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三章 * 常夏との別れ、そして帰還 3

 この世界の生き物ではないと言われてもピンと来ないのは当然で、それがさらに人間の言葉を喋るし、この世界には明らかに存在しない姿なのに犬で押し通すとか訳の分からないことを飼い主が言っている。

『この先が王都か?』

「ああ、もうすぐだ。」

 そしてこの奇妙な絵面。

 愛馬オニキスの手綱を握り走らせるセリード。その後ろに器用に後ろ足で立って肩に前足を乗せ乗っているオクトナ。

 走ればいいんじゃ? というツッコミは誰もしない。リオンに視線を送って見ても、彼女は

「もういいの、常識で戦うのは無理。セリード様がそれでいいみたいだし、オニキスも気にしてないみたいだし、そもそも体重なんてものどうとでも出来るから負担なんてないみたいだし。放っておく」

 と、放置だ。

 ただ、人間の適応力というのは誉めるべきものである。全員が。

(もう何が起きてもオクトナのことでは驚かないことにしよう、考えるだけ無駄)

 と、開き直ることにしたようだ。

 出向の時とは違い王都への帰還はペースが速い。それでもすでに初雪が降って、薄い氷が毎日至るところで張る季節になった地域への順応をするために、わざとゆっくりとした計画で北上する日も数日あった。

 この帰還の日々で、団員たちの開き直りと慣れがオクトナとの距離を縮めていったが、なかでも女団員たちにはもれなく気に入られたようである。

「それ、ジルさんの肉でしょ」

『貰った』

「違う、略奪でしょ」

『貰っていいか? と聞いたぞ?』

「口に思いっきり咥えた肉なんて返してほしいなんて思わないでしょ」

『いいじゃないか。怒ってないし』

「そういう問題じゃない。モラルの問題。そもそも食べなくていいのに」

『知らんなぁ』

「はぁ?」

 というようなリオンとのやり取りが日々繰り返され、女たちには好評だ。

 邪魔なところで寝てればリオンが尻尾を掴んで引きずり、よけいなおしゃべりをしてればリオンに口にその辺に落ちている物を押し込まれ。リオンがあまりにも雑に扱うその光景が、どうやらツボというのだろうか? 今日は何が起こるのかと期待していたりする。

(いい、機会かな)

 ディオンは呑気にそんな事を思っていたりする。リオンに対する不満を隠していた女団員も今ではすっかりオクトナとのやり取りを笑ったり、触らせて貰ったりしている。ディオンが見る限り自分の所属するバノン隊と、そしてジル隊にはもうオクトナに心の中を覗き込まれるような目を向けられる者はいなくなっていたからだ。

(ただ、この後だな)

 ()()()()が王都に戻ったら、どう影響するか?

 ディオンだけではないだろう、そんな疑問が頭を過る。

 魔物討伐は他の騎士団で成果が出ていると報告が来ている。その方法はいままで信じて行ってきた討伐という正攻法を飛躍的に楽に進める画期的なものだというが、今ここにいる団員たちと先行してビスを出たマリオたちは、それとは全く違う経験と知識を目の当たりにした。

(これもセリード様の策略かな? だとしたらとんでもない策士だ)

 誰も当初は信じなかったが、リオンの言葉に耳を傾けられたのはセリード・アルファロスという存在が大きい。そして彼が自分の隊は王都に残し単身リオンの身辺警護についたこと。

 もし彼の隊が彼女の周りを守っていたなら、彼女への不満や疑問はなかなか払拭出来なかっただろうし、彼女の言葉を信じてほしいというセリード・アルファロスの言葉にも従うことは難しかったにちがいない。

(だからこそ、一抹の不安がね)


 そして現れた聖獣。


 ()()()()()()()()であるはずの聖獣は、セリード・アルファロスの隣に。

 なぜそうなったのか、その経緯は彼の口から語られることはなかったものの、背後に見えるのはリオンの存在。

 リオンへの見方が魔物との向き合い方で随分かわったが、この聖獣の存在はそれを加速させた。

 そしてこの状況。リオンへの信頼はかなり高くなった。

(意見が割れて揉めなければいいが)

 ディオンの不安は恐らくジルやバノンも感じているだろう。そして誰よりもセリードも感じているはずである。


「なんでも聞きますよ?」

「え?」

「なんか、言いたそうな顔してます」

 ディオンがリオンのその言葉に苦笑いをして頭をかいて、リオンはニコニコ。

「顔に出てた? 今セリード団長いないから、聞きたいことがあるなぁ、聞けるかな? とは思ってた。」

 王都直前の小さな町で、住人同士のトラブルで喧嘩があった。立場上見過ごすわけには行かない騎士団はその対応のため足止めを食らうことになった。全ての騎士団が残る必要は無いのだが、それでもここまで来たのだから揃っての帰還が良いだろうと判断し、セリードとバノンたちが仲介に入り守護隊に引き渡すまでの時間。

 たまたまリオンの側にいた彼の視線にリオン自身が気づいたらしい。

「単刀直入にいくよ」

「何ですか?」

「リオンと……〔アリーシャ〕のことで騎士団の意見が真っ二つになると思う。多分戻ってそう時間がかからずにそのことは露呈すると思うんだ、セリード団長が話してるとは思うけどリオンはその辺どう思ってる?」

 彼女は一瞬驚いたような、そんな顔をした。

 そして笑顔は困惑を滲ませている。

「ホントに単刀直入でしたね」

「遠回しに聞いてもね」

「……そうですね、どうしましょうか。正直私はそうなってもどうこう出来る権力とか立場はないので……その時その時対応するしかないと。セリード様もそれがいいだろうって。今から構えても仕方ないしって」

「なるほど」

「個人的には……私は、あんまり、目立ちたくないんですよ、身動き出来なくなるのはちょっと辛いので」

「団長の後ろ楯とか、アルファロスの名前があったら楽じゃない?」

 そして、意外な表情だった。

「そういうことで動かせるものじゃないんです、聖獣も魔物も」

 寂しいような、悲しいような、そんな顔だった。

「それで動かせたなら、すごく楽なんですけどね。私なんかがこうやってでしゃばる必要なんてなくなるんですから。だから、むしろ私は一人で行動出来ればいいんです。でも、とても無力で人の助けがないと動けなくて。セリード様とかアルファロス家の皆さんの名前が動いている事がちょっと恐かったりするんですよこれでも。……魔物の討伐が効果絶大なら、私はそれでいいと思うんです。私のやり方はゆっくり知られて行けばそれでいいかな、と思います」

「……そっか」

「呆れました?」

「いや、それなりの覚悟とか考えをすでに持ってるなら心配ないなと」


 ディオンはホッとしている。

 彼女がもし、自分のやり方を主張して先頭に立つようなことがあれば王宮は一気に荒れるだろうと予想できるからだ。

 そしてリオンの後ろに見え隠れする権力はあまりにも大きすぎる。

 ティルバにたった二家しか存在しない巨大な富と名声をもつ公爵家アルファロス。

 賢帝として名を馳せ未だにその知性と人望を称えられる上皇。

 そして彼女とビスで行動を共にした騎士団三隊。

 特にディオンは、マリオの率いる騎士団の動向は全騎士団への影響が大きいだろうと予測している。

 本来ならば()()ブラインの息がかかっていると言われたマリオとその騎士団がリオンの事を間近で見て明らかに態度が変わったことを、見方が変わったことを目の当たりにした。

(あの人は、ブラインに使われているというよりは上手く立ち回ってるっていう感じだしな。むしろ利用しているというか……)


 ―――大きく動くぞ、王宮が。―――


 ジルとバノンがこそこそと何かを話していたことがある。

 そしてバノンが言ったその一言がいままさに目の前に迫っている。そんな気がしている。




三章はここまでです。


次回ようやく四章です。

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