三章 * 薬屋の攻防戦 、乱入者あり 3》
王室護衛騎士団には二つの部隊が存在する。
一つは『蝙蝠』。主に諜報活動と王宮内を常時監視するのが任務で緊急時には騎士団と直接連携してあらゆることに対応する。
主に魔導院には所属していない魔導師が大半を占めており、『蝙蝠』に所属する騎士は二割程度で構成される国王直轄の部隊となっている。
そしてその上位にあたるのが『梟』だ。
『蝙蝠』が上皇、国王、皇太子の3世代合わせて百名超えに対して、『梟』は世代ごとに各数名、現在は合計で十四名のみの精鋭による部隊となっている。
各世代を直接の主とし、側近も勤める有能さであるが何よりその優れた能力が『梟』の所以である。
一人一人が騎士団団長クラスもしくは魔導院の重役クラスの実力者だけがなることを許されている役職である。
その『梟』が今、この狭い空間に二人も存在する。
のだが。
「ケンカなら買うぞ、ただし無傷で帰すほど俺は優しくねえからな? 暫くは役立たずになる覚悟決めてこいよ」
その二人を前に、ビートは余裕を見せている。一人相手にではない、二人だ。
「俺は特に専門的に特化した属性魔法ってのはねえんだ。昔は攻撃系の体質を活かした魔法を習得するのに頑張った時期もあったけどな。リオンを養子にしてからはそういうことは一切止めた。あいつの魔力は長年一緒にいた俺でもほとんど解明出来てねぇ。ミオ様にも見て頂いたがミオ様ですらよくわからない、っていのが現状だ。そんなリオンをあんたらの思うように利用なんてされて、不測の事態を引き起こしてリオンが責められるなんてことになったら、俺は一生あんたらを許せなくなる。」
ビートは淡々と語る。
「しかも、ジェスター様とセリード、ミオ様の話だと……王家はどうやら聖獣シンから嫌われてるようだな。シンはな、俺が感じる率直な意見だからアテにならないかもしれねぇが、リオンを守る立場にいるように思う。王家を監視しつつ、シンはリオンを見守っている、それが何を意味するかあんたはわかるだろ」
ビートは真っ直ぐ国王を見つめる。
「リオンを利用する動きを見せれば、国に縛り付けるようなことをすれば、あんたは多分殺される」
国王が険しい顔をし、魔導師と騎士が青ざめる。
「脅しじゃねぇよ、あくまでも俺の持論だから信じる信じないは勝手だし、俺を無視してでもリオンに接触したいならしてみればいい。ただ、俺は聖獣と敵対する意思は全くねえからな? あんたらがそれでどうなろうと知ったこっちゃねえし、相談されても俺は対応しねえからそのつもりでな。リオンがあんたらに敵対することは絶対にないだろう、おそらく協力してくれっていえば最大限協力するだろう。その代わり、聖獣シンはあんたの言動を全て監視するだろうから、二度と俺たちに関わらないでくれ。王家と聖獣の間にある確執らしいものに巻き込まれたくねえからな」
「……それは、我々王家に決して協力する気がないということか?」
国王が探るような目をビートに向ける。ビートは迷わず無言で頷いた。
「ないな、俺は」
「そうか、残念だ……君の力はきっと万人を救うもので、その力を借りれたらと思ったが」
国王が残念そうに、淋しさを滲ませた弱い笑みを浮かべた。
それは本心だろう、この時の国王は純粋にビートの底知れぬ力を借りれたらと思っただけに違いない。利用するとか都合のいい道具にしたいなんて微塵にも思わなかったからこそ、素直に残念そうに、淋しそうに笑みを浮かべた。
「なんだ?」
突然ビートが目を見開いて立ち上がる。
「何か、来る」
ビートはキョロキョロ辺りを見渡すが、ジェナはそんな彼を訝しげに眺め、国王と騎士と魔導師も困惑した目で立ち上がったビートを凝視するだけだ。
しかしビートの表情はみるみる険しくなって、何かに警戒しているのが分かる。
『力を借りるだと? どの面を下げてそんな事をいう』
ビートは硬直し、ジェナがヒュッと呼吸を乱す。
『忌々しい、さっきから聞いていれば高慢に喋りつづけて何様のつもりだ? リオンを育てたのはこの男とその後ろの女だぞ、リオンがここまで来たのはこの二人の教育と導きあってのことだろう』
国王は呆然として、騎士と魔導師はその両隣で同じように茫然自失でビートから視線を外せなくなっている。
『二度とそんな態度を取るな、不愉快だ』
ビートは不快な汗を滲ませたまま、微動だにせず、自分の頭上から聞こえる声に問いかけた。
「……シンじゃ、ねえな? お前の名前は?」
『我名は、オクトナ』
「オク、トナ……?」
『我は 《選定する者》、そしてセリード・アルファロスからこの名を与えられ、我と魂を通わせ共に枷を背負うもの』
「セ、セリード?! リオンじゃなく?!」
ビートが叫んだと同時にそれは現れた。
『我には我の使命がある。それはリオンが背負うものでないからな、適材適所というものであの男に担って貰うことにしたのだ。シンもあの男ならば文句は言わないだろうし我と渡り合える器だと安心しているだろうしな。さて』
笑った。
明らかにその顔には不敵な笑みを浮かべていた。
『王家の者よ、一度しか言わぬからな? 心して聞けよ?』
磨かれた光沢のある黒曜石のような輝く体毛からは虹色の摩訶不思議な光が弾け飛ぶ。長い尻尾の先には虹の環が常に浮かび上がっていている。宝石のような瞳と爪と牙はランプの光でその艶と光沢を惜しみ無く放つ。流暢な人間の言葉は低めの美声に乗って発せられる。動物では考えられない豊かな表情。
『お前の遥か祖先は大罪を犯した。その時我らの同胞であるシンを含む一部の聖獣たちとの関係に深い溝をつくることになった。故にシンは長きに渡りお前まで続くその血を許すことなく監視してきた。それはいつかお前の血筋が再び聖域の扉と接触した時、同じ過ちを犯すことがないようにするために。つい先刻までお前は同じ過ちを犯すべくこの男に近づいていた。リオンをうまく利用し、この国の魔物を滅ぼす道具として扱い、あわよくばリオンの特異な力を他国に知らしめそれによってこの国を大陸で優位に立たせる手段としようとしていただろう? 人はそれを『人形』や『玩具』と呼ぶではないか? お前にリオンをそのように扱う権利など過去から未来永劫にいたるまであるはずがない』
オクトナはのっそりと彼等の周りを歩きながら一人一人をじっくり観察している。
『止めておけよ? シンが動けばロクなことにはならんからな。お前が最も苦しむように、息子の皇太子や王女、そして妻である王妃が悲惨な目にあう。他の人間が動いても余程でなければシンは静観するが、お前の血筋は別物だ、心してリオンと関わるがいい。どうしてもリオンの力が借りたいというなら、リオンを動かそうとするな、ただ好きにさせることだ』
静まり返った室内。
オクトナは悠然と室内を一通り歩くとビートの側に行き、国王を見つめる。
『言うことがあるだろう?』
「なに?」
『言うこと、ではないか。謝ることだな。この男と女をお前は殺そうとしたり誘拐しようとしたではないか。さっきから聞いていたが、その事について謝罪しないのは何故だ? 国王というものは殺しや誘拐が仕事なのか? そんな何の利益にもならんことに時間を割く暇があるとは驚きだ、国王とは国を治めるためにいるのだと思っていたが、この国は違うのか。ということはこの国では殺しと誘拐に手慣れた者なら誰でも国王になれるな、なんと単純で分かりやすい国だ。だとすればお前は今までさぞかしたくさんの人間を殺し、誘拐してきたのだろう』
サラッと、本当に何でもないことを言うように言い放ったオクトナに視線が集中した。
「ぶ、無礼なっ」
騎士がたまらず小さな声で囁いた瞬間、オクトナはその騎士に視線を向け、笑いだす。
『くはははっ! 無礼か? 私が? 殺しや誘拐を企てる男はなんだというのだ? そちらがその態度を心から改めないなら私はこの場でお前たちを食ってもよい』
「はっ?!」
ビートが大袈裟な位驚き体を反らせた。
『殺しや誘拐を国益の為に正当化するような国王などリオンにとって害でしかない。ほかの聖獣は手出だしされなければ干渉しない、というのが一般的だが、私はそれには当てはまらないからな、邪魔だと思えばセリードとリオンの目を盗んで始末するさ。ただし死体が残るとこの世界の常識ではなかなかに問題ないなのだろう? ならば欠片一つ残らぬように食ってしまえばいいわけだ。人間はまずいらしいからくいたくないがなぁ』
青ざめ、動揺を隠せず、何も語らず、国王エルディオン四十世は薬屋の扉から数歩のところまで寄せられた馬車に乗り込んだ。その後ろ姿は足元がおぼつかず、ふらつくこともあり『梟』の騎士と魔導師が両脇を抱える瞬間もあった。
『くくくっ、これで大人しくなればいいなぁ。さっさと《強欲の血》が薄い息子に譲位すればいい。放っておけばまたその血が疼くからな』
楽しんでいるのか?
ビートがそう問いかけたくなるような、口調だった。
色々聞きたいことがある、それでもビートはこの聖獣が長居はしない気がして、心を静め、意を決して問いかけた。
「聞きたいことがある」