一章 * 始動 5
まだ登場人物は少ないですが、この次の幕からは増えていくと思います。
人間と聖獣が共に戦っている光景。
余計なことは考えずに、それはどういうことだ?そう質問するつもりだった兄弟二人の口が同時に動こうとしていた。
けれど沈黙を破ったのは扉のノック音。リオンは少しだけビックリして振り向いて兄弟は特別な反応はせずいつものようにどうぞと少しだけそっけなく対応しただけだ。
「失礼いたします。」
入って来たのはこの家の執事長だった。
「ミオ様がいらっしゃいましたが、こちらにお通ししてもよろしいでしょうか?」
「え? ミオ?! 急に?!」
セリードが勢いよく立ち上がる。
「はい、どうしても話したいことがあるということで。お一人で」
3人は呼ぶよりこっちから行った方が早いだろうと部屋を出る。
「一人でどうやって?」
「私がお答えするのは‥‥」
「ああ‥‥」
セリードのなんとも言いがたい苦々しい顔にリオンが不思議そうに目をむけるとサイラスは面白そうに笑うので、やっぱりリオンは不思議そうだ。
「ミオはね、周りにも自分にも力の影響が出ることが多いから一人で外出はしないんだよ、普通は。王宮か、彼女の館の中が活動拠点だから出かけるときは必ず誰かがつきそう。主にセリードや他の騎士団が交代でね」
「じゃあ、今日は特別?」
「いやいやいやいや、セリードの顔を見て。それはない。特別なんて立派なものじゃないよあれはね」
そしてセリードを見る。
「勝手に来る、転移して」
それはもう嫌そうな顔。
「いないことがバレたら大騒ぎになるのに」
本当に嫌そうな顔。
「高確率でうちへ来るから、怒られるのはオレと兄さん。幼なじみでいとこ同士で仲いいからってだけで規則を守らせないのかってあらゆる方面から文句が来る、規則を守ってないのはオレ達じゃないのに」
とにかく嫌そうな顔。
「魔導院と陛下どちらからも、もう、ホントに嫌になるくらい説教」
「それは、大変‥‥」
「あなたは私のお父様よりうるさいわセリード。今の人気を維持したければやめた方がいいわそれ。女性に嫌われるから」
客間でのんびりゆったりソファーに腰掛けていたミオにガミガミと説教をしたセリードをその一言で一蹴したあと、ニコニコ笑顔をリオンに向ける。
「なかなか会えなくてごめんなさいね。あまり自由に動ける身ではないのよ」
「そんな! いいんです!! ミオ様はそんなこと思わないでください」
「そう? ありがとう」
「いいから要件」
イライラしているのかかなりぶっきらぼうに言い放ったセリードに目をむけることなくミオはふふっと息を漏らすように微かに笑う。
「魔導院最高議長クロード様はご自身と上皇の過去の清算が本当にできるのなら、リオンに出来る限りのお力添えをしてくださると」
セリードとサイラスは小さなガッツポーズをしてみせたけれど、リオンは顔を曇らせた。
「あのっ、話が、進みすぎじゃありませんか?! 私はまだ自分がこれから何をしなきゃいけないのかさえわかってないのに!」
「そんなことはなくてよ、リオン」
ミオはたおやかな表情をリオンに向けた。
「心配しないで。あなた自分で言ったじゃない?救世主とか立派なものじゃないって」
「当然です! 私はただ、《過去の記憶》を与えられること、変わった治癒の力、ほとんど使い物にならない不安定な魔力があるだけです。困っている人全員を救えるような、そんな、そんな力なんてないんです」
戸惑いと困惑が、リオンの顔をうつむかせたけれど、それでも優しくミオは見つめる。
「だから、力を貸したいのよ」
「え?」
リオンはふと顔を上げた。
「太陽を待っていた訳ではないのよ私たちは。私たちはね、未来を少しだけ明るく照らしてくれるランプを待っていたのだから」
「ランプ‥‥。ですか」
「ええ、ランプ。ランプはね、太陽のように大地を照らすわけではないし大地を温めてくれるわけでもないわ。でも夜の闇のなか、手元を照らして安心させてくれる、寒い夜見ているだけで少し気持ちが楽になる。あなたの存在は私にはそんな存在。ランプって、油が必要よね?」
彼女はお茶目にふふっと笑う。
「時々磨いてあげないと雲ってしまうし、落としたりしたらすぐガタガタしちゃう。手がかかるのよ、毎日毎日使った分だけ」
「手が、かかる」
「あなたは、それでいいんじゃない?」
「おい、ミオその言い方」
セリードがムッとした顔をミオに向けて、サイラスもさすがに難しい顔。しかし。
「ぶはっ!!!」
思いっきり吹き出して笑ったのはリオンで、兄弟はきょとん、と間抜けに顔を変形させた。
「あはっ、はっ、ランプ!!」
「ね? ランプでしょ? だってねぇ、精度が悪い治癒の力とか、滅茶苦茶な記憶とか、どれくらい役にたつかわからない聖獣との会話とか、これからの私たちの未来を担うには心許ない力じゃない? 誰かに手助けしてもらうくらいがちょうど良いのよ」
「はい、ランプです!!」
恐ろしく目をキラキラさせてリオンが返事をしたので、やっぱり兄弟はきょとんとしている。
「リオン、人の純粋な善意は受けてあげて。叔父様だけじゃないわ、あなたとの出会いでこれからの人生が明るくなる人たちはあなたへ何らかの力添えをしてくれる。それを素直に受け取ってあげてね、あなたにとってはきっと良い道しるべとなるのだから」
「はい」
ミオはまっすぐリオンを見つめる。
「リオン、私たちはまさに混迷の時代に生まれたことは間違いないでしょう。私の先見の力をはね除けるほどの大きな混迷の原点にある存在は、その姿をいつ現すのか、どんなものか、そしてなにより私たちにどんな未来を突きつけてくるのか見ることが出来ない。救世主や英雄の登場を私たちは黙って待っている時間はないはず。そこにあなたが現れた。リオン。出来ることを精一杯することがどれだけ大切なことか、大変なことか、分かっているでしょう?救世主を待つのではなくあなたの小さな力と努力に私たちは希望を見いだした。あなたはその事を忘れないでくれればそれでいいのよ。そして私たちも忘れないわあなたのランプの光を。そうすることで自ずとあらゆることの道しるべが見えてくるのだから」
「はい、ミオ様」
二人はアルファロス邸の美しい庭を並んでゆっくりと歩いている。
「あまり気負わないでね? あなたはあなたらしく進めばそれでいいのだから、他のことは周りに任せてしまいなさい」
「なんだか申し訳ない感じもしますけど、お言葉に甘えます」
「ふんぞり返ってたっていいくらいよ? 上皇と最高議長と、公爵の恩人になるんだもの。大きな貸しを作ったと思ってていいわよ?」
「いやぁ、それはなかなか」
「そう? 使えるものは使わないともったいない権力だから、何か欲しいものがあるか言われたらここぞというときの為に考えておきますって言うといいわよ?ゆっくり考えてとんでもないものもらいなさいな。大抵のものは手に入るわ」
「ええっ?! 出来ませんよそんなこと!」
「大丈夫よ、3人ともチョロいから」
「‥‥ん?」
「真面目な人たちだからねぇ? 叔父様見ているとホントに分かりやすくて。これ程のことをしてもらったからその恩義は一生かかっても返し続けるっていうのが気持ち悪いくらい表に出てて。正義とか善意とか、そういったものに絆される人たちなのよ。世の中そういう人は扱い難いんでしょうけれどあなたの場合別よ、利用しない手はないわよ?」
「ミオ様って、策士というか、なんというか‥‥」
少々ミオの本性に触れてリオンがちょっとだけ引いてしまったが、お構いなしなにミオは笑う。
「こんなものよ、私は」
つられるように、リオンが笑う。
「さあ、のんびりゆったり、始めましょう私たちの旅を」
「はい」
「いつ終わるのか、どこに向かっているのか分からなくてもね」
なかなか恋愛ッぽいお話しに届きませんが、がんばります。