一章 * 始動 3
リオンには、残りの二人《二十三年前の出来事》の生き残りに会うことはとても重要な意味があると確信があった。
「記憶が与えられる、か」
「はい。私の《過去の記憶》は前にも説明しましたが、前世の記憶ではありません」
リオンは《二十三年前の出来事》の生き残りであるジェスターの存在をどうやって知ったのか。
「時期は違うし、私と一緒にいて出会ったから状況は全く違うんですが‥‥それでもビートも魔物化してしまった《聖獣シン》と遭遇して生きている一人です」
そう、十一年前。
リオンがまだ十二歳のとき。時折みる不思議な夢のような現象が《過去の記憶》であると知ったきっかけはビートと二人で寄った廃墟でのこと。事情がありリオンは親元を離れビートたちの養子になりこの生活を八歳から今も続けている。リオンはごく稀にではあるが生家に帰ることがありその時はビートとジェナ、もしくはビート一人がいつも付き添っている。
ある時ジェナの知人が怪我をして子育てもままならないからとしばらく手伝うことになり、ビートとリオンの二人旅になった。その時の帰り道早く帰る理由もなくジェナにもゆっくり旅を楽しんできたらと言われていたこともあって、二人は本来の整備された道ではない、草原や今は使われなくなった旧道を通って少し遠回りしていた。
その時偶然か必然か、見つけたのが《二十三年前の出来事》があった人の気配のない廃墟となった町である。
「あの時、私が一緒にいたからなのか確信は持てませんが、《シン》はただ静かにこちらを見ていました。ホントにただじっとこちらを見ているだけで、ビートも何か感じるものがあったのか騒ぐどころか驚きもしないで、お互いを観察するみたいになって」
「しかも、父上が見たような建物より遥かに大きい体じゃなく、確かに大きかったけれど、民家の屋根に届かないくらいとか言ったか。どうして大きさが違う? いや、それはまず置いておこう。とりあえず‥‥聖獣シンは君にその場で何かしらの影響をあたえてるよね?」
サイラスに確認するように問いかけられてリオンは頷く。
「あのとき初めて《過去の記憶》が普段とは比べられないくらいものすごい量が頭に流れ込んで、意識が飛んで、その内容は私の中では数時間もかかって見せられてるのにハッとして意識が戻るとほんの一瞬。その時がビートに人と同じ言葉で頭の中に語りかけて、私が彼らと《精神を共有する娘》で今まで見てきた不思議な夢のような現象は《過去の出来事》であることを直接教えられています」
「父上のときも、オレたちは気がつかなかったけど、リオンは意識が飛んで、また過去をみせられたんだよね? そして父上に対して《シン》は父上が本当の敵ではなかったから生かした、それでも人の罪は人が償うべきだ、とか‥‥。何かしら意味のある言葉を残してるということは、上皇と魔導院最高議長の時にもその不思議な現象と《シン》の言葉があるのは期待できそうだ」
「私自身そう信じています。《過去の記憶》は《シン》のような聖獣が変化してしまったものに会う、またはそれと遭遇しても生き残れた人に接触することで与えられることはビート以外の人にも会った経験からハッキリしています、夢とは全然比べられないくらいに鮮明なおかげで人物だけじゃなく周りのことが目で見ているようにはっきりしてるので、これからもいろんなことが分かってくるはずです。ただ、今回ジェスター様の時は記憶が少なかったのが気にはなるんですが‥‥それもその時々によるものなのかどうかもそのうち分かるかと」
セリードは急に、ん? と疑問形の声を出す。
「そういえば気になってたんだけど、その記憶がリオンの前世じゃないのなら誰の? かなり長い年月をその時代によって違う人が見てるのはいいとして‥‥いわゆる生まれ変わりっていうのかな、輪廻転生でもしていないと普通は不可能じゃ?」
「私のように彼らと《精神を共有する者》の記憶らしいです。でも生まれ変わるわけではなく、その時代時代で必要とされる条件がそろったとき、その条件を満たす人が選ばれると言うことしかわからないんです。記憶がもっとたくさん与えられるか、聖獣と話せればそのことも分かってくるはずです」
そして彼女は穏やかにほっと息をつく。
「でもよかった、とにかく会えるんですね」
彼女のやさしい表情につられるようにセリードとサイラスも表情を緩めた。
「会えて当然だろうね」
一息つくようにサイラスがグラスを手にしてブドウ果汁を飲んだ。
「父上の痛みが取れたんだ、どんなことをしても治らなかったし、ましてやあのミオも気付かなかった痛みが君に触れられたことで取れたんだから」
「ミオと会っていたことも大きいよ。陛下の昨夜の話ではミオから会うべきですって言われたことも教えてくれた」
「ミオ様が?」
「ああ、ミオには父上を苦しめていた本当の姿があの時見えていたからね。あれだけの魔力をもつ彼女が気付かなかったのは当たり前だし君がミオの結界内に入ってから力が使えなくなったのも、そして父上から痛みが取れた瞬間力が戻ったのも聖獣の影響だったことがわかったんだ。いくら聖女でも聖獣相手となるとほとんど意味をなさないんだからミオが推すのも当然だろう」
「あとでミオ様にお礼言わないと」
嬉しそうに彼女は笑った。
(それにしても、なんでリオンなんだろう)
サイラスはここ数日、よくそう思う。
魔力を持っていてそれが蘇生すら可能な強力なものらしいのに普段は全く使えない。能力持ちとして魔導師登録すら出来ない使えなさ。
聖獣と魔物について知っているようでほとんど知らないのに、ひどく強い繋がりがあるらしい。そしてなぜか守られている様子もある。
一言でいうと、サイラスからみたリオンは
不可思議
である。
どこからどうみても、普通の女の子のはずなのだが、さらにそう思わせるのが弟の反応だ。
(なんでわざわざ隣に座るかな)
女なんて寄ってくる中から選んで面倒になったら、飽きたら別れるを繰り返す。世の中の男達に騎士団団長じゃなかったらボコボコにされていそうな付き合いしかしてこなかった弟が、自分から積極的になついている。
(あのセリードが‥‥やっぱり特別なものを感じ取ってるのかな?)
世の中に興味がなかった弟を動かす存在。
(ほんと、何者? リオンは)
父を苦しめた痛みを取り除き、そんなことがどうして出来るのか自分ですら理解出来ていないという不可解な力。
『聖域の扉』
「え?」
「どうしました?」
「なに? 兄さん」
「え、あ、いや‥‥」
何かが耳元囁いた気がした。しかし二人には聞こえなかったようで、サイラスはそのまま笑ってごまかした。
ただ、空耳にしてはひどく脳裏に残る声をしていたことは気になるようだが、何を言ったのかはうまく聞き取れず、だから空耳と勘違いすることに決め込んだ。
それが後にまかさ堂々とこのアルファロス家を闊歩する存在だと、気づくはずもなく。