一章 * ビートという男 3
ビートさんの一人称です。
リオンと初めて会ってからそんなに日数はたっていない日のことだ。
初めて《シン》に会ったがそれは夢の中。
不思議な夢だった。
今でもはっきり覚えている。
そいつが何者なのか、理解できる知識がその時はなかった。
奇怪で不気味、異形の恐怖を誘う真っ黒な姿と、金銀の輝きを放つ純白の威風堂々たるただただ美しい姿が、並んで正面にいた。
『我が名はシン』
感情を伴わない、淡々とした口調だった。
『リオンの導き手の一人となるがよい』
夢にしては、やけに鮮明だし言葉もはっきりと聞こえることに驚いた。
『リオンの力は、誰のものにもならない。しかし誰もが欲するだろう。そして誰も代わることは出来ず、誰もが望むだろう』
なんのことか、なにが言いたいのか、よく分からず質問しようとしたが、声が出なかった。
『リオンはこの世界と我々の世界を繋ぐ唯一の存在。とても特異な存在である』
あの日の夢は、シンが俺をリオンを育てるに相応しいと認めたから見たものだと今でも確信している。
遠い親戚という関係。
名前だけはなんとなく、知っているだけで接点もなく生きてきた。
そしてそこの幼い娘が不思議な力を持っているせいで、家族がバラバラになったと。
大まかに言えばそんな話だった。
家族と喧嘩が絶えず疎遠になっていたのに父親が急に訪ねて来てリオンの話を持って来たとき俺は父親を殴った。
「子供の一人でも育てればお前も少しはまともになるだろう」
そう言われて。
行き場を失った厄介な子供を押し付ける為にそんな事をいうのかと。
とっくに絶縁のような関係になっていたのに面倒事を引き受けるフリをして人に押し付け自分は偽善者面をするのかと。
息子一人まともに育てられなかったお前がそれを言うのかと。
殴られ転げた父親を庇い、母親は泣いて悲しみに暮れた顔を俺に向けた。
「なんて事をするの、あなたのお父さんよ、あなたはどうしていつも、いつも」
今さら母親面をするのか。
自分の力を持て余し苦悩する俺を努力が足りないとただ罵ってきたくせに。
お前は優しさが足りないと俺の全てを見もせず事あるごとに言ってきたくせに。
「そんなに可哀想だと思うならなんであんたらが引き取らない? 俺のため? 違うだろ? あんたらのためだ、引き取り手を探してやったとどうせ上から目線で威張り散らす気だろ?くだらねぇなぁ。たかが一市の守護隊のお偉いさんやってるだけの魔導師が」
「お、お前はっ私に向かってなんて口を!」
「ホントの事だ、あんたなんかとうの昔に俺の足元にも及ばなくなってたくせにな」
「なっ、んだと、だからなんだ?」
「それが気に入らなかったんだろ、だからバカみたいに俺を押さえ付けようとしてきた。困るもんな? 俺の力がこれ以上明るみになったら、あんたを退けることになるから」
「!! ち、違う!!」
「違わねえだろ。あんたと俺とじゃ、もう桁違いだ。安心しろよ? 俺は出世なんて興味ねえし、あんたのことも興味ねえ」
「ビート、お願い、話し合いましょう?」
「何度も話し合ったろ、そして聞く耳を持たなかったのはあんたたちだ。今回も話し合ったって何にもならないからな。ただ、その子は俺が引き取る、直接な。あんたらは関わるな。子供は権力ちらつかせるための道具じゃねえ」
「そんなつもりないのよ、私たちは」
「だったら引き取れよほんとに。金持ってんだから子供一人幸せに出来んだろ、俺じゃなければ。面倒な魔力だかなんだか知らねえけど、どんな子供だってちゃんと育てる義務があるんじゃねえのか大人には」
あれ以来、親とは会っていない。
もう会うこともないだろう。
ジェナの両親は心配してくれて、時々手紙だけでも出してあげたら良いよ、と気遣ってくれたりする。
君は私たちの息子になったんだから、遠慮せずなんでも言いなさいといってくれたりする。
不思議と、万が一ジェナになにかあったらこの人たちを守るのは俺だと思える自分がいる。
だからリオンを引き取った時、ジェナと共にリオンを連れて真っ先に会いに行ったのは、この人達なら、たとえリオンがどんな子供でも優しく受け入れてくれると思えたからだろう。
「まあまあ、可愛いこと! お名前は?」
「‥‥リオン、です」
「そう、リオンちゃんね! クッキー好き?」
「うん‥‥好き」
「よかった!! 一緒に食べましょ、沢山焼いたのよ、さ、おいで?」
傷ついて、心が折れて、ニコリとも微笑まなくなっていたリオンを相手に困る様子もなく義母はリオンの小さな手を引いてテーブルに向かった。
「可愛いじゃないか」
「うん、一目見てこの子引き取ろうって思えたくらいに」
「聞かされた時は勢いで大丈夫かと心配したがな」
「ごめんね、でもビートが話を持って来たとき気持ちはすぐ固まったから」
「そうか。それならいい。子供がなかなか出来ないことに悩んでたのは知っている。これも神の思し召しかもしれんな」
「うん‥‥そんな気がしてる」
ジェナと義父は、穏やかな表情で、表情固く緊張したままクッキーを頬張るリオンと、それを前にニコニコ嬉しそうにお茶を用意する義母を眺めている姿を、俺はただ、安らかな気持ちで眺めていた。
「あの副長さん、なんだって?」
「ビートのこと色々」
「全く、チョロチョロと」
「ん?」
「俺の事を探っても何にも出ねえって何回言えば済むんだか。あいつも俺を探るのに近づいてきたら容赦なくブッ飛ばす」
「どういうこと?!」
「あいつは俺の周り直接をウロチョロしてねえんだけど、王宮の奴等だ、最初は見逃してやったがそのあとは三回ブッ飛ばしたんだけど懲りずにまだ来るだろうな」
「ブッ飛ばしたの?!」
「ブッ飛ばすだろ、俺の結界にわざと接触してどれくらいの強度があるか確かめようとしたりするほうが悪い。国王の護衛やってる、なんだっけ? 『梟』とかいってたな、そいつらと魔導院の諜報員だろうってジェスター様が教えてくれてな、奴等なら気を遣う相手でもないから煮るなり焼くなりしても問題ないっていうからやってやった」
「はあ?!!」
「魔導院に気に入らない奴がいるからついでに何とかしてくれると有難いとか言われたし。誰にもバレずに魔導師として再起不能にしてくれたら一生遊んで暮らせる金くれるらしいぞ」
「いつそんな話を?! て言うかジェスター様ヤバい! 恐い!!」
「うははは! あの人ヤバイよな!! 面白いよあの人ホントに!!」
「え、そこ笑うの?!」
俺は、今、笑っている。
俺は、今、自分らしく生きている。
俺の魔力はリオンを導くためのものだ。
リオンを守るのではなく。
きっと守るのは他の野郎だろう。
人それぞれ、役割がある。
俺の役割。
些細なリオンの魔力の変化を、見逃さず、観察し、そしてその使い方を俺が見出だすこと。
それももう終る予感がしている。
次の段階へと進んでいくのだろう。
リオンの為にすべき新しいことはなんだろうと、年甲斐もなくワクワクしていたりする。
血の繋がらない、娘の為に。
ジェナと共に。
俺は、今、人生を謳歌している。
次からはリオンに戻ります。




