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三章 * 熱帯夜 4

 ムスーッとした顔のまま、硬直が暫く続いたが、リオンはグラスを両手でテーブルに置くと口を開く。


 何故か腹が立った。

 この余裕綽々な男を見ていて。

 こっちはこれだけ心を乱されているのに、どうして笑えるのか? と。


「リオン派閥、作りましょう」

「え? なに? この流れでなんでそうなる?」

「独身男子禁制ということで」

「ん? オレはダメだよね? そうすると」

「ダメですね」

「なんで急にそうなる?」

「私はそういう会話なれてません、無理、無理なんですよ」

「ああ、そういうこと……なるほど。夕べの反応、悪くないと思ったから」

 セリードの、少し意地悪な笑み。

 これがリオンの琴線に触れたらしい。

 君がどう反応するか見てみたかった、と言うつもりだったセリードの目の前、リオンは勢いよく立ち上がる。

「次その話したら!!」

 凄まじい怒りで青筋が立ったとかなんとか。

「殴りますから!!」

 びっくりしてセリードが固まってしまう。

 周りの客たちは痴話喧嘩だとニヤニヤするヤツもいれば、セリードのように固まってしまっているヤツもいる。

「ご」

 セリードは顔をひきつらせ慌てて立ち上がる。

「ごめん、悪かった」

「いいですか!!」

 リオンはビシッと人差し指でセリードを真っ直ぐ指差し、凄まじい顔のまま睨む。

「私はねぇ、自分のことで一杯一杯なんですよ!! あなたの余裕なその態度無性に腹立ってきました!! 振り回さないで!! ばか!! 人の心を試して笑うなんて最低!!」

 勢いよく背を向けて、リオンは店を飛び出してしまった。

「あんちゃん、振られたんかい?」

 同情たっぷりの見知らぬ男の声にセリードがハッして、そして脱力して項垂れた。後悔先に立たず。









「で? リオンは?」

「大丈夫だ、部屋に戻ってる。フィオラが何があったのか心配してたがな」

 セリードがテーブルに突っ伏している。

 バノンの泊まっている部屋にジルがこれからの計画について少し話がしたいと酒を持って訪れていた。しばらくすると、セリードが珍しくノックも忘れ勢いよく入ってきたので二人は驚いたが、リオンが一人で帰ってしまった、宿の店主の家には戻って来ていないと言われたと、かなり焦って捲し立てるように言ったのだ。リオンを一人にすることはあってはならないとセリード自身が危機感を持っていたにも関わらずそういうことになるのはいったい何事かと二人は一気に緊迫した雰囲気になったが、それを察してバツが悪そうにセリードがそうなった経緯をほんの少しだけ話すことになっていた。


「こういうことは次は無しだぞ、セリード」

 諭すような、落ち着いたジルの声にようやく体を起こしたが、髪を雑にかきあげて天を仰ぎ目を閉じると今度はうなだれた。

「分かってる……すまなかった」

 覇気のない静かな声に、バノンが呆れたため息をついた。

「大体、怒らせるような発言ってなんだよ? お前がリオンを怒らせるってちょっと想像つかねぇわ」

 セリードは目を閉じたまま、首を横に振り答えないと意思表示する。

「そもそも、お前たちはどういう関係になっているんだ?」

 ジルのその言葉にパッとバノンが寝そべっていたベッドから体を起こす。

「なんだよ、それ」

「昨日の夜どこへ行っていた? お前とリオンが店主の家の裏口から出ていくのを見たヤツがいてな、どういう関係なのか聞かれたんだよ。町の中で見かけなかったからまさかどこか宿にでも入ったんじゃないかって、そんな話にもなっている」

「マジか、おいセリード」

「海を見たことがないって言うから連れてっただけだ」

「下心なしか?」


 冷静なジルの声。

「ただそれだけの理由で女と二人きりになる男ではなかった記憶があるが? そしてリオンはお前が今までに付き合ってきた女とタイプが違うのも気のせいか?」

「迷惑をかけて申し訳ないと思ってるが、話す気はない。リオンとの約束だ。怒らせた理由は言えない。……ただ、今の質問に答えるとすると」

 セリードは目を開いた。

「オレは」

 首を元に戻してセリードは立ち上がる。

「確かにそういう男だったよ。後腐れのない女とその時楽しめればそれでよかったし、将来を語るような女は煩わしいだけだった。今はそういう男だったことで俺に打算だらけの妻や婚約者がいないことに心底ホッとしてる。」

「それはつまり?」

「……想像に任せるよ。見てれば分かるんだろうけど」

 セリードは扉に向かい歩き出した。

「どこいくんだよ?」

「どうせこれから噂になるなら、正々堂々正面から行くことにする。それで虫除けにもなるだろうし。駆け引きなんて面倒なことも考えなくてすむ。好い人面も、いい加減飽きた。誰かに奪われる前に手に入れる」

「おい、待てよ、おーいセリード」

「迷惑をかけた、次同じようなことがあればオレを罰してくれて構わない。騎士団長としても男としても、欠陥があるってことだろうから甘んじて罰を受け入れる」

 バノンがポカンとし、ジルは呆れた顔をして頭をかいた。

「なぁ」

「なんだ?」

「俺ちょっとあいつのこと見直したわ。いっつも変化ねぇ色男スマイルでなに考えてんのかわかんねえヤツだと思ってたけど、なんだよ、男臭い顔も出来んじゃん」











 いつも心のどこかでくすぶっていたもの。

 父や兄、恋人や妻をもつ男たちに何度言われただろう。

「お前はどうして長続きしないんだろう?」

 その度にセリードは笑ってごまかした。

「飽きっぽい性格なんじゃない?」

 自分の騎士団長としての責任やアルファロス家の一族としての立場の邪魔になりそうになると、別れを選んできた。

 特別な存在、婚約者、妻、そんな言葉で女を自分の隣に立たせることが嫌なだけだった。いつ死ぬか分からないのに、傷ついて苦しむことがあるかもしれないのに、家に帰ってそこにいるのが感情を伴わない女なんて辛すぎる、なにより帰るということが無意味になり、きっと帰ることすら出来なくるだろう。

 自分は兄や父のようになる必要はない、一人でも構わない、そんな思いで自分を守ってきたセリードの前にリオンは現れた。











「ごめんなさい……」

 会いに行こう、今思ってることを伝えよう。

 許されるなら、隣に。

 セリードはそう思って宿を出ると、店主の家に繋がる裏道に入った。正面から暗闇のなかリオンが現れで驚いたけれど、彼女は立ち止まってボロボロと涙を流して俯いて体を震わせて、情けないくらい震える声でそう呟いていた。

「リオン?」

「ごめんなさっ……あんな風に言って」

「え?」

「ごめんなさい」

「……ははっ、なんで、そこでリオンが謝るんだ? オレが悪かったのに、どうして」


 ―――これはもう本当に、執着だ。―――


 セリードの中では目の前で、泣くその姿すら愛しくて愛しくて、その涙が自分に向けられてることが嬉しくてたまらなくて、少し歪なそんな思いが自分を埋め尽くしていることに驚きつつも、それでもそれを否定できない理由はただ一つ相手を思う故の『執着』なのだと悟って、自分はなんて面倒で厄介な男だろうと今さら自覚して、呆れてしまって、笑いが込み上げた。

「……え?」

 リオンが顔を上げた。

「ごめん、おもしろくて笑ったんじゃないよ、改めて思い知らされて、納得して」

 セリードは笑ってしまったことに申し訳ないという表情をしながら、けれど嬉しそうに笑ってってもいる。その顔がとても複雑で、リオンは訳が分からず真っ直ぐ見上げた。

「オレ、やっぱり、君が好きだ。どうしようもないくらい好きでたまらない」


 言葉にして伝えた瞬間、ストンと心の中の何かが落ちて落ち着く感覚を知る。

 落ちたものはきっと葛藤や嫉妬、迷いなどいろいろなものが複雑に絡み合ったセリードが処理しきれなかった感情の塊だ。

 けれど今それが綺麗に落ちた。

 落ちて、ぽっかりと空いたそこに雪崩れ込んで来たのは


 もう迷いも躊躇(ためら)いもない、思い。


 リオンを守るのはオレだ。

 他の誰でもなく、リオンの全てを、オレの全てをかけて守る。

 誰にも譲らない、譲れない。


「ああ、本当に、リオンが好きだ」


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