三章 * 薬屋の攻防戦、乱入者あり 4
『あまり長居は出来ん、色々やることがあってな。こちらの都合で切り上げていいなら答えるぞ?』
「ああ、助かる。まず、ありがとう」
ビートが苦笑を滲ませ伏し目がちになり、そう呟いた。
「国王を黙らせる方法が見つからなくてな。ジェスター様に相談してこの国を出るべきじゃないかと話し合っていたところだった。やっと道筋が見えてきたリオンにまた一から仕切り直しをさせることにならなくて心底ホッとしている。ようやく永住の地にたどり着いた気がしていたからな。国王にはああして脅しをかけてはいるが、それでも俺の目の届かない所にいるリオンにどう影響するかわからないってのが正直なところだった。お前が出て来てくれて本当に助かったよ」
聖獣オクオナは鼻をピクピクさせながら軽やかに笑う。
「くはははっ! あの 《強欲の血》は途絶えたほうがこの世の中のためになると私は思っているんだが国というものを維持していくには必要らしいからな、あれくらい脅すくらいでいいだろう。あの血は臆病でもある、それゆえ不安を取り除くために強欲な血が騒ぎ、人を支配して安心感を得ようとする。まぁ、あれはあれで自己防衛のようなものだ、リオンや我々にとっては迷惑極まりないがな」
ビートがピクリと眉をあげたのを、オクオナは見逃さずほくそ笑む。さっきから度々聞く言葉、《強欲の血》が気になるのだろう。
『《強欲の血》について教えよう』
ビートの心を読んだのだろう。オクオナはもったいぶることもなく言い切り、ビートは頷く。
ちなみに、ジェナはずっと黙っている。オクオナを観察しているようだ。
『くわしいことはまだ話せん。リオンの 《過去の記憶》がまだ追い付いていないからな。あくまでリオンが知っている、周囲に話すべきか迷っている、その部分なら話そう』
「ちょーっと待って」
ジェナが顔をひきつらせようやく言葉を発した。
「それ、私達聞いちゃっていいの? リオンが周りに、セリード含めて信用性出来る人間に話してないってことは相当な内容でしょ」
『うん? いいのではないか? リオンの理解者として知っていれば話を聞いてやることも出来るだろう? 背負っているものが大きく重く、そして中身がわからないリオンは誰にもその荷を預けられない。せめて後ろから押さえるなり支えてもらうだけでも気持ちは違う。愚痴や苦悩を聞いてやれる人間は貴重だ。それにお前達が誰彼構わず話を広めることはない、私なりにお前達を信用している』
「そ、そう……ならいいけど」
『で、《強欲の血》とはな』
そりゃもう、何と言えばいいのが。
軽々しく言うことではないことを、ペラペラと近所のおしゃべりなおばちゃんがしゃべり倒すようにオクトナが話し出した。
ふたりは間抜けな顔をして、オクトナを見ている。
「おい、この話、誰が知ってる?」
「ん? だからさっき一体ではないか。今のところリオンだけだな。セリードは少なからず関係してしまうからリオンはどのタイミングで話すか探っているようだが」
「……当然、王家は知らねぇよな、そして…… 《それ》に関わってる『二つの血筋』も」
『知らんな。知ってたら王家を名乗っている血筋は今のフェルジェスタ家ではなかったんじゃないか?』
「それ、世の中に少しでも漏れたら歴史、変わっちゃうじゃない」
ポカーンとした顔で、ジェナがボソッと呟いた。
『大いに変わるな』
何がそんなに面白いのか? とツッコミを入れたくなる高笑いのオクトナを、ふたりはやっぱり間抜けな顔をして見ている。
『歴史が変わった所で、あの男はその地位を手放すことはあるまい。放っておけ、大切なことは王家の存続とか歴史ではなく、強欲の血が犯した罪が長い時を経て、今この時代ようやく正しい道筋をあるくリオンとセリード達の力で歴史が覆されても問題ないように、大罪が清算されるかもしれないところまで来ているということだ。……あの男の息子、皇太子ならば生涯をかけて清算するだろう』
「!! それは、まずいんじゃないのか? つまり、お前の言う史実を皇太子に話すということだろう?」
『知らねば、あの強欲の王からリオンやセリード達を守れないだろう。王と名乗るからにはその義務があるではないか。国を、国民を背負う王として、魔物に脅かされる日々からの解放へと導くリオン達を守るという義務が』
「待て待て」
慌てた様子で首を横に振り、額に指をあてがい、思考を最大限に動かして、少し間を置いてから改めてビートは首を横に振った。
「少なくとも今じゃない、先走って皇太子にそんな話をしないでくれ」
『何故だ?』
「話すなら、せめて皇太子の今後が安定した時期がいい。正義感の強いあの皇太子なら、聞かされたら必ず父親をとてつもなく責めるぞ? そんな事になったら自分の言うことを聞かない皇太子に王位を譲る時期が送れる可能性があるだろ。あの皇太子はセリードとそう変わらない歳でまだ婚約者もいない、大陸をみても王族ではめずらしいんだよ。身を固めない王族は子孫を残さない可能性を必ず指摘される、そのせいで立場的に微妙になることが多いんだ。……今あの国王に、あの皇太子がお前が話したことをそのまま伝えてしまったらどうなる、国王のことだ、それを理由に譲位をせっつかれてると勘違いするだろうし、何より譲位後の影響力を奪われるとも思うだろう。そうなるとあの国王なら何かと理由を付けて譲位を先延ばしにするぞ、どう考えても、リオンや若い世代には足枷になる。ロクなことにならない」
『……ふむ』
首を傾げ、思案してから、オクトナがなるほどなるほどと頷いた。
『そういう考えもあるか。確かに、あの男ならやりかねん。皇太子から聞かされれば大人しくなり譲位するかと思ったが、その可能性もあるか。なるほど、確かに安易に話すことではないか』
ビートとジェナが同意のために激しく頷く。
『とは言いつつ、あやつらがどうなろうと知ったことではない。話しても私は心が痛まないからな、そのうち話したいときに話す』
結局そうなるのかよ?! とビートは叫んでしまったが、彼を責める人はいないので良しとしよう。
ジェナはとにかく、目の前の聖獣を隅から隅まで観察する。特に、一つ気になっていることがあった。
「ねえ、話変わるけど」
「変えるのかよ!」
「うん、どうしても気になるのよねぇ」
『なんだ?』
オクトナは自分が観察されていることに不快感は示さず、むしろ興味があるようで、ジェナの食い入るような目付きを期待の眼差しで見つめ返す。
「なんで黒なの?」
ジェナのその投げ掛けに、ビートはゆっくりその視線をオクトナに向けた。
ビートは彼女のその疑問の意味が、今ようやくわかったのだろう、改めて彼もオクトナを凝視する。
「黒って、魔物の色よね。聖獣にはいない色だと思ってた。それなのに、なんで黒なの?」
『それはな』
嫌味なほど、笑顔に見えた。
『黒には色んな意味があるからだ』
「は?」
ビートの裏返った声に、オクトナは笑う。
『黒は魔物の色だけではない。動物にだって黒いものはいるし、人間だって、黒を持っている。セリードのようにな』
ビートの目がカッ! っと見開かれた。
「つまり、それは、セリードを意味するのか?」
『さぁ?』
「初めから、お前はその色だったんだよな?」
『お前達の言う初めから、というのはいつのことをいう? 私は永らく聖域にいて、過去この世界に存在したことはない』
「つまり……お前は聖域に、ずっといたんなら、《器》は必要なかったんだな? この世界に来るために、《器》である肉体を造り上げた。」
『そういうことだな』
「セリードが、初めから目的だったのか……」
沈黙とは息苦しいものだ。ジェナは場の空気無視の笑顔らしいオクトナの前で、ひどく難しい顔をしているビートが互いに何も語らないことにやきもきしている。しかし、だからといって自分が何を質問したらいいか、オクトナから聞いたら言いか、それが思い付かずただ黙って沈黙が破られるのを待つしかなかった。
「……王家の大罪。それに少なからず関わっていた【アルファロス家の祖先】。今さら、何でその遠い子孫のセリードに聖獣が関わる?」
『強いて言えば、セリードの奇異な運命がそうさせたということだな』
「セリードの?」
『不思議なのだよ、あやつの運命は。自ら運命となる種を撒き散らし、その中から自分に相応しい発芽した芽を拾い上げ自分で運命を育て、その中から自分に相応しい運命を選択することを許されているのだ、こんな人間はそうそういない。最近拾った運命の芽は、何だと思う?《選定する者》に選ばれること、そしてこの私の色を【決定すること】だ、己の濃い血の象徴である黒髪と同じ黒をこの私に与えたのだよ無意識に。運命共同体としてこの私を選んだのだ、リオンのために。あの男は、これからも運命の種を撒き散らしそしてその中から必要な発芽した芽を選ぶ。その理由はただただ、リオンのためにな』
「冗談だろ」
「冗談ならよかったわね」
深い深い、脱力しながらのビートに対してジェナはひどく呆れたような顔であしらった。
「なんだ、そのどうでもいいみたいな」
「どうでもいいなんて思ってないわよぅ? でもどうにもならないじゃない、セリードが決めた運命なら」
そしてちょっと乱暴に、テキトーに、ジェナはお茶を淹れ始めた。
「もうね、すでに私達は茅の外にいるのよ。リオンは、セリードと運命共同体なんじゃない?セリードとオクトナがそうであるように。セリードが運命を自分でどうにかしてしまえる人間なら、私たちはもう太刀打ちできないわ」
「そう、なのか?」
「そうでしょうとも。いい? 私たちは私たちのすることがあるでしょ。外側からリオンを守ることは大切よ。セリードが側で守ってくれるなら私たちは出来ることに集中で来るようになったと良い方向に捉えればいいじゃない」
「けど、なぁ」
「とにかく」
ジェナはドン! とお茶を淹れたカップをビートの前に置いた。
「リオンは、上手くいけば玉の輿よ!!」
「あ、うん、お前ならそう言うと思った」
「運命上等!! ドンと来い!! 金持ちイケメン捕まえなさいリオン!!」
緊張感のない妻の突飛な発言は、取り敢えずビートの肩の力を抜いてくれることになった。
本当は黒い色に複数の意味を持たせることは考えてなかったのですが、オクトナはセリードとお揃いがいいよなぁ、なんて考えてしまい結局黒い色が何故か物語で大半の登場人物達よりも重要なポジションになりつつあることに作者が焦っています。
何とか黒がでしゃばり過ぎないよう、加筆修正頑張っていきます。
そうしないと話が進まない気がしてならないので。