。
そろそろ登場人物増えて行く予定です。




