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三章 * 熱帯夜のあとは 1

大変おまたせしました。


本日から4日間連日一話更新となります。

「リオン」

「はい」

「これ悪いけどティナさんに渡してくれる?」

「わかりました」

 いつも通りの優しい穏やかな顔も、関係性が変われば少し違って見える。

 自分にだけ向けられる優しい瞳と、沢山の人に、向けられる優しい瞳が違うことをリオンは直ぐに気がついた。

 リオンがこの男の視線の先には私がいる、と気づいたのは関係が変わって初めて気づいたことのひとつだろう。

 セリードの視線に羞恥心が沸き上がりつつも、それでもその中に心地よさと安心感を得られる関係に、リオンは密かに穏やかに幸福を感じている。


「あのセリード団長とお付き合いとか羨ましいわぁ」

 女魔導師がほうっとうっとりとした息を吐き、リオンは苦笑い。

 心の一線を越えたセリードは優しさや信頼度が今まで以上に高まったけれど、それ以上にリオンが思っていたよりもかなりストレートに自分の思いや欲求を伝えてくることも判明した。

 二人きりになると直ぐに手を握られ、頬を撫でられたり髪を撫でられたり。接触への抵抗が全くない男は無遠慮にも思える勢いでリオンに触れてくる。


 オレに触られるの嫌? まだ慣れない?


 甘ったるい優しい笑顔で顔を覗き込まれたら『はい、慣れません』とは言えず首を横に振って答えたら、急に男の顔を見せてそのまま肩を両手で包まれて、ついばむような初めてのキスを経験させられて、リオンはもはやされるがまま。逃げようもなく恥ずかしさのあまりうつむくとそれを許さないと言わんばかりに何度も何度も唇が重なって、恥ずかしさで耐えきれずなんでそんなにするのかと聞いたら彼は


 触りたいから。だってリオンはオレのだろう?


 さらりと言い返してきて結局またキスの嵐にみまわれた。指をからめとられ体温を感じながら、どうしようもない恥ずかしさと緊張を抱えるリオンを時々笑いながら、セリード主導の甘ったるい時間はセリードの気の向くまま気の済むまで続いた。いや、続いているのだ。暇さえあれば、人目さえなければ、されるがままのリオンがいる。

「あれで、扱いは結構大変なのよ」

「なんで?」

「私のこと頑固っていうけど、セリード様も相当頑固でね。一度そうと決めたら絶対譲らない……」

「あー、女だけで海岸にある民宿での休暇、ボツにしたのもセリード様だもんね」

 リオンはしみじみ頷く。

「今さらそんなことしなくても仲よくなったじゃないですかって、ニコニコしてきっぱり言い切ってたもんね」

「それにマリオ団長がティナさんが何しでかすかわからないからってあっちもかなりピリピリしてたわね。そんなマリオ団長置いていかれても困るって躊躇い一つなく言ってたわ」

「だねぇ。それでなくても男だけでむさ苦しいのになんでピリピリしてるマリオ団長と一緒にいなきゃならないんだって、笑顔で言うから流石にびっくりしたよ」

「しかもそんなマリオ団長だとバノン団長と衝突しかねない、ってわざとらしくボソボソ言ってたよね? それ聞いてジル団長がひきつり笑顔になってた」

「嫌だわぁ、あの空気ガン無視するセリード団長。なんで笑顔でいられるのか理解に苦しむよね、こっちは」

 ジルの隊の女騎士と女魔導師、そしてフィオラはたちはしみじみ頷く。

「セリード様……」

 その光景が想像出来てしまい、リオンは項垂れる。


 オレ、そういうの本当に面倒で嫌いなんだよね。今回間違いなく仲裁はオレとジルだろう?そんなことで無駄な体力使いたくないし怪我もしたくない。それにむさ苦しいところに居たくないからオレも絶対リオンのいるところに付いていくけどね。


「って。サラッと笑って言ったあげくティナさんに胸ぐら掴まれてるのにニコニコしながら絶対反対ですねって。怖いもの知らずにも程がある、本当に。おまけにお金で解決したわよね、どうなのよ、それって」

「「「それはいいわよ。全然」」」

 皆は嬉々としてフィオラの疑問符が浮かぶ顔を見ながら突然盛り上がる。

「アルファロス家の所有する温泉スパを一回好きなときに無料で使って良いように手配するって言われたらねぇ!」

「しかも王都に一番近くて一番高級なスパでも良いって!!」

「あたしバーナンにあるスパ行きたい! あそこの宿が最高のお酒を取り揃えてるティルバで一番の酒宿なんでしょ?!」

「あー! そこもいいわぁ! あと最近開店したばっかりのスパもあるわよ、あそこも気になる!」

 女達が話に花を咲かせるのをリオンは苦笑い。

 そして恥ずかしさを隠す。


 今度落ち着いたら二人で行こうか。

 周りに誰もいない、気を使わなくていいところでゆっくりしよう。


 そんなことを平然と言われたら、恋愛に免疫のないリオンは心臓がずっと速く動きっぱなしで困っているのだ。寿命が縮まりそうである。

 しばらくは彼の感覚に慣れるまで時間がかかりそうだと嬉し恥ずかしの悩みごとが増えた。


「それにしても、なんだかんだ言いつつもうすぐビスともお別れだねー」

「ほんと、こういう最重要最優先任務が復興の遠征って今まで経験ないから貴重だった」

「魔物と衝突殆どしないのもね」

 皆の穏やかな顔が、リオンの心をほっこりさせてくれる。

 色んな意味で有意義な遠征になったとリオンも感じている。

 このビスはこの数週間で劇的に変化した。

 市民の意識が大きく変わったことは大きいだろう。ここへきて数日たつ頃クリオロス公爵直筆の手紙がこのビスで古くからある大きな旧家に届いた。そこには騎士団の言うことに従うこと、復興に専念し魔物についての知識を深めることを願う内容が書かれており、その旧家中心の意識改革が進められたからだ。

 市長の対応の遅さや間違いに元々不満を持っていた市民少は少なくなかった。公爵領ではなくなったビスではあるが今でも根強い公爵領への再編成を望む市民が騎士団の動向と公爵の思いに一気に乗った形が効果として現れた。

「市民も意識が一気に変わったし、今後魔物との距離感を覚えたら被害が減るどころか、魔物そのものが減るかもね。そしたらもっと住みやすい大きな市になるよね」

「ビスは……立ち直れる、よかった」

 女騎士たちのその言葉に、リオンは優しい気持ちで頷けた。


 始まりはネグルマへ行きたい、そんな願望からだった。

 彼はそれに付き合ってくれると言って、本当にそうしてくれた。

 水面下であらゆる調整をしてくれたことはこうしてビスに来てみてよくわかった。

(感謝しないと……)

 恋愛感情を抜きにして尊敬できる男が隣にいてくれる安心感に、心からリオンは感謝している。彼がいなかったらこうしてたくさんの事を知ること、経験することは出来なかったかもしれないし、周囲の生の不満や不安、そして意見を聞けなかったかもしれない。反対する人の声、不信を抱く声も、いつでもどこでも、歩き始めたばかりのリオンにはそれらですら貴重な糧になる。これからの指針になることがたくさんリオンは手に入れられた。

 これからもリオンには困難が待っていることは本人が一番わかっている。けれどそれでも何となく、乗り越えられる気がするのはセリードの存在が側にあるからだろう。

(頑張らないと。もっと、なにか出来ることを、私なりに誰かのためになることを)

 

進む道は険しい。

何度も振り向くし、立ち止まるし、転ぶこともあるだろう。

それでもリオンは進むと決めている。聖獣と魔物がいるこの世界で生きていくに必要な知識を得るために、いつかそれらと折り合いをつけて共存できる世界の足掛かりをみつけるために。

その困難な道に共に立って並んで歩いてくれる男がいる。


自分が背負っている見えない何かが、それだけで少しだけ軽くなるような気分だった。






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