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三章 * その本質はどこにあるのか 1

 復興は大変だ。

 土地の整備から始まるのだ。町として再び甦るまでにはたとえ一区画だとしても、時間はかかるだろう。

 それでも人間は強い。前向きになれれば力が沸いてくる。その力が復興を加速させることができるのだから。

 ビスに来て二週間、日々魔物の目撃は絶えずある。それでも決して手を出さない、騒ぎ立てない、速やかに静かに避難する、この事を市民たちが徹底して守ってくれるようになってからは怪我人の一人も出ていない。

 あと少し立てば騎士団は撤退し、ビスは再び自らの守護隊や市民たちが町の治安を守ることになるため、少しずつ騎士団は熱帯雨林との境界線の警護から離れ、守護隊が中心となって活動しはじめた。

 騎士団はもっぱら復興へ尽力、そして市民たちへの魔物への対処の仕方についての説明会、万が一の時のための避難所や避難経路、市民の役割分担などへのアドバイス、そして守護隊の剣術や武術の指南、そういったことへと移行していった。


「団長」

「なんだ?」

「リオンって何者ですかね?」

 それは今まで口にしてこなかった疑問だった。

 マリオはその問いかけに日報を記入していた手を止めて、団員に目をむける。

「急になんだよ」

「いや、多分皆思ってますよ。団長は思ったことないんですか?」

「……あるさ、もちろん」

 万年筆を机に置くと、マリオは椅子に背もたれて、腕を組む。

「実は今朝なんですが、妙な犬を見たんです……たぶん、犬です」

 煮え切らない中途半端なその発言に、マリオは訝しげに首をかしげる。

「妙な、犬?」

「はい、夜明け前です。警備交代から戻ってくるときに見回りついでに荒らされていない地区の果樹園そばを通ったんですが、そこにいたんですよ。最初、魔物かと思いましたよ、どうみても普通じゃなかったので」

「なに?」

「でも、そこにリオンがいたんです」

 マリオが興味深い目をしてまっすぐ団員を見つめる。

「……それで?」

「人がいる、まずいって思って身を潜めたら、笑い声が聞こえて。木にちょうど隠れるところにいたのではっきりとは確認してませんが、セリードもいましたよ。声で分かりました。彼も笑ってたんですよ。しかも、よく見たら魔物じゃない、かなり大きな真っ黒の犬らしいもので、どうやらそいつ、人の言葉を話すんです。饒舌なんてものじゃありませんよ、人間と変わらない、声だけじゃ違和感一つなく人間としか思えないそんな話し方です」

 僅かに思案したマリオは、一言はっきりとその言葉を口にした。

「……聖獣か」


「だと、思います。暗くてよくわからないんですが、とにかく黒いかなり大きな犬のようなもので、見たことのない生き物でした。……悪いとは思いましたが立ち聞きしてしまったんですよ。そしたら、『他の聖獣もお前に会えるのを楽しみにしてる』って」

「……リオンのことか?」

「はい。間違いなくリオンに向かってそう言っていて、彼女もそれに答えて私も会いたい、とかそんな話を」

「聖獣が、リオンに会いたがっている? 聖獣は遭遇自体が難しいのに、あちらがリオンにだと?」

「間違いありません、そういう会話をしてましたよ。しかもセリードはかなり詳しくリオンについて知っているらしく、当然のように話に交じっていて。驚いたことにセリードはその犬らしいものとかなり親しいような口調で話もしていて。笑ったりしなければ声が大きくならないので詳しくは聞けなかったんですが、とにかくあの妙な犬との繋がりといい、あのセリードが四六時中側にいることを苦にしないことといい、一体リオンは」


 その時だった。ものすごい勢いの、扉のノックの音に二人はびっくりして、口を真一文字に結ぶ。

「入るわよ」

 ティナが勢いよく入って来たのでマリオが心配そうに勢いよく立ち上がりかけよる。

「どうした、おい。そんなに慌てて」

「凄いのが来たのよ。ちょっと、見に来て」


 そこにはすでに騎士団で警備に当たっていない団員たちが集まって囲んでいた。

 ジルとバノンはあっけに取られた様子で立ち尽くしている。

 ある種異様な雰囲気が流れるその場を、団員達を掻き分けて彼らの前にたどり着いたマリオが立ち尽くした。

「……なん、だ。あれは」

 そしてティナがマリオの腕を引っ張る。

「セリードが連れてきたの、これから一緒に行動することが多くなるからみんなに紹介するって」


 セリードの腰の高さを越える、大型の犬や狼より遥かに大きな肢体。

 真っ黒の体毛は太陽を浴びて美しく輝く。まるで艶やかに磨かれたオニキスのような漆黒の照り。

 見たことのない、どの種類にも属さない面長の顔立ちと細く鋭さを感じるピンっとたった耳、従順な犬とは程遠い賢そうでいてプライドの高そうな目付きを金色の瞳が際立たせる。

 そして長くてしなやかな尻尾の先。そこにはこの世界に存在する動物ではあり得ない、揺れに合わせて動く虹色の光の環がある。

「セリード、なんだ、それは」

 震えそうになる声をなんとか抑え、マリオが問いかける。

「オクトナです」

 彼はだた、そう一言。感情が読み取れない目をした笑顔で。

「オクトナ?」

「ええ」

「犬? なんだ?」

「犬で構いませんよ。他の説明がしようがないんです」

「ちゃんと説明しろ」

 そして。


『なんでもいいだろう? この世にはわからぬことが溢れているのだから、ひとつくらい答えなどなくともそう問題ではない』

 その生き物はまるで人間のようにニヤリと笑うので、マリオは体が強ばった。その微笑みに敵意のようなものを感じたのだ。

『特にお前たちに用はない、私はセリードと共に行動するのみ。犬と思えばいい、しゃべる珍しい犬とな』


(なんだ、これは)


 素直な心の言葉だった。

 リオンについて謎が多く、理解できないことばかりなのに、ここに来てさらに不可解さを増してゆく。


(何なんだ、この男は)


 公爵家の次男。

 ジェスター・アルファロスの息子。

 十八歳の時、突然騎士団に入団し世間を騒がせた。それまでは騎士であることすら知られていなかった男だったのに。

 入ったその日に、騎士団団長の候補に上がったのは同世代の騎士団の一人と剣合わせをした時にたった数秒で、その剣を弾き飛ばしたからだ。

 父親のジェスターがそのままそこに立っているかのような存在感で、何を考えているのかわからない穏やかな人受けする笑顔はその時からだった。

 圧倒的な強さ。

 アルファロスにはそういう血が出やすい。誰もが知るこの事実ですら霞む強さをこの男は秘めている、マリオはそんな直感が働いたのを今さらここで突然思い出す。


 漆黒の髪。

 そして突如現れた生命体は、同じ漆黒の体毛を持つ。

 偶然にしてはあまりにも劇的すぎる。

 必然にしてもあまりにも劇的すぎる。

 そして、知った事実。

 魔物も、傷つけられ汚れた聖獣も質は違えど、闇に溶けるような黒。

(なんだ、なんだよ、ほんとに、お前は何者なんだセリード)

 ここに来て、明らかにこの男の重要性が高まった。

 聖獣という存在に認められた男。

 この男は、何者なのか?


 そして、その疑問を奥深い迷宮へしまいこむような存在がいる。

 少し離れたところから、黙って見つめる。

 無表情とはちがう、何とも言えない表情の読めない顔。

 太陽の光を浴びたような艶やかな明るい金色の髪。

 まるで、対照的な、存在。

 セリードとは対極の、光のような存在。

 その存在が、目の前の劇的な変化を呼んでいる。


(見極めろ、間違うな、何が起ころうとしているのか。セリード、お前は何者で何をしようとしている? そして……リオン、お前は一体この世界の何を握っている? 何のためにここまできた?)




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