一章 * 音が高まる時 3
「こちらの琥珀だけ台座をつけるんですね?」
「そう、なるべく急ぎでできるかな」
「そうですね‥‥大きさも形も全て違いますので急ぎでというのであれば、型取りは間に合いませんので、装飾用の針金で巻き込むようにしてから取り付け金具をお付けするのでしたらこちらの六つは明後日までには」
「じゃあそれで。‥‥この、一番大きな琥珀は。これだけ、なるべくしっかりした台座がいいな。白金がいいかな」
セリードはリオンから渡された琥珀を宝石を扱う職人の前に並べていた。そのうち一つは昨日リオンがくれた彼女が手掛けたというものだ。
「さすがお目が高いですねセリード様」
「うん?」
「とてもよい琥珀ですよ、色も艶も一級品です、ネックレスはもちろん、ブローチや指輪にしてもいいものですから」
職人は光にかざして見せ、透明度も高いですよとニコッと微笑む。
「急ぎで、っていったら困る?」
「これでしたら台座は良いのがありますよ」
「ん? そうなの?」
「はい、これは宝石用に楕円形に加工されたもので大きさも形も定型に忠実のものです、当店にある既存の台座に合いますよ。お気に召すデザインのものが出来上がるまではめておくだけでしたら、市販のものでも十分です。もちろん付け替えは責任をもってさせていただきますので、ご安心下さい」
「‥‥そうか。じゃあ、そうしてくれるかな」
ベッドの上でセリードは考える。
あの時遠くからだったのに、うしろ姿だったのに、すぐにリオンと分かった。あの金髪をこれ見よがしにまとめたきっちりかっちり崩れなそうな毛玉を頭の上に乗せているから分かりやすかった、だけではないと彼自身に自覚がある。
(それなりの好意だと、思っても問題ないならいいんだけど)
このごろ彼女のことばかり考える。
始めて出会った日からセリードにとってリオンは特別だ。彼女の存在意味や特殊な力に興味を持ったのが最初というのは否定しない。
けれどそれだけでは済まされない興味を持っていることに気づいたのもすぐだった。
男として女の彼女が気になる。
兄サイラスと二人きり勉強に夢中でいつしかかなり接近して話し合っているのを見たとき、明らかに嫉妬した。額がぶつかりそうな距離で同じ本を見ている二人の間にどうやったら自然に割って入って引き離せるだろうと何度も思った事がある。彼女がネグルマに行きたいとわかったとき咄嗟に一緒に行けるかもしれないと口にしていたセリード。
(一緒に、どこにでも行けたら‥‥楽しいんだろうな‥‥)
本気で最近そう思って、つい大陸地図を広げて眺めた日もある。
意図して禁欲しているわけではない、今はそれどころではないし、忙しくて考える暇がないだけだし、過去にも大人のお付き合いをした女は何人もいる。でもいつもその先の結婚を期待されそうで踏み込むことなく、そして踏み込ませず別れてきた。公爵家の息子、騎士団団長、その肩書きは肩書きのある娘を呼び寄せる。悪いことではないと分かっていても結局はセリードに足踏みさせてきた。
そんなことで将来の夫に選ばれたくないし、自分も選びたくないと。
(‥‥あれ? オレ、リオンみたいな彼女欲しいかも。)
ふと目を開けてセリードは体を起こす。
彼女は面白い、あっけらかんとしていて、笑ったり怒ったりを隠したりしない。一緒にいて飽きることなんてないだろう。
探求心旺盛で何でも興味を持って知りたがる。勉強は苦手と言いながら嫌いではないと笑う。
どうせならなんでも一緒に学んで話し合える相手がいい。
明るくて優しくて困っている人は放って置けないタイプで誰にでも好かれる。お人好しなところにヤキモキするかもしれないが、それも悪くない。
「なにより普通にかわいいんだよ」
髪を手で豪快にかき回し、セリードはフッと一人笑う。
ずっと一緒に、いられたら。
「まぁ、素敵に仕上げたじゃない」
「よろしいんですか? 私が頂いて」
「もちろん。そのために用意したんだ」
セリードはミオの館、彼女の警護をセリードに指示されていたアクレスの所に琥珀を届けにわざわざ一人で訪れていた。アクレスはネックレスに仕上がった琥珀を受け取り深々と礼をする。
「大事にします」
「あ、それリオンには言わないように」
「ああ、そうねぇ」
「なぜですか?」
「聖獣に渡すものなんだから大事にされても困るって言われるから」
アクレスが難しい顔をしてミオはおもしろおかしく笑う。
「リオンらしい考え方よね」
「だろ?」
セリードの嬉しそうな顔に、ミオが何かを察して微笑む。
「何かいいことあったようね?」
「だといいけどね」
アクレスが不思議そうな顔をするのでセリードが笑う。
「ミオもいる?」
「私は要らないわ。リオンにも助言してあるのだけど、私の役目ではないの、あなたからしかるべき人に渡して上げて」
「そうか、じゃあどうしようか‥‥考えないとな」
「それにしても、信頼されてるのね」
「うん?」
「あなたにいくつか任せてるんでしょう? あなたの目を、信じてるのね」
信じてるのね
言葉にはある種の力がある、セリードはそれを知っている。
「そうかな? どうだろうな」
ミオはどういう気持ちで言ったのかそれはセリードにはわからない。それでもその一言は、セリードをほんの少しだけ動かす。
もし、本当に信じてくれているのなら。
そして君の声でいつか聞けるなら。
オレは‥‥。
「聞いてみるよ、いつか」
「セリード様の琥珀ですが」
「なあに?」
アクレスはちょっとだけ笑みをこぼす。
「見ましたか?」
「いいえ? 首にかけているのは気づいたけれど。気がついたと言えば、魔力を感じたわ、あなたが貰ったものとは全く違う魔力よ。治癒の力ね、あれは。どうしてあれだけ治癒の力なのかしら」
「そうなんですか? それはまた‥‥。団長の琥珀ですが、一瞬なのではっきりとはいえませんが、私が頂いたものとは明らかに違うかと。しかもしっかりと立派な台座に乗っていました」
「あら‥‥大事にするつもりなのかしら? 怒られるって言ったくせにね?」
「それだけではありませんよ? 上質なものでした、恐らく宝石として価値のあるものです琥珀自体が」
「‥‥あらあら? もしかして、あの琥珀の魔力の質が違うのはビートが施したものではないから、なのかしら?となるとリオンの、魔力?」
「どういう意味でしょうね?」
「ほんとにね、お互いにどういう意味か、聞いてみたいわね?」
ふふふ、とミオが笑った。
アクレスの視線が琥珀を捕らえたのをセリードも気がついていた。
(ま、いいけど)
とりあえずこういう時アクレスはミオの味方をするんだろうな、なんて考えついてふと立ち止まる。
「余計なお節介はするなよ」
館の門を出てすぐ、振り向いてセリードはミオのいる部屋の窓に向かってぶっきらぼうに言い放った。
リオンは少々のことで動かない。
甘い誘惑ごときに揺らぐような柔な気持ちで《古から続く問題》に立ち向かっていないことはあの目を見ればわかる。
途方もない問題に、鋭さを不意に見せるあの揺るぎない炎を灯す瞳は真っ直ぐ向いている。
その瞳を振り向かせるということは、彼女が立ち向かっているものごと受け止めなくてはならない。
甘い誘惑なんてもので無責任に彼女に近づいたら最後、自分が潰される。
彼女の抱えるものの重さに、大きさに、一瞬で。
潰れたら彼女はその事に責任を感じるだろう。
自分のせいだと嘆くだろう。
だから、リオンに近づくのなら、リオンの隣にいたいなら、覚悟が必要だ。
ミオならばそれに気がついているだろう。きっとセリードの動向を黙って見守るだろう。
それでも、セリードは思う。
「絶対に、余計なことはするなよ」
些細なことでリオンを傷つけた時、それが原因で彼女が立ち止まってしまっても、誰もそれを代わってやれないし責任も取れないのだ。
だからセリードは願うのだ。
どうか誰も彼女の歩みの妨げにならないように。
と。
その思いが、お気に入りや好意という言葉では済まされないものだと、すでに自分の気持ちが特別な感情に凄まじい勢いで書き換えられ始めていることに、セリードはまだ気づいていない。




