一章 * ビートという男 2
引き続きビートさんです。
「何となくわかると思いますけど、ビートは柵の多い事は好きじゃないんです」
「そのようですね、守護隊で隊長をしていた時市長や幹部たちと度々トラブルになっていたと」
「力を知られれば知られる程、隊長としての資質だとか、品格だとか‥‥そういうことで周りから責められてたみたいで、ジェナが、私を引き取る少し前は本当に荒れていて大変だったって言ってました。ビートは自分の能力や家族との関係で若い頃から随分苦労したことは聞かされてます。養女ですけど、正直な話ビートの家族のことはそれ以外私ほとんど知りません、ジェナも口を閉ざしちゃうし。最近はもう諦めて聞かないことにしてます」
「そんなビートとどういう経緯で?」
「私の変わった力で、ちょっと騒ぎになってしまったんですよ。小さい町だからしょうがないことだったとは思いますけど。で、その騒ぎと私をもて余した父親が親戚や知人を探し回って」
彼女は苦笑い。
「押し付けたようなものですね。頼れるならなんでもいいって父も思ってたんじゃないですか?私のことで家族がバラバラになって、これ以上生活を乱されたくないと、切実な悩みだったでしょうから。その時期のことはあんまり覚えてないです、色々あって私も酷い状態だったことは聞かされてます。でも‥‥。私は運がよかったです」
少しだけ黙った。
何か懐かしい思い出が甦ったのだろう、リオンは少しだけ口元を緩ませた。
「私を見て、直感したって」
「直感?」
「子供が出来なかったのは、この子に出会うためだったんだって」
懐かしい思い出が、リオンの口を流暢にさせたのかもしれない。ゆったりと、けれどおだやかで軽い口調。
「子供がなかなか出来なくて、ビートとジェナは一時気まずい時期があったらしいんです。そんなときに私が現れて。‥‥私の事で家族関係がおかしくなってしまって私も辛い時期はあったけど、それでも私を受け入れてくれたんです。不思議と違和感はなかったんですよ私も。ジェナの両親も良くしてくれて、一年くらいで二人との生活に馴染めたし、なにより私の力をビートが誰よりも注意深く見守ってどうしたらいいのか試行錯誤で私に魔力の使い方を教えてくれたり。‥‥ジェナも自分に女の子にしてあげたいことさせてくれって、髪の毛可愛く結ってくれたり、可愛い生地で服やリボン作ってくれたり。学校もちゃんと通わせてくれたし興味を持ったことを大事にしろって、本も沢山買ってくれました」
「いい二人、なんですね」
「ええ、もちろん」
リオンは嬉しそうにしてすぐ、また複雑な笑みを浮かべた。
「でも、ビートの力でも私の力はどうしようもなかった。それでもビートは何とかしようと毎日考えてくれてました‥‥。突然辞めたんです、守護隊。先見の力、みたいなものだと思います。私に一緒に旅に出てみないか、なにかわかることがあるかもしれないって」
「ビート程の魔力の持ち主なら、先見の力があってもおかしくないですね」
「ビートは自分の力のことは話してくれません、魔導師として生きるつもりはないからって。だから私もよくわからないっていうのが正直な話です。でも、実際にビートと旅をするようになってからです、私の《過去の記憶》が急に鮮明になったり、魔物や聖獣との出合いや私の力がどういうものなのか分かってきたのも。ビートにはビートにしか見えないなにかを見ているのかもしれないと、時々思います」
そしてわずかに間をおいて、またゆっくりと話始めた。
「大人になるにつれて、私のために仕事を辞めたと気がつくじゃないですか?私のために時間なんて使わないで欲しいって言ったこともあるんです。そしたらビートは」
『俺は俺のために時間を使ってるよ、ジェナだってそうだ。リオンとたくさんの事を知っていくのが俺のやることだ。それに楽しいしな、楽しいって思えることは大事だろ』
「って。今でも私は納得できないし、理解もできないんですがとにかくビートはそう断言して。‥‥やっぱり、ビートはなにかとても特別な力があるんだと思います。魔力が強いというだけで特別ですけど、そうじゃなくて、何て言うか、ビートだけが理解していてビートしか出来ない事があるんじゃないか、ふとそう考えたことも」
「それは、リオンに関係しているんでしょうか?」
「だと、思います‥‥。私もよくわかりません、だってビートですからね」
「と、いうことです」
「そう」
アクレスの報告を受けたジェスターとクロード、そして同席していたセリードは1人窓辺に立って外を眺めているミオの後ろ姿を見つめる。
「先見の力とは少し違うと思うわ」
ミオは外を眺めたままだ。
「おそらく、リオンとの出会いが彼の迷いや躊躇いを打ち消すきっかけになったの。もて余してずっと悩んでいた魔力を持ってしてもどうすることも出来ない力と遭遇して、そしてそれを持つのが幼い少女。守ってやらなければ、なんとかしてあげなければ、そういう感情が彼の力を変える原動力になったのでしょうね。すべての力をリオンのために使うようになってから、ビートの魔力は安定したかもしれないわ」
「そのようです。リオンもずいぶん前に彼が自分の力が安定していて体に負担がかからなくなったと言っていたことがあると」
「やっぱり‥‥。あれほどの魔力なら、使っていくうちに魔力の質を自分の意思で変化させられるでしょう。リオンのためにあらゆることに挑戦し試行錯誤して、さらには研ぎ澄ましていった。そのためにどんどん魔力の解放が行われるのだから溜め込む事もなくなって尚更安定していているのね。安定は精神そのものも安定させる。魔力を扱う人間が一番気を使う精神安定を手に入れたなら、自分の魔力の質を変えたり融合させたりは、彼にとって造作もない事でしょう」
「そんなことまで出来るのかあの男は」
ぼそりと呟くように発したジェスターの言葉にミオが振り向いた。
「できるのよおじ様。私やクロード様もしていることよ。それをすることで魔力操作の精度がどんどんよくなるの。ただし余程の魔力を持った魔導師にしかできないわ。普通ならそんなことをしようとしたらせっかく持っている魔力の他の部分が引っ張られて変質したり減退したりしてしまうし、なにより部分的に意識して変化させたり向上させたりするためにどれだけの時間を無駄にするか。‥‥そんなことが出来る魔導師なんてほんの一握り。それだけあのビートは希有な存在だわ」
「なぁミオ。今後の事を考えたら、ビートはかなり重要な人物になるんじゃないか?」
セリードは少し考え込むようなしぐさをする。
「なるでしょうね。でも、彼をこちらの意思で巻き込んではだめ。彼は彼の意思でしか動かない、無理にそう仕向けようとすれば必ず彼は強烈な抵抗をしてくるでしょうね。私たちが悩み苦しむ程度には、彼なら抵抗という武器を平気で振りかざしてくるでしょう。‥‥この王都を破壊されては困るわ。そっとしておくしかないでしょうね」
「もどかしいな、あの男の魔力なら即戦力になるというのに」
苦笑いのクロードにミオは笑顔を向けた。
「風が吹き始めました。これからの季節に吹く冷たい風とは違う弱くて消えそうな風。でも、冷たい風にかき消されることなく吹き続ける不思議な風ね。その風を吹かせている1人がビートでしょう。彼は必ずよき理解者としてリオンに寄り添ってくれます。彼を、信じましょう。私たちが彼を信じることで彼は力を正しく使ってくれるのだから」
ビート。
断言してしまうと、彼は生涯魔導師として名を世に広めることはないが、王都で人気の薬屋の店主にはなる。
ただ、時折彼はリオンのためにその力を使って、その圧倒的で暴力的なのに非常に優れた制御能力でガハガハ笑いながら魔導師や騎士たちをなぎ倒すことになる。ミオを含めたたくさんの人たちが驚愕するのはまだ、先の事であるのだが。




