三章 * ルブルデン 4
「雰囲気変わったっすね。前ならもっと冷めた感じで余計なこと話さなかった記憶が」
「あ? 誰がだ?」
「マリオさんが」
グレイが感心した顔でわざとらしく冷やかすような軽い声でマリオに言うと、マリオがそれはそれは不服そうに顔を歪める。
「不本意だがな。しょうがねえだろ。ホントに未知の領域に踏み込んだんだよ、俺ら全員だ、もう後戻りも出来ねえ。それが今までのやり方で通用するわけねえだろ」
すると少し考えた様子でグレイが口を開く。
「もう聞いてますよね? 魔物討伐に精通した知識をもつ、アリーシャの話」
「ああ」
「成果、バッチリっすよ」
「らしいな、途中諜報員から聞いてる。失敗もしてねぇんだろ?」
「いけるんじゃないっすか? このまま」
「いけねえよ、行くとしたらあの世だ」
「けど」
「オレの話を聞いてたか? 今日のはかなり大人しい奴だ、しかもフィオラがいたお陰で抑制されていたはずだ、あいつはリオンの話だと稀にいる聖獣に好かれる人間らしいからな。ビスで黒い聖獣の怒りを見てないからそんなことが言えるんだよ……今日のあれは、理性の塊。あいつらの怒りは、人間に耐えられるもんじゃねえんだよ」
ビスでの話を一通りしたあと、リオンについて詳細を語れるフィオラを囲むようにティナとブルーノがテーブルについたまま話し込んでいる。そこにダイアナの姿はない。魔物討伐に出ると部下を連れて森に入っているからだ。
そんな状況でマリオはフィオラに話を丸投げし、喉が渇いたから飲み物を調達してくると言って、騎士団が宿舎代わりに使っている宿から一人のんびりとした歩調で出る。するとすぐにお供しますとグレイがついてきていた。
「それに、あのジェスターを騎士廃業に追い込んだのもあれと同じだぞ」
「え?!」
「つまり、クロード様と……上皇までも手にかけて、ティルバ史上最悪の謎の町消滅は、あれと同じものが原因なんだよ」
グレイの足が止まり、マリオが振り向いて立ち止まる。困惑しているグレイを見つめ、彼はすぐそばの民家の塀に寄りかかって腕を組んだ。
「俺がビスであった奴は一声叫んだだけで立っていられねぇ暴風と、頭を叩き潰されるような衝撃に襲われた。剣を構えるんじゃなく、地面に突き刺して吹っ飛ばされねぇように、体を支えるのに使ったのは初めてだったな」
「そんな……」
「ジェスターの時は、なんとか一振り当てたらしいが、尻尾の一振りで数ヶ月の療養を必要とする瀕死の怪我を負わされたらしい」
「でも、今は魔物の動きを、鈍らせる方法があるんですよ?」
「魔物は、だろ? 大元は魔物じゃねえって言っただろ。あれは聖獣だ。あれは間違いなく聖獣なんだよ。証拠なんていちいち持って歩けるようなものがあるわけねえだろ、次元が違う生き物なんだからよ、人間がそれを簡単に証明出来てたらそれこそ今こんなことになってねえ。魔物に怯える日常が大昔から何一つ改善されてねぇ理由を考えたことはあるか? ……大元が、根底にあるものが、人間に太刀打ちできねぇ聖獣がいるからだ」
動揺を隠せないグレイを、少しだけ哀れみの目で見てマリオが静かに笑う。
「オレもほんの数週間前までは同じ顔してたよ、けどな……いいか、間違うなよ、グレイ」
「……え?」
「誰に従うとか、信じる信じないとかじゃねえぞ。目の前のことから目ぇ反らすなってことだ。ダイアナのようにはなるなよ、いずれあのままではあいつは必ず後悔するぞ。自分で自分の首を締め上げて苦しむことになる。今日見たものが一体何なのか、何が正しいのか自分で見極めていけ。俺はリオンの全てを信じてる訳じゃねえ、ただ、それでもオレの騎士としての今後に重要な事を教えてくれる存在であることは認めた。それと魔物討伐に成果出てるっていう新しい方法の事実もある、それをオレも実践してみたいしな。さて、行くぞ」
「え? あ、はい」
「まぁ、まだ若いんだからいろいろ見てみろ。一つのことに固執しねぇでな」
「……勉強になるっすね、出来の良い先輩の話は」
「おう、若いんだから勉強しろ。あのバカみてえに執着するまではしなくていいけどな」
「バカ?」
「セリードだよ、あのバカ。あれはな、父親譲りのとんでもねぇ馬鹿だ」
「ああ、そういや行ってましたねリオンの護衛で。なんかあったんすか?」
「ありゃアホだ、リオンの犬だ犬。リオンの言うこと全て自分の意思だって断言するようなこといいやがった。手放しでリオンを信じていやがる。目がマジでやべぇんだ」
「へえー、あいつが? 顔はへらへら笑ってるだけでいっつも冷めた目ぇしてたのに?」
「今のあいつはタチが悪い。おまけにリオンとくっついたからな」
「え?!!」
「な、なんだよ?!」
驚きのけ反るマリオの隣、グレイが頭を抱えて悶絶する。
「俺リオン狙ってたのに!!」
「あ?」
「信じらんねぇ!! リオンが!! なんであの野郎とぉ!! あんな鬼畜のどこがいいんだよぉぉぉぉっ」
「ああ……そういうことか、なるほどな」
マリオは遠い目をして再び歩き出した。
「ショック!! 帰ってきたら飯誘って、趣味とか聞き出して、色々、色々、計画してたのにぃぃぃっなんでだぁぁぁっリオーン!!」
「お前もそこそこ面倒くせぇな?!」
「そうか……ジェスターの廃業もあの巨大な魔物が。しかも、別の個体か……それが、今、何体いるのかも不明だと」
ブルーノは静かに目を閉じた。
「ティルバ最強の騎士ですら、何も出来ない存在。我々がどうこう出来るわけではないんだな、本当に」
「分かってくれて嬉しいわ」
「……ああ」
煮え切らないブルーノの返事にティナが首をかしげる。
「なによ?」
「だとしたら、なおさら王宮は荒れる」
「どういうことよ?」
「今日俺たちも知ったことだ、ちょっとな、王都に帰りたくなくなるぞ? 俺はこのままルブルデンにいたい気分だ」
ブルーノが呆れた乾いた笑みを見せて目を閉じて首を回す。
「魔物討伐に詳しい、アリーシャというんだが、その女が、今日付けで騎士団相談役に任命されたそうだ」
「は?」
「……うわぁ、あり得ない」
半分キレ気味のティナの隣、フィオラは一瞬の間の後乾いた笑みを浮かべ、呆れている。
「なんで、そんな大役にいきなり?! いくらなんでもそれはやりすぎでしょ!! 責任とれるような教育受けてるならいいけど、そもそもあれは国の軍事全てに関わることよ、魔物討伐だけの知識で務まる職じゃないわよ」
ブルーノは不快にため息をつく。
「人見知りをするが真面目で優しいと評判だ、責任感も強くて今では王宮内で彼女は時の人となっている。だから適任だとブラインと王子、王女が推薦して議会が認めた。議員の大半が彼女に期待していて、このルブルデンでの成果を知っているからな。そこに上手く漬け込まれた、今や議会はブラインと王子の独壇場だ」
「うそでしょ、なんなの、それ」
「あの」
「なんだ?」
「その時ミオ様と公爵家二家はどうでしたか?」
その問いに、ブルーノが目を開く。
「……どちらの公爵も是非を問う決議で投票を回避した。賛成も反対もしていない、それで議会は少しざわついたらしい。それが何だ?」
「そうですか。では問題ありません」
「どういうことよ?」
「黙認するのだと思います。討伐に成果を出しているから。でも……その審議をする意味はないという意思表示で、ミオ様の言葉を借りるとそれは『関わらない』という暗黙の行動なんだそうです」
「つまり、公爵家は……彼女に、関わらないと?」
「はい」
フィオラは落ち着いた表情だった。
「そのことで、荒れることはないです。そもそもリオンはそんな権力抗争が見え隠れするものに時間を割くわけにはいかないんです。彼女は出来ることを必死に探している時なんですから。そして、公爵家はその彼女を支援する。アリーシャという女性に関わっていく暇は、ないということでしょう。荒れるとしたら、ほかのことでしょうから」
「サラッというわね」
「当然です。今ここにいる人たちに使命があるように、使命をもつ人はたくさんいるんです。そんな人たちは権力抗争をしている暇なんて本当はないんですから関わったりしませんよ、後でどうなるかわからない不安要素があることになんて」