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一章 * 王宮にて 1

 晩秋の夜になった。季節は足早に進み、数日前までは夜道を歩くこともさほど苦にならない気温だったが、今はもう上着を厚手のマントやコートに変えた人々が一気に増えて王都の夜の賑わいの色を変えはじめた。

 リオンはここまで驚くほど早く進んでいることに不安はあった。こんなに順調であとでその反動のようにジレンマに襲われ迷い立ち止まってしまいそうな気がしていたからだ。

 けれど今はその迷いは不思議とない。

 昨日ミオの言葉で改めて自分のすべきことがそろそろ見えてくる気がしているからだ。どこがどうと言われると彼女自身が返答に困るような漠然としたイメージではあるのだが、それでもリオンのなかで自分のあるべき姿、するべきことが見えた気がしていて、それは必ず小さな力に、希望に繋がると感じ取れたようだ。そして今日また少し確実にリオンが行くべき道が見えてくる。


「こっちだ」

 ジェスターの後ろをミオと並んで、そしてその後ろをセリードが歩く。誰もいない広く薄暗い廊下を静かに進む。

「君のことは今のところ陛下、皇太子、魔導院最高議長のような限られた人物数名にしか知らせていない。今日の立ち会いにも御本人であるお二人と陛下、皇太子だけだ。そもそもあの痛みを抱えているということを知る者が限られているためだ」

 重厚で品格ある服装とマントを羽織るジェスターと、素晴らしい刺繍の入った魔導師であり聖女である彼女だけが袖を通すことを許された特別なローブを(まと)うミオ。騎士団団長らしい、重厚でありながら無駄のない洗練された服装に父と同じマントを羽織るセリード。

「そのためこんな夜中になってしまったがいずれは君も何かしらの形でこの王宮に馴染んで貰えるのが一番だと思っている。それでミオから提案されたのが、ミオ付きの魔導師にフィオラという女がいるのだが、彼女は稀にみる強力な魔導師でいずれは魔導院の中枢を担う存在となるだろう。君はその彼女のお付きという立場が一番動きやすいということになった。彼女は魔導院はもちろん、この王宮やミオの館も自由に動ける存在だ。私やミオの従女として入り込むよりずっと動きやすいし、魔導師見習い兼付き人であれば周りの下手な詮索も避けられる」

 その言葉にリオンはようやく自分の服装に納得して歩きながら自分の服を眺めた。

「なるほど、それで私もこの魔導師のローブなんですね?」

「君専用にあつらえようと思ったがミオにヤメろと止められてね」

「何のためのお付きという立場か分からなくなるでしょう?それは魔導院に所属する魔導師と専属のお付きなら誰でも持っている公務ローブだから」

「公務用ならこの王宮はもちろん、議会関連のエリアもほとんど自由に動けるし騎士団や役所関連にも出入り可能だから便利だよ」

 そう言ったセリードにリオンが振り向くとトントン、と自分の左胸にあるバッチを指で叩いて見せる。

「この赤い紋は公務をしている証だ、リオンが着けているのと柄がちょっと違うの分かる? 柄の違いと大きさで所属と立場がわかるから覚えておくといいよ」

「へえ、そうなんですね? 覚えます」

「セリードとあとで紹介するフィオラを中心に色々教えてもらうといい」

「はい、そうします」

「さぁ、ここだ」

 ジェスターが大きな扉の前で立ち止まり、リオンたちもその後ろに続いて立ち止まる。そしてリオンは小さく深呼吸をしてきゅっと口を一度だけ強く閉じた。

「ジェスター・アルファロス謁見のため参りました、入室いたします」

 大きめの声で言ったあと、ジェスターは自ら扉に手をかけてゆっくりと開けた。


 広く、荘厳な部屋だった。天井の高さや調度品の美しく重厚な様子からその部屋の特別さはリオンにもすぐに分かるものだった。

 天蓋のついた大きなベッドに一人。その奥に二人。そして手前に一人。ジェスターが全員が室内に入ったのを確かめ、そしてセリードが扉を閉めたのを確認して頭を下げた。合わせてミオやセリード、もちろんリオンも頭をさげたその瞬間だった。

「堅苦しい挨拶は不要だ、楽にしてくれ。そういうものは公の場でするといい。」

「しかし」

「ジェスターよ、この日を待っていたのだ。それに話がしたい、その娘と。挨拶などで時間をムダにしたくはない」

 ベッドの上の男の声は実にたおやかで驚くほど優しくて、ついリオンは習ったばかりの礼儀も忘れてひょいっと顔をあげてしまった。するとそんな彼女と目があったベッドの上の男はにっこりと微笑んで手招きをしてくるではないか。ちょっとびっくりして目をパチパチさせてしまうリオンのことを男は面白そうに笑う。

「リオンと申したか? おいで」

「あ、はい」

 慌てるように足早に近づくリオンに合わせてジェスターとセリード、ミオが顔を上げたが、急にぴったりと足をそろえて立ち止まってしまった姿をセリードたちが複雑そうな顔をして見つめた。

「驚いたかな?」

 動きにくそうに体を起こした男は手前にいた別の男に体を支えられベッドから足を下ろして腰かけた。

「歳も歳だ、こんな体ではまともに起きているのも辛いときがある。だが、君の存在を知り不思議と楽になったのは年甲斐もなく浮かれて気分がいいせいだろう」

 真っ直ぐ見つめる優しい瞳。

二人とも、リオンを心から歓迎して、待っていてくれたことが伝わる。

 けれど、一人は不自然に服の片腕、左腕部分が揺れていた。手が袖から出ていない。明らかに、その服の下には腕がないことを示していた。そしてもう一人。ベッドから下ろした足は寝巻きから一本しか見当たらない。その男は左足が、なかった。そして、顔に違和感を与える物足りなさ。左耳がないという事実。

「なんてこと。そんな、なんでこんなに」

 リオンはぶるぶる震える手で口元を覆った。とたんに目からは涙が(こぼ)れた。

「《シン》、どうして」

 (せき)を切ったように、リオンが泣き出した。

「お願い、もうやめて」

 彼女には何が見えているのだろう?

 体に欠損部分があるだけではない、何か他にも見えるものがあるのかもしれない。

その声は切実に訴えるようなものだった。


 なんの意味があるのか?

 避けられないことなのか?

 死ぬまで抱えなくてはならない痛みという代償は、どうして必要なのか?


 リオンの中、沢山の疑問が押し寄せる。

 そしてそれを今の自分ではほとんど解決できない不甲斐なさも同じように。


「リオン?」

ミオの不安げな呼び掛けにも、反応出来ず、リオンは止まらない涙をただ(こぼ)す。

痛みを取り除く特異な力を持っていることに希望をかすかに持てたとしても、現実はこれだ。

たとえ痛みを取り除けても、その事実はなかったことに出来ない証拠が体に刻まれ、それは正真正銘死ぬまで逃れられないものだ。

目の前の二人は老人だ。二十三年前すでにその顔に刻まれたシワは出来ていたかもしれない、白くなった髪も今とさほど変わらなかったかもしれない。

老いていく体を支えるために必要な体が欠損してしまった衝撃は、計り知れない。


だから、リオンは泣くしかない。

特異な力を持っていても、所詮は全てを解決できる力ではない、なんて惨めな力かと。

それでも、進むしかないのだ。泣いても解決しないと分かっているのに、泣かずにはいられない時があるとしても。




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