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三章 * ルブルデン 5

この幕はここまでです。

あと二幕で四章突入予定です。


遅筆となっていますが、次はもう少し早めに更新出来る予定なのでお待ちくださいませ。

 宿の一室、薄い扉と壁を隔てた隣の部屋の男と女の罵り合う声が聞こえてティナは項垂れて目を閉じた。

(ダイアナ……認めたくないのは分かるんだけどね)

 第四十世世代の騎士団の関係性は複雑だ。

 その引き金になったのは今ここにいるダイアナと既に騎士団を脱退しただけでなく騎士すら廃業し貴族社会に身を移したジェスターである。

 彼が引退し、公爵としての立場だけに専念すると宣言した時、その理由を一切語らなかった。それは大きな波紋を呼び、騎士たちの間でもありとあらゆる憶測が飛び交い長い間引きずったのをティナもはっきり覚えている。


 ―――騎士としての限界を知った。それだけだ。―――


 あの時騒いだりしなかったもののマリオも納得出来ず何度も彼に問い詰めようとあの荘厳な屋敷の門の前に行って、そして唇を噛み、帰ってはその行き場のない怒りのようなものを訓練で発散していた。

 ティルバ最強の騎士と称えられた男のその言葉に納得しなかった人は多かった。

 何故なら彼の己の弱さを晒し、憧れや希望を打ち砕くような立ち振舞いを周りが認めなかったからだ。

 彼がそんなことを言ったらもはや誰もが限界に達していて、それを越えることは不可能だと言われているように聞こえたからだと当時の騎士達が後になって口を揃えて言っていたこともある。

 そして誰よりもそれを口にしていたのはダイアナだった。

 数少ない女性騎士団団長として脚光をあびながら常にその重圧に耐えていた彼女の支えがジェスターだったとこをティナは知っている。

 冷静沈着、圧倒的強さ、優れた戦術と統制力。彼女はそんなジェスターに崇拝に似た感情を持っていた。一時かなり短い期間ではあるがダイアナのアプローチで男女の関係になった二人だったが、決して恋とか愛とか不確かな感情を仕事に持ち込まない、求めないジェスターがダイアナの自分への感情を読み取りすぐに別れを切り出したという過去もある。最も、ジェスターは最初からダイアナを恋愛対象にしていなかったので、覚めたものだったと彼の友人は語っていたが。

 そしてジェスターはマティオに出会い彼女を妻に迎え今なお彼女一人を慈しむ。溺愛と言うに相応しい愛妻家だ。それをどんな思いで見てきたのかはわからない。けれどダイアナは彼が引退するまで愛妻家の彼への報われない思いとともに、神を崇めるかのような思いを持ちつづけていた。それは一片の曇りもないものだった。


 なのに、ジェスターは騎士を捨てた。

 限界だからという理由で。


(だからって、ここでその気持ちを持ち込むのは良くないわよね)


 事情を知らなかったとはいえ、簡単に輝かしい栄誉や名声を捨てた彼にダイアナがどれだけ失望したか。

 彼女が大勢の前で罵り、剣を向けてもただ黙って背を向け歩き出しそこにいる者たちから決別したジェスターを同じように見損なったと言った騎士のなんと多かったことか。

 ガイアたち前の世代は上皇とクロードが共に瀕死の状態で見つかり仲間を大勢失ったあの日、ただ強い者に出会い追い詰められただけではないということを、固く口を閉ざした状況からただならぬことがあったと察して静観してきた。

 しかし、ダイアナの怒りと失望は同世代に異常な速さで伝染し浸透、関係性に影を落とす。

 あらゆることでその世代のトップに立つジェスターがいなくなったのだ。均衡を保ってきたジェスターを失い、彼らは権力や派閥争いというものにあっという間に飲み込こまれていった。そしてそれを利用し頭角を現したのがブラインや他の一部の騎士と議員たちだ。


 そういうことを嫌う者は距離を置き、おこぼれに預かろうとするものは仲間のように寄っていく。どちらも嫌だというものは今でもジェスターの復帰を願い反発する。

 ダイアナはそんな中で徹底して周りと距離をとるようになっていた。比較的親しくしていたティナでさえ彼女と腹を割って話すことはなくなった程。それだけダイアナにとってジェスターの引退は衝撃が強く、そして心を支配してきた感情を歪める力となってしまった。

 いつの間にか彼らは単なる派閥争いですませられなくなってしまうくらいに、互いが壁を作って表面上だけの仲間意識で取り繕う。


 そして、最近それが悪化した。

 リオンの登場で。

 アリーシャの登場で。


「頭おかしいわよ?! 目の前で成果が出てるのに討伐に限界があるですって?!」

「忘れたか? 昨日まではお前だって無理な討伐はしないことで魔物の被害が急に減ったって喜んでただろう」

「手を出さないんだから当たり前でしょ?! ジェスターの言ってることは正しいわよ!」

「だったら何におまえはそうやって反発してるんだ?」

「あの女が気にいらないのよ!!」

 ブルーノは大袈裟なくらいに呆れた顔をしてため息をつく。

「小娘がジェスターに気に入られて、口出ししてきて、あげく息子のセリードがでしゃばってここに来てマリオまで丸め込まれて!! あれが聖獣?! 手を出すな?! 彼女しか分からないことがある!? ここにも来ないでマリオ使ってるだけ!! 楽してんじゃないの?!」

「いい加減にしろ!!」

「あんたまで簡単に信じて!!」

「じゃあお前が昨日みたものはなんだ!!」

「魔物よ魔物!! あのフィオラだって頭おかしいのよ! なにが聖女付きの魔導師よ、すっかり信じきって疑いもしないで、それで将来魔導院を治められるっていうの? イカれた魔導師なのよ!!」

「おまえこそいつまでジェスターにしがみついている?!」

「なんですって?」

「あいつは神じゃない、お前を裏切った訳じゃない、ただ自分で自分の事を決めて生きているだけだろう、お前がとやかく言うことじゃない、それなのにいつまでもお前はジェスターに拘って。見ていてうんざりだ。ジェスターの言うことには手放しで賛成、なのにそのジェスターが懇意にしている娘の言うことは頭がおかしいとはね除ける。どちらも同じことなのにお前の感情一つで善と悪に分けられる。本当にうんざりだ、見ていて哀れになってくる。たかが若い女一人に嫉妬しているだけだ。ジェスターに信頼され手放しで支援される女が憎いだけだ」

「なっ、なによ」

「ホントのことだろう? お前の最大の欠点は思い通りにならないと都合よく誰かのせいにすることだ。そして、都合の悪いことから目をそらす。団長として戦っていないときのことは責任を取らなくていいと決めつけて人の気持ちを推し量ることもなく批難し傷つけておきながらそれを無視する。お前のそれでどれだけの人間が振り回されてきたか考えてくれ」

「!!」

「今まではジェスター、そして今度はその息子とリオンを言葉という武器で傷つけている。お前のせいで関係が悪くなったやつは山ほどいる。マリオとジェスターがいい例だ、仲がいいとは言えなかったが互いに信頼しあっていた。大規模遠征では必ずあそこの二隊が最前線を任されるくらいに。他の世代が口だし出来ない最強の騎士団を率いた二人の仲を必要以上に拗らせたのはお前の後先考えないジェスターへの非難と執着という歪な感情が原因だった」


(そうなのよね、ほんとに)

 ティナは目を閉じたまま頷いて頭をかく。

 ジェスターは自分にも出来ないことがあることをちゃんと理解していて、必ずそこはマリオが補うように共に最前線を守っていた。ジェスターはマリオを信頼し、マリオもジェスターを信頼していた。

 それは相乗効果を生み、閉塞的な隣国との長きに渡る領土争いで圧倒的軍事力をもって国境線をわずか数日で本来のティルバが主張する線まで戻し、一時的とはいえ軍事による国家間衝突を沈静化させるものだった。その国境線は今なお破られることなく守られているのも、マリオがその国境線防衛の責任者であり、そしてジェスターが公爵という立場で国や軍では動けない水面下での、細やかな交渉をするという今だ続く二人の実質的活動があるからだ。

 例えまともに目を合わせることすらなくなったとしても、互いにすべきことがあり、信頼し、背を任せている。

 断絶したままなのは、互いに突き放す言葉を口にするのはそうしなければならない環境があり、それが政治にこびりついて長い時間が経ちすぎているせいだ。


「お前が口任せにあることないこと吹き込んで、気がつけばマリオとジェスターは断絶、大した才能もないブラインがつけこんできたんだぞ。あげくお前と来たら最近ジェスターが議員として戻ってきたなら騎士としても戻るかもしれないと勝手な妄想を言葉にして周りを期待させた、だがあいつが周囲にきっぱりそれはないと断言した途端あの娘がなにか余計なことをしているんだろうと言い出した。わかっているのか? 今の現状を。気に入るとか気に入らないとか言ってる場合じゃないんだぞ、国の危機だぞ。少しは反省しろ。それで騎士団団長だと? 聞いて呆れる」


 動揺しつつもブルーノにダイアナか食って掛かるような言い争いが続く中、黙って聞いていたマリオが立ち上がった。

「行くぞ」

 ティナは動かずに目を開き彼を横目で眺める。

「喧嘩、止めないの?」

「止めてどうする、ダイアナが俺の話を聞くと思うか?」

「そうだけど、ね」

「今さら修正なんて無理じゃないか? ジェスターは戻らねえよ、二度と。あいつの息子がジェスターの位置に今後なっていく、いずれ世代交代って言葉に逆らえねえ時が来るんだ、ダイアナがわめいたところで何も変わらねえよ。あの親子がそれぞれの役割を努めて、果たして行くのと一緒だ、俺は俺のやることがあるらしいからな、構ってる暇なんてねえよ」

「そうね」

 ティナも立ち上がる。

「魔物が本当に消えるようにいなくなった、それを、どう受け止めるのかで既に分かれ道に立ってるんだよ。今日のことでブルーノとダイアナ、それにグレイが王宮でどう動くのか、それが今後どうなってくのかは、注意して見ていかねえといけねえけどな。俺が今言えるのは、ダイアナがこのまま間違った道ばっかり選んで誰も助け出せなくなる所まで入っていかなきゃいいなって独り言だけだ」




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