一章 * 真夜中の語り
聖女ミオ様の単話です。
ミオ様はこれからもこうして時々語ってくれる予定です。
私が側近の魔導師達を引き連れることなく歩くことは珍しい。けれど今日はその珍しい日と言っていい。
「ご機嫌よう、議長」
「わざわざ誠に申し訳ない、こちらから伺うべき身分であるのに」
「そんなことお気になさらないで。」
誰かが私を訪ねてくるとき、「内緒」というのは不可能だ。原則王宮の私の部屋か王宮の外にある館以外ほぼ出歩かないのは私の力と関係している。先見という力は魔導師ならば誰もが欲しがる力はではあるが私にとっては少々やっかいなもので、普通なら意識して力を使い未来を見る、つまり先見するのだが、私は意識してそれを止めていないと不特定多数の人物の未来や訪れた場所の未来の出来事が勝手に見えてしまうことがある。精神的にも肉体的にもダメージは大きく、何かと不都合が多くなるため自ら居場所を限定している。
そういう理由から、私に会いたいという人は私の側近であり魔導師としてもとても優秀な者たちが必ず精査しどうするか決めるのが基本だ。予告もなく訪ねて来る人と会うこともあるがごく稀なことであり、セリードや身近で親しいごく限られた人物以外はよほどの理由がなければ周りが追い返したりしてしまうくらいだ。
つまり、こうして私が自分で動き誰かに会いに行くことは本当に珍しいことになる。
「ジェスター叔父様が連絡を取り持ってくださったので楽なものですよ」
真夜中、ほとんど人のいない一部の議員や王宮に務める身分の高い人物が与えられる政務室の一室を訪れた。
「なるべく内密にすべきでしょうから。転移は楽ですが他の魔導師や感のよい騎士は気づきます、詮索されるのは望みませんでしょ? それにたまにはこうして王宮を歩くのも面白いです」
「ありがとうございます。さあ、こちらへ」
通された品のよい客間のソファーに私は座る。魔導院最高議長はそんな私の前に一例してソファーに腰かけた。
「ついに痛みから解放されるご気分は?」
私の問いに議長は意外にも困ったような複雑な表情を浮かべた。
「正直申しますと、まだ半信半疑です。ジェスターのあの晴れやかな顔を見ればあの男が痛みから解放されたのは確かなのでしょうが」
『ミオ様、どうして私が近づいたことでミオ様の力を押さえ込んだのかまだわかりません。《シン》の影響なのは確かですが。
《シン》はあの痛みと一緒に自身の一部をジェスター様の中に残していました。私がその《シン》に近づくことで何か不都合なことがあるのだとしたらもしかしたら‥‥お二人も、影響しているかもしれません。強い魔力をお持ちならなおさらです』
そう言われてピンと来たことがある。私が力を押さえ込まれた直後、この男から魔力が急に不安定になったと相談を受けていたからだ。聞けばほぼ私と同じ時間、リオンが王都を包むように私が張っている結界に入ったころ。
「御心配にはおよびません」
クロード・シェッツェン。現魔導院の頂点である魔導院最高議長の彼は私を幼い頃から指南してくれた、そして私を聖女になると予言した先代の聖女が最も信頼していた人物である。 この男ならばリオンのいう何かしらの影響を受けるだけの魔力を持っている。
「明日ご覧になればわかります。彼女は特別な存在であるということが」
そして《23年前の出来事》から生還した、《シン》に生きることを許された人物。彼が失ったものは、左腕。正確には肘から先を失った。
痛みが常に付きまとい、集中することを阻むため、魔力が不安定になりやすく、精度も質も落ちてしまっているという。
それがもう、二十三年。それでもこの人がこの魔導院最高裁議長でいられるのはそれだけ素晴らしい素質を持っていることを私は知っている。
「本人も言っていますが非常に奇妙な魔力を持っており、興味を持たれるかもしれません」
「奇妙な、とは?」
「支援型の力が異常です。議長や私を超えますよ軽々と。何より、現場主義でその能力を極限まで高めたリュウシャ様すら彼女の支援魔法には及ばないかと」
「なんと! ばかな、あなたを超えるなんてことはあり得ない!! まして、あのリュウシャですら?」
「ええ、私の立場、聖女は本来そういう存在です。この国に私を超えるものはいません。けれど、確かに彼女が傷害事件で致命傷を受けた男に魔力を使ったとき‥‥簡単に蘇生や延命をしてしまえる魔力でした。圧倒的です、並ぶものはいません。本当に、凄いというよりは異常な魔力の能力持ちです」
「なんということだ」
「しかし、非常に精度が悪いのも特徴で、力が発動するかは運次第。そして普段はそのことが表には一切出ませんし、魔力を使っていても何故か彼女を意識して見ないと、並みの魔導師ではその魔力を感じることも出来ないでしょう。おまけに」
私はつい笑ってしまった。
「支援型の魔力以外はほぼ役に立ちません。戦場に連れていっても攻撃魔法は使えないし支援の魔力も運次第なので見習い魔導師以下の実力でしょうから野営地の運営でも、していたほうがいいくらい。面白いですよ、ほんとうに」
「‥‥信じられない、そんな魔力が存在するなんて」
このところ、この議長の気難しいのが一目瞭然のいつもの顔が、困惑で変化することが多い。
「議長、世界は広く我々の知識と知恵が及ばぬことがまだまだある証ですよ」
「‥‥本当にそうですな」
ははっと珍しく声をあげ、笑うのを穏やかな気持ちで私は見つめる。
『私はただ、出来ることをしたいんです。与えられた記憶は何のためなのかいつも考えてきました。一度世界を救うためなのかな?なんてことも思ったりもしましたけどそんなことは出来ないんです。私の力は世界を救うほど強くもなければ守ったりすることすらできないんです。
だから出来ることをしたい。
人々の罪を代わりに請け負った人を痛みから、苦しみから救うことが、過去を知ることが私の出来ることです』
不安げに、自信なさげに、それでも確固たる信念が滲む顔だったのを思い出す。本当に世界は広くまだまだ知らないことがあるのだと痛感した。
リオンはそれを教えてくれた。そのことが私の知識を、世界を広げる。彼女が出来ることをすることは私たちには世界と知識を広げる力になる。
「彼女は救世主ではありません、ましてや私のように聖女と呼ばれるような立場でもありません。しかし、希望を与えてくれる存在となっていくでしょう。彼女の未来を私は見ることができません。それは彼女が特別な存在であり彼女でなければ解決できない何かを与えられているらだと私は思っています。議長、もしもその体であなたにしかわからない感動を実感できたなら、彼女にこれからお力添えください。彼女はこの世界を左右してしまうあまりにも大きな問題にたった1人で立ち向かおうとしています。非力で、今なお先が見通せないのにたった1人でまっすぐ正面から立ち向かう彼女のその勇気と慈愛をお支えください。あなた程の方がお力添えくだされば、彼女の道は自ずと開け、そして我々に希望をもたらすのですから」
彼は穏やかにほほえんで頷いた。
「承知しました、あなたのおっしゃる希望とはどんなものなのか見届けるためにも」
アルファロス家に単身転移して、セリードに文句を言われた前日のお話でした。
きっと例に漏れずアルファロス家兄弟は説教を食らったと思います。