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三章 * ルブルデン 3

 一体、何を見ているのだろう。


 ブルーノ、ダイアナ、そしてグレイがただそう心の中で、己に向けて囁いた。

 剣を向けていはずのマリオもいつしかティナとともにフィオラの側に行って、三人に背を向けて黒い巨大な存在と向き合い会話している。


 理性がなく、全てを食らいつくす。

 忌み嫌われる存在。


 しかし、この目の前に聳えるように存在するものは理性がある。飢えている様子もない。


 では、この存在は一体なんなのだろう。


『お前たちが心を痛める必要はない。所詮瞬きほどの命、自分の事を心配するがいい』

「そうもいかないからな」

 マリオは苦笑してコウエンシェンを見つめる。

「お互いもっと生きやすい世界のほうが楽だろう、共存とはいかなくても、せめて領域を侵さない程度の努力をしないと俺たちはこの世界で生きていけなくなる」

『領域を侵してるのは我々とは言わないか』

「言えねえなぁ、こう真実を見せられるとな。お前たちは別の世界の生き物なんだろ。だが、わざわざここにいる理由はアホな俺たち人間のためじゃないかってリオンが言うわけだ。それを全部信じれる柔らかい頭ではないんだけどな、お前たちを見ていると分からなくもないと、思うようになってきた。それに、このお嬢とお前の距離感とか、雰囲気を見ていると、興味と言うのが疼く。どこまで聖獣と人間が分かりあえるのか。リオン以外の人間がどれだけ聖獣と共に笑いあえるのか。……どうせなら、生まれてくる子供にはあらゆる可能性がある未来を残してやりたいじゃないか。互いに滅ぼすだけの、生産性のない未来よりよっぽど夢があるだろ?」

『……可能性か、なるほどな。短い命故の、願いか』

「そうだな、短い。人間は、お前たちにとってほんの一瞬と思うほどに、短いんだよ。だから足掻く。……出来ることなんて、そうそうありゃしないんだろうけどな。それでも、足掻かなきゃ何にも始まらねぇだろ」


 人間への憎悪が生み出す闇色の聖獣。

 全てを飲み込んでしまいそうなその真っ黒な瞳が、やさしく細められた気がした。


 然程長い時間ではなかった。ブルーノたちがこの状況に適応し、コウエンシェンに剣を向ける可能性があったために、元々マリオがフィオラに話し込んで長い時間を共有することがないように伝えていた。

 特にマリオが気にしていたのは、ダイアナの事だった。彼女の今の立ち位置を考えると味方にはなり得ないという確信があったらしい。軽くその説明を受けていたフィオラはあえてその事情を深く知ろうとはせずに素直に従ったので実質彼女たちとコウエンシェンの語らいは二十分にも満たないものだった。


「またね」

 それでも、フィオラは満足げな顔をしている。

『私に会いに来るか?』

「いい?」

『どこにいるのかわからないくせに』

「あはは! 大丈夫よお! リオンに聞くから! てか、会いに来てよ簡単でしょ」

『ふははは! 知らん!!』

「はあ?! なんなの?! オクトナと一緒? その感じ」

『一緒にしないでくれるか、あんな面倒な気性の持ち主と』

「あ、やっぱりそうなのね。そうよね、セリード様が見初めて面倒みるくらいだもんね、ヤバいよね」

『そういうことだ。まあ、気が向いたなら会いに行く。お前も好きなときに名を呼ぶがいい、気が向いたら会いに行く』

「結局気が向いたらなのね。まぁいいわ期待しないでおくわよ」

 そして、当初からそう決めていたのか迷わずフィオラは琥珀のネックレスを首から外すとそれを渡そうと差し出す。

 けれどコウエンシェンはそれを受け取らなかった。

『お前が持っていろ』

「ん? どうして」

『お前は我々を恐れぬ。いつか、また出会うであろう闇色の聖獣たちの道しるべとして持っていてくれ。聖域に帰れぬ仲間がお前に会いに行くこともあるかもしれん、その時それは人の情に飢えていることだろう。お前のその揺るぎないまっすぐな目で向き合い話を聞いてやってくれ。穢れを消すことが出来なくとも、一時の穏やかな心を手に入れられるだろうから。人を憎み闇色に染まったのではなく、やむを得ず自らそうなったものもいる。人を知ろうとするその心を汲んでやってくれるとありがたい』

「わかった、そうするわ」

「なら、俺のを持っていけ」

 マリオは首から琥珀のネックレスをはずそうとした。

『お前には別の使命があるぞ』

 ピタッとマリオの手がとまり、彼は再びコウエンシェンを見上げた。

「なんだって?」

『あの守護者から貰った。リオンからではなくあの男前からというその意味は大きい。あの男には特別な使命がある、その意味を知っているか?』

「ああ、選定、とか、なんとか。それで俺はあいつから避けられているんだが、なぜかこれを渡された? あいつに信を置かれるほどの関係ではないんだが?」

『その時に言われた意味をよく考えるといい。お前が救う……もしくは、縁を結ぶ聖獣は他にいるということだ』

「え?」

『それがいつになるのかは、わからんがな。すぐそこに来ているのか、ずっと先なのか、それは誰にもわからん。まあ、私ではないことは明確だ、私は自らの意思で闇色になった、懐かしい香りではあるが、その癒しは必要とはしない。お前はそれを必要とする闇色に染まることに苦しむ我らの仲間を救ってやってくれ。あの男から何かを託される、その使命を負えるものはそうそういないことを自覚し、忘れずにな。必ずやお前をお前の道へと導くのだから』

「……肝に命じておく」

 マリオは意を決したようすで琥珀を握りしめた。

『そうするがいい。……そしてフィオラ、お前に免じてほんの一時ここを離れてやろう。魔物もつれて行く。だが、あの愚か者のことを決して忘れるな。あれがいる限り、そしてあれを必要とする人間がいる限り、我々は引くことはないし、魔物は減らない』

「わかったわ」

『では、そろそろ行こうとするか』

「うん、またね。いつか、あなたの本当の姿が見れたらいいと思う。そのために、リオンを守るから、必ず守ってみせるから。だからいつか、もし元に戻る気になったら私に一番に会いに来て」

『気が向いたらな。その時はお前に飼われてもいいぞ、オクトナより飼い主に忠実だからな、役に立つぞ?』

「期待して待ってるわ、一応ね」


 説明してくれる?

 ダイアナのその一言がブルーノとグレイを覚醒させた。我に返って、その目をフィオラに向ける。

 満足げな、けれどどこか寂しそうな複雑な彼女の顔は三人を困惑させる。

「みた?!」

 場違いな高揚感で、ティナはお腹を擦りながらそのお腹に話しかける。

「貴重な体験よぉ? ドキドキしたわねぇ! あんなにデカイなら戦えるわけないわぁ!!」

「おまえ、空気読め……」

 マリオが項垂れ、フィオラは吹き出して笑う。

「あははは! さすがティナさん!!」

「説明してってば!!」

 怒鳴り散らすようなダイアナの声にティナが真顔になり、フィオラは呆気にとられた。

「なによあれは!!」

「話をきいてたろ」

 淡々とした口調だった。

「聖獣だよ」

 マリオは抑揚のない肥で告げる。

「うそよ」

「じゃあそれでいい」

「なによ、それ」

「言っただろう、あいつが。信じる信じないに興味がないって。ああなってしまった聖獣は自分が信じる人間しか興味を持たない、そして、それ以外は食料くらいにしか思わない。どんなに説明しても納得しねぇなら、オレはどうしてやることも出来ねえな」

 マリオが歩き出す。

「今からビスでの話を聞かせてやる。興味があればな」

「結構よ」

「おいおい、ダイアナ」

「あれのどこが聖獣なのよ。証明しなさいよ。

「ちょっとまて、落ち着け」

 ブルーノが諫めた瞬間、ダイアナはフィオラを睨み付ける。

「あんたは説明出来るの? 聖女付きの魔導師でしょ、あの黒い気味悪い物体が聖獣だってどう説明してくれんのよ」

「それは出来ません、もう真っ黒で異形になって本来の姿を私たちが証明出来る手段は」

「ないんでしょ?! それなのにあの小娘信じるっていうの?! 出どころもわからないポッと出のリオンって言う女! あの小娘の発言でどれだけ水面下が荒れたと思ってんの? ジェスターの保護下にあるから皆口にしないけど迷惑なのよ! 確証ないことペラペラ発言するから!!」

「だからその話をする」

「あたしはいらない、勝手に話してなさいよ。あたしは討伐のためにここにきてんのよ、話してる暇なんてないわ」

「いねえよ。魔物は」

 マリオがそっけなくいい放つ。

「最後に言ってたろ、引き連れて一旦引いてくれるって。多分、もういねぇぞ。おまえ、なに聞いてたんだよ? 何してたんだよ? 目の前のものから目ぇそらしてたのか? 騎士団団長なら現実から目ぇそらすんじゃねえ。一晩森のなかさ迷ってろ、バカが」

空気が冷え込むそこにいるのがいたたまれず、フィオラは小さく、誰にも伝わらないように、ため息をついた。


(上の世代って……あたしたちの世代より複雑で面倒な関係だって噂、あながち嘘じゃないわね)



この後ジェスターやマリオたちの過去に少し触れるお話来ます。




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