三章 * 熱帯夜のあとは 3
本日一話更新です。
「お前も知ってるだろうけど、ブラインが以前俺のところに資金提供したいなんて言ってきたことがあってよ」
「ああ……聞いてるよ。でも断ったんだろ?」
「当たり前ですよ、セリード団長」
わざとらしいふざけた言い方でバノンが真顔をしてみせる。
「不正の臭いをプンプンさせてる政治家はお断りです」
セリードはくくっと笑いとばす。
「あっちも直ぐになびかないと分かって手を引いたんだろう?」
そしてバノンはため息をつく。
「なんだよ?」
「その後が大変だったんだって。ブラインと距離を置いてるってわかったとたん他の家が支援するって名乗り出てきたんだぜ?」
セリードは驚いたようで、目をわずかに丸くする。
「そこまでは知らなかったな、父上もそんなことは言ってなかったし。……よほど慎重に接触したか?」
「そりゃそうだ、こそこそとその家の関係者が水面下の交渉をさせてくれって言ってきたんだからな。中にはわざわざ地方から人を雇って商人のフリさせて俺に人を寄越したやつもいるんだぜ? ある意味感心したよ、その行動力にな。まぁ、そこまでする理由はお粗末だけどな。ようは黙ってろってことだ、話がまとまんなきゃご破談ですーってな。断られたら不名誉とでも思ったんだろうし、ブラインにバレるのが嫌っつうのもあったんだろうけど」
「で、断ったってわけか」
「当たり前だろ、そんなこそこそとする家なんて信用できるか。合意したとたんにいきなり親友面してきたり逆に都合悪ければ下らねえ理由付けて直ぐに資金打ちきりするだろうしな。そんな奴らの相手してるほど騎士団長は暇じゃねえよ。……けど、あの公爵は役に立つならいくらでも出すって言うしこのタイミングでだからな。スゲエ男だよ、さすが公爵。しかも……例の女には資金援助してねぇんだろ? お前んところの親父もだけど。何か思うところがあるんだろうなぁ、いちいち聞いたりしねえけど。そのうち嫌でも話は入ってくるだろうしな」
その問に、セリードは微笑を浮かべる。
「その言い方だと、お前はその例の女はとりあえず静観するつもりか?」
「まあな」
バノンは辺りを見渡しながらそっけなく返事を返す。
「そりゃ、魔物討伐が楽になるならすげぇいいけどよ。読んだろ? 討伐方法」
「ああもちろん」
「無理だろ」
きっぱりとバノンは言い切った。しかも、どこか呆れを含んでいる。
「確実に討伐に成功してるのは、俺ら人間よりちょっと大きい個体までらしいじゃねえか。それよりでけえ、ここであった魔物が出没してねぇんだろ? その女の出身地って。しかもよ、もし、報告通りならちょっと楽観視し過ぎじゃねえかと今なら俺ははっきりと突っ込むぞ。……単体と、複数じゃ、まるっきり意味が違うだろ。単体だけの討伐情報なんて、怖くて信用出来ねぇって」
「……ああ」
セリードは少しだけ表情が固くなる。
「しかも、聖獣抜きでの成果だ……あの黒色、『闇色に変化した聖獣』には効果はない。それに、個体の大きさと出現状況から確かに今までなら大型の魔物に含まれる、例の方法と守護隊数名での討伐なら確かに可能なものだろう。もちろん、確実に討伐が可能なら画期的ではあるがな」
「ここで見たような、常識外れのサイズの魔物が画期的討伐方法に……あえて寄っていかねぇだけ、ってことはねえか? リオンの話が全部に当てはまるならさ、大陸全土で例外なく、聖獣に近い存在であればあるほど知力が比例して高くなる。……そいつらなら、聖獣の代わりに周囲の魔物の統制もしてる可能性くらいあるよな?」
セリードの無言が答えだろう。
彼もまた、その危険性を感じていた。
なぜなら、リオンがそのことを危惧しているからだ。《過去の記憶》が未だ断片的ではあるが、その断片を合わせる限り限りなく可能性が高いことだと。
「リオンが言うようにもしデカければデカい程聖獣寄りで知能が高いヤツがあえてそれを見逃してきてたとしたら、ヤバくねえか? ……間違いなく俺ら人間が試されてるだろ、何を? って聞かれると俺も困るけどよ。とにかく、聖獣にとって俺らが不都合な邪魔な存在になるかどうかの判断はされそうだ」
セリードはバノンの憶測に肯定も否定もしない代わりに、小さくため息を漏らす。
「その手の話で父から手紙が来ていた」
「お?」
「読むか?」
「いいのか?」
「ああ。先に戻るマリオ団長にももう見せてある、少々ややこしいことになってるらしくてな知っておいて損はない」
――― 意見は分かれ、議会も魔物討伐の方向性を再検討する話し合いは中断している。ビスにいる三隊、ルブルデンにいる三隊を除く現在王宮に残っている騎士団とそれ同等の発言許可を持つ軍位のある者のうち大半は新体制での討伐に意欲を見せているが、ブルーノ、イワン、そしてサフィという現役騎士団団長の中でも発言力が強い三人が反対姿勢を見せたために議会も混乱している。
彼らとしてはやはり実績があるとしてもそれはごく一部であり、情報がまだ少なすぎること、方法自体も特定の花の匂いが必要なため、常備はもちろん安定して入手できる手段が確立しなければ激増している地帯では継続して討伐が出来ない可能性が極めて高いこと、なにより集団で襲撃してきた場合への対応経験が一度もなく、騎士団を遥かに越えた数の場合、それの体制や方法が全く確立出来ていないことを理由にあげている。
それとやはり反対の大きな理由にリオンの話を聞いてみたい、というのもあるようだ。
そちらの報告を聞きその三隊については非常に興味を示し、そしてさらなる追加情報があれば入手したいと前向きな検討をしてくれているが、ブラインと王子王女のアリーシャへの肩入れが良くも悪くも他の隊では影響しており、そちらが戻り次第討伐についての話し合いは更に紛糾する可能性がある ―――
馬から降り、日差しを避けるために木陰に向かいバノンは寄りかかる。
セリードが持ってきていた手紙をバノンが黙って読む間、すぐ近くの屋台で冷たいお茶を買ってきたセリードは一本を彼に渡すとその側で喉を潤しながら辺りを眺めるだけだ。
「なぁ」
「うん?」
「面倒くせぇことになってんな?」
苦々しい顔をしたバノンの隣でセリードは涼しい顔。
「さっきお前が言ってたように、大型の魔物についての討伐をかなり疑問視しているうえに集団での襲撃を想定している。こちらの報告を無視せず、今後を考えた騎士団の共通点は」
「……この前の、魔物討伐失敗の件をよく知ってる隊だな」
「そういうこと」
「大騒ぎになってすぐ駆けつけたのに……その時既にダイン隊がほぼ壊滅していたんだ、それを目の当たりにしている。反対に、その現場に居合わせなかった奴等は未だに職務怠慢があったんじゃないかと責めて相手を蹴落とそうともする」
「意見が真っ二つにもなるわな」
「ああ」
セリードはわずかにうつ向いた。
「リオンが全て正しいとはオレも言うつもりはない、彼女自身手探りでようやく進み始めたばかりだし。だからこそ魔物を確実に仕留めることが出来るという方法も全て正しいとは思えない、それなのに権力のために誇張して騎士団を翻弄するバカがいるから困るんだ」
「全くだ」
バノンは面倒くせぇ、とまた小さくぼやく。
「これじゃ思ったように魔物討伐の体制が整わねぇな。ネグルマどうすんだ? あそこも結構ヤバいんじゃねぇの? 報告書にあったろ、黒い巨大な存在が確認されているって」
「父の友人の伯爵領近くだ、父からの助言でだいぶ落ち着いてはいるらしい。ただ、問題が無いわけではない」
「なんだよ?」
「盗賊が周辺で目撃された」
バノンは顔をしかめ、頭をかきむしる。
「おいおい、まさか、あのハルクって言うんじゃねえだろうな? お前ら遭遇したうえに、リオンにも会ってるんだよな? ……聖獣とリオンが何らかの関係があることも、見られてるんだよな? もし奴等なら、ロクなことにならねぇよ」
セリードは、小さく『全くだ』と呟いた。