三章 * 常夏との別れ、そして帰還 1
大変長らくお待たせいたしました。
三章、最後の幕です。
盛大なお見送りをされ少々戸惑いながらもリオンたちはビスを後にする。
ビスはこれから国からの本格的な資金提供による町の再建が始まる。その手前までの復興に確かな手応えと満足感を得た面々は、いつもとは違った遠征も悪くないと心のなかで思っていたに違いない。
王都への帰還は順調だ。
二日間馬を走らせただけて空気の質が変わった。相変わらずビス熱帯雨林の緑豊かな木々は生い茂るが、それでもその木々の密集度は低くなり、草木の種類が少しずつ見慣れたものが増えていた。夜になると空気は冷えて毛布がなければ野営は少々キツいと思えるような気温になった反面、移動はだいぶ楽になっていた。
「そういえば気になってたんだけどよ。」
三日目、予定通り野営地に決めた場所での準備が一通り終わり全員が自由にのんびり体を休めたり談笑する。
食事当番に数名が交代で選ばれる中に今日はリオンもいる。得意なのか不得意なのかよく分からない豪快で迷いのない手際に当番の団員たちが笑っていて、とても賑やかだ。
セリードは一人、個人行動の特権を利用して周辺の探索をして戻ったが、出し抜けにそんな彼にバノンは問いかける。
「オクトナっていつもどこにいるんだよ?」
これ今晩のおかずに追加して、と丸々太った鴨三羽を団員に渡してから、セリードはその問に答える前に吹き出すように笑いだした。
「唐突だなぁ」
「素朴な疑問だろ。さっきまで姿がなかったのによ、急にリオンのそばウロウロしてて。いつからいたんだ?!ってなるだろ」
「さっきまではオレといたよ。ほら、あいつらはリオンの中を通ることで空間を自由に移動してるらしいから、人の視線がない空間にぽっと現れることができるんだよ」
「……」
「納得してない顔だな、変に理解した顔をされても疑うが」
あからさまに不満げな顔のバノンをセリードはやっぱり豪快に笑う。
「笑うな!! あれじゃねえのか? 前にあったろ、ものスゲぇキラキラして、なんつーか、幻想的っつうか。ルシアの時」
その言葉に彼はあぁ、とバノンの不満げな理由を察して馬から降りると手綱を引いて歩き出す。それに続くようにバノンも歩き出す。
「見たいのか?」
「ん?! う、ん? まぁ、その、なんだ?」
「みたいんだろ?」
「そういうことになるな、見てぇな、また」
そしてセリードは苦笑い。
「あれは、リオンが大きく関係しているらしいんだよ、見たいから見れる訳ではないらしい」
「そうなのか」
「ああ、ただ、通るだけではあれは見られないらしい。オクトナにオレも聞いたとこがあるんだよ、そしたら」
『あれはリオンが我々の魂を自分の中に感じて意識したときと、リオンに代わって何かの役割を務める時にリオンと魂を分かち合う時に、なるものだ。魂が触れ合っていてこその現象だ』
「って」
「魂が……魂が?」
「よく分からないだろ?」
「わかんねえな」
「未知の領域。理解しようとする分だけ時間の無駄だからそういうものだと理解したフリしておくと楽だぞ?」
「……おまえ、雑だな」
「そう? じゃないと、あれの男なんてやってられないと思うけどね」
自信に満ちた笑みだった。
「愛だの恋だの、そういったことを楽しみたいじゃないか。リオンとはそういうことを大切にしたいんだよオレは。だから他の理解出来ないことでいちいち悩まない。時間が無駄だろ?」
「……お前がそういうとすげぇ違和感」
真顔で言われた彼は面白そうに笑う。
「前はとことん避けてたじゃねぇか」
「前はね」
「お前、ホントにリオン好きなんだな」
「ベタ惚れってやつ?」
「自分で言うかねそれ」
「あはは」
そしてセリードは髪をかきあげる。
「隠したって仕方ない、隠して他の男が付け入るくらいなら堂々とオレは主張するよ、オレの女に触れることは許さない誰も手を出すなって」
愛馬オニキスの手綱を引きセリードは歩き出す。自然とそれにバノンは続く。
「まぁ、わからんでもない。それでなくてもあいつは色々特殊だからな。いちいちライバルが出て来るたびに悩んでる暇ねえしな」
「そう。オクトナもよく言ってるよ、悩む前に何とかすればいいって」
「聖獣と、恋愛話かよ」
「興味はあるらしい。聖獣にはない感覚でそんな面倒な感情を抱える人間は面白い生き物、という扱いだ」
「面白い、ねえ」
「そもそも聖獣には性がない、恋愛感情どころか性欲もないんだから。そりゃ、面白いものに見えるんだろうな」
「どうやって生まれるんだよ? あいつら」
「さあ」
「ほんと、未知だな」
「だろう? だから考えるだけ無駄」
「無駄だな」
バノンとジルを除いた団員たちは、正直オクトナにはまだ慣れない。それはオクトナの彼らへの態度がそうさせている。
リオンの聖域の扉としての妨げになる嫉妬や嫌悪など、誰でも向けられたら不快でしかないそんな感情を、オクトナは全て見ることが出来る。その事をバノンとジル以外は知らされていないのだが、全てを見透かすあの目に怯んでしまうのだ。
口に出さずとも、公爵家の次男であり、騎士団団長であるセリード・アルファロスが無条件に擁護するリオンのことを見て、なんとなくズルいな、そこまでしなくても、そんな不満を持った瞬間に限ってオクトナと目が合うのだ。
じっと、何かを言うわけでもなく、睨むわけでもなく、ただただじっと観察するように心の覗き込むように。
それが単純に、純粋に怖いのだ。
普段は犬のように大人しくただセリードの周りをうろついているオクトナは、不意に何の前触れもなくリオンのそばに寄り添うようにいることがあって、そしてその時はオクトナが全く話さなくなる。誰が話しかけても、目も合わせずただリオンを見つめる。
『リオンが聖域の扉として何か不安を感じるときはそばにいることにしている』
バノンのその疑問にオクトナは素っ気ない雰囲気で答える。
「不安?」
『悩むことが多い。この先のことでな。力がほとんど開花していないし【過去の記憶】も相変わらず時系列は滅茶苦茶で、見るたびいつのものか、何があったのか、そんなことを一から考えて整理することから始まる。一人でも同じ立場がいればいいだろうが、残念ながらリオンとその悩みを本当の意味で理解しあえるものはこの世に存在しない』
「お前が何とかしてやれないのか?」
『私には私の役割があるし、なにより……一度に過去を知り、それを情報として蓄積することが出来る器をしていないのだ人間の体は。一度に与えて見ろ、壊れて人として生きることも出来なくなる』
「マジかぁ」
『少しずつ、リオンに合ったペースで進んでいく。それしか先に対する不安を消すことは出来ない。私はただそれを聖獣として見守ることと焦らずとも我々がいつでもそばにいて一人にしないと示すだけ』
「なるほどなぁ」
『だから』
「ん?」
『焦らせ追い詰めるようなことをしてみろ。闇色に染まっていなくても人間を食うことは出来る、その対象にしてやるぞ?人間はたいして旨いものではないがな』
不敵な笑みを浮かべたオクトナに、バノンは背筋にヒヤリと冷たいものが走ってひきつり笑いを返す。
「お前、人間食ったことあんのかよ?」
『その質問に答える義務はないな』
「……」
今回の幕は三話構成です。明日、明後日の同時間に更新となります。
そのご、ようやく四章に突入です。
作者にとって棘の道です、でもがんばります。