三章 * その本質はどこにあるのか 3
―――止めるぞ―――
マリオの言葉が、やけに響いた気がして、セリードは複雑な表現し難い微妙な笑顔を返す。それをみて笑顔を抑え、訝しげな表情をしたマリオは苦笑を返す。
「お前の血筋は、危険だ。あいつに背中を預け、あいつの背中を預かったからな。分かるんだよ、性格とか環境なんて無視だ、太古の血筋とか言ったな、確か。血に刻まれた生まれながらの感性があるんだろ? その片鱗は長く付き合いがあれば嫌でも感じるさ。間違いなく信じる者以外は……みんな同じに見えてる。お前もそうだろう? 正義なんて人それぞれだけどな、お前の血筋はそれで済ませちゃ駄目なんだよ」
「……それは、どう返答すべきか困ります。自分ではあまりその事で困ったことはないので」
「それが問題なんだよ。いいか? お前のそのこびりついた厄介なものは必ずリオンを傷つける。お前の父親より厄介なおまえは、間違いなくリオンを苦しめる」
「必ず、ですか」
「ああ。だからな、覚えておけ。どんなに愛情だとお前が言っても、それがリオンにとって愛情に捉えられるものかは疑問だ。足枷になることも、お前は忘れるな」
「オレが、リオンの足枷?」
酷く驚いた顔をしたセリードに、ついマリオは笑ってしまった。
「まあ、よく考えて行動しろってことだ。価値観を押し付けるなよ、騎士団団長なんて皆、手は血まみれだ。常識なんてものは意識して抱えこんでおかなきゃ直ぐに無くす。……リオンの尻を追いかけるのは勝手だが、引っ張って転ばせるようなことはするなよ」
「オレはそんなことはしません」
「どうだかな。せいぜい、いい男を演じ続けるんだな、お前は演じてるくらいがちょうどいい。本気なんてもので世の中を渡り歩くなよ、そこら中死体が転がり兼ねない」
「マリオ団長、オレは」
「『そんなことはしない』『そんな男じゃない』って言葉は言うなよ。自覚しろいい加減。お前は厄介な男だ。危険極まりない、そんな男だよ」
「そう、そんなことが」
「全くあのガキ、訳がわからん。」
ムシャクシャしたようすを隠すことなくマリオは頭をかきむしり、ティナが大笑い。
「面白ーい!!」
「面白いか?!」
「あははは! 困った男だわ! アホね!!」
「それは同感だ」
そしてティナはマリオの首にかけられた琥珀のネックレスを指で摘まむ。
「不思議な魔力」
「あ?」
「魔力を、感じる。それにほんとね、花の香りがするわ」
「高山菖蒲だそうだ」
「ああ、そうね、たしかに。この香りが聖獣との接点をくれるなんて信じられないわ」
「オレもだ」
「あははは」
「だからなにがそんなに面白い?!」
「だってすっごい大変なことに巻き込まれてるじゃなーい。セリードと関わりたくないっていってたくせに思いっきり足掴まれて引きずり込まれてるわよぉ?」
「……言うな、頭いてぇ。だから嫌だったんだよ、あの家系と関わるのは」
項垂れるマリオ。
「これもなにかの縁よ、ジェスターともう一度組めばいいのよいろんな意味で」
「簡単にはいかねえよ」
「ブラインが関係してるから? それに王子も。もういいんじゃない? あんたは元々あの人たち信用してないし、お金さえ出してもらえればよかったんだから」
「まぁな。王宮がざわつきはじめた、その事でブラインも王子もこっちのことなんて構ってる暇はなさそうだしな。潮時か、いいタイミングっちゃあいいタイミングだ。……ただ、実際どうなのか王宮に戻ってみねぇことには何とも言えねえ、例の女が本当に役に立つなら無理に突っぱねる理由もねえし騎士団としては魔物の討伐で団員への被害を軽減することは長年の課題だった、リオンの言うように理性のない魔物については討伐以外の解決策はねえんだ、本当に成果がでるまでは、静観するつもりだ」
「そういう冷静な判断するあんたはカッコいいわよう?」
「うるせえな。顔が笑ってんだよ」
ムッとするマリオだか、それでもその顔のまま腕を組んで首をかしげてため息をつく。
「しかし、どうすりゃいいんだ?」
「なに?」
「このネックレスだよ。聖獣に会ったら渡してやってくれって言われてもな? 軽々しく言いやがって、だからあいつは厄介なんだよ」
「……それも縁だし、運命だったりして?」
「は?」
「この遠征が終わったら騎士団ごと少し休暇をとって次の遠征に備えるって言ってたでしょ、王都は雪の季節で遠征も限られるから落ち着くだろうって」
「ああ、ブラインにもその話はしたからな、好きにしろと言われてるしそのつもりだ」
「私も妊娠して、騎士団を一時抜けるわ。王都でしばらくのんびりよ」
「んなこと当然だ」
「聖獣探してみる?」
恐ろしく呆れた顔をするマリオに対して、ティナは至って真面目に、笑顔で一蹴する。
「はっ!? バカか?! お前なにいってんだ?! その体でどこにいくつもりだよ?! ここから王都に帰ること考えただけでもオレはかなり不安なんだぞ?!」
「そんなことわかってるわよ、だから近くを探すのよ」
「いるわけねえだろ!」
「分かんないわよ、だって魔物が出没してるじゃない」
「おい、まさか……王都近くの、あの目撃情報か?」
「ええ、リオンの話から考えても可能性はあるんじゃない? こっちがわからないだけで、いるんじゃないの? 魔物引き連れた聖獣が」
「凄いこと、言いますね」
リオンがさすがにビックリしている。
妊婦が聖獣を探したいと言い出したのだ、しかも魔物化した可能性がある聖獣を。
セリードは感心というか、妙に尊敬めいた目でティナをみている。そしてマリオはもはや止めようがないと言いたげに諦めの顔である。
「で、実際どうなのかしら」
「あ、はい。いますよ近くに結構前からいたみたいです」
サラッと答えられて驚いたのは男二人。
「あ?! まじか?! いんのかよ?!」
「ちょっと待って、オレ聞いてない」
リオンは特にその反応には驚きもせず、フツー過ぎる顔をしている。
「特に聞かれなかったので。いるのかどうか聞いてくれれば言いますけど、わざわざ言いませんよ」
「い、言えよな?! 魔物化した聖獣だったらどうすんだよ?!」
マリオの切実な訴えだったが。
彼女の発言に言葉を失ってしまう。
「私の話を聞いてくれる人がほとんどいないのに、何をどう言えばいいんですか? 聖獣がいると言って信じましたか? 聖獣と聞いてなにもせずいてくれますか? 少なくともここ最近までは信じてくれる人なんてほとんどいなかったんですよ。……魔物化した聖獣を止める術を知らない中でどうやって正しく話が伝わるのかわからないのに、無責任に私は聖獣の話なんてしません。私は人の為に何かをする前に聖獣と魔物のため出来ることをしなきゃいけなくて、なのにほとんどがまだ手探りなんです。たとえ誰であっても、私は聖獣自身が心を許した相手以外に私が知ることを不必要に話しません、それが彼らを守る一番の方法だからです」
この女の考えることを本当に理解してやれる人間なんているんだろうか?
リオンに対してそんなことを思ってしまった。
そしてもう一つ頭をよぎった。
その目で見えている世界は自分達と同じなのだろうか?
(セリード、お前とんでもない女に惚れたぞ?)
マリオが憐れみの目を向けた瞬間。
「あははは!」
「なんですか?!」
「いや、ごめんごめん、リオンはそうだなぁと思って」
「どういう意味ですか!?」
「自分のことはもちろん他人のことも無頓着な時があるけどそうだよな? 聖獣と魔物のことで頭が一杯だもんな」
「うわ、なんか、さりげなくダメ人間だと指摘された気がするんですけど」
「え? だってそうだろ? ダメ人間ではないけど、人とは違う」
「……否定出来ないから困る……」
「オレ、一生リオンのこと理解してやれないなぁ、見てる世界が違いすぎて」
「一緒でも困りますよ、私みたいなのが沢山いたら大変ですよ間違いなく。皆が悩んでのたうち回るハメになりますからね」
「だろうね、それは世の中的にも面倒だ」
なぜそこで笑える?
なぜ納得できる?
「お前、相当頭おかしいぞ」
つい、マリオは口に出してしまった。それを言われたセリードは真顔で目をパチパチさせて、ティナは吹き出し笑い。リオンは真顔で凄い勢いで頷いてマリオに賛同。
「ちょ……相当頭おかしいって、ひどいですね、なんですか」
「あはははは!」
「おかしいだろ、なんで普通に笑って会話してんだよ? お前こそ一生理解してやれねぇ」
「ですよね? ですよね? なんか普通に会話出来ちゃうんですよセリード様」
「え、リオンがそれ言うの」
「あははは! ウケる!」
(気づいてる?)
ティナはマリオに視線を向けると堪らなく笑いたくなる。
もうすでにしっかりと片足をこの若い二人の世界に突っ込んでいて、その足を掴まれてもう片方の足を入れてこいと強引に引っ張られていることに、この夫は何故か気づいていない。
(うん、気づいてない。そのまま引きずられてしまえ)
ティナは思う。
ゆっくりと静に動き出した世の中の流れがどこに向かっているのか、それを見極めるには、この若い二人が必ず必要だろうと。
その二人に、巻き込まれて力を貸してやって欲しいと思うようになっていた。
そうすることが、あらゆることを正しく見極め、マリオをマリオの望む正しい道へ導いてくれる気がするから。
「父親も頭のおかしなやつだが、お前はその血をしっかり引いている、間違いなくあいつの息子だな」
「その言われよう、全く嬉しくありません」
「ジェスター様もおかしな人なんですか?」
「大いにおかしなやつだ」
「ははぁ、なるほど」
「そこ、納得しない。父と一緒にされたくない」
「え、でもそっくりですよ? 色々」
「そう、色々そっくりだな」
「だから、嬉しくないんですよ、それ……」
次の幕で、ようやくリオンとセリードのお話が進みそうです。
ここまで長かったなぁ、としみじみ。