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三章 * 薬屋の攻防戦、乱入者あり 2

 また沈黙が始まった。

 ジェナはポットを手にテーブルに向かい、ビートの側に座る。そしてポットを置くと、もう一方の手に棚から出した焼き菓子を器に入ったままテーブルの中央にドン、と置いた。

「食べる?」

 この緊迫感の中でジェナはそんなことは気にも留めず、クッキーらしい焼き菓子を摘まんでポリポリ食べ始める。

「頂こう。」

 国王があっさりと返答して器に直接手を入れ菓子を取ったのが側近はよほど衝撃的だったのだろう。思わず手を差し出して制止してしまったのだ。

 当然だ、国王がまさか取り分けられてもいない、誰が作って何が入ってるのか分からない物をいきなり素手で食べるなんてことは通常あり得ないのだから。

 それでも国王はその手をそっと退けて、改めて菓子を摘まんで迷いもなくパクリと一口で頬張った。

「んっ?!」

「陛下?!」

「どうされました!!」

「うまい……」

「は?」

「へ?」

「いや、旨い。うん、なんと、これは」

「私が焼いたのよそれ。美味しいでしょ」


 ジェナはニコッと笑ってまた一枚摘まんで食べる。サクサクと軽やかな咀嚼(そしゃく)音が国王とジェナから聞こえ、そして国王はお茶を一口含み、ほう、と落ち着いた息を吐く。

「それね、リオンの大好物なのよ。よく売ってるクッキーとは違って、砂糖多め、卵は入れない。サクサクとさせるために試行錯誤して、味もカボチャとか、ニンジンとか栗とか、色々。チョコレートも好きだけど、家で考え事するとき、落ち込んだ時はいつもそれ。それじゃないと落ち着かないっていつも言ってくれるのよ。……用意してあげられないでしょ?こんな些細なもの。優遇って言うけど、リオンが望んでなければ優遇でも何でもない。もし本当に協力してほしいなら、本人と対等の立場にたって協力を要請して。それから、リオンが何を望んでいるのか、どうしたいのか聞いて。そこからお互い妥協し合える部分はあるんじゃないの? リオンだって、リオンなりにこの国のために何が出来るか考えてるんだから、余計なことさえしなければ、ちゃんとリオンから何か話すはずだし、力を貸すはずよ。それが出来ないなら私たちはどこでだって生活出来るから王都から出ていくことも考えてるわ」


 ポットを手に取ると、ドボドボと勢いよく国王のカップに注いで、その勢いがすごくてお茶が飛び散り、数滴国王の気品溢れる美しい服についたがジェナはお構い無し。むしろ笑ってテキトーにポットを置くだけだ。

「ああ、ごめんごめん」

「構わないよ」

「そう? それは良かったわ。これで我慢ならないって怒り出してたら今頃両端のお付きさんごと吹っ飛んでたからね」

 その言葉にビートは鋭い目付きでジェナを睨む。

「余計なこというなよ」

「いいじゃない? ホントのことでしょ。国王が吹っ飛ぶところなんか、ちょっと見てみたかったかもねぇー」

「どういうことだ?」

 国王が興味深い目をしてビートを見つめる。ビートは完全無視だ。しかしジェナは他人事のように、面白いといいたげな顔。

「前にね、他のところでその時はビートがその魔力に目を付けられて勧誘されたのよ。しつこくてしつこくて、その時まだリオンも十五歳くらいかな?『あの人気持ち悪い』って思わず言っちゃうくらいしつこくて。まぁ、こんな感じで話をしたんだけど、私も本気で帰って欲しかったからわざとお茶を溢してやったの。服は汚さなかったわよ? テーブルに溢しただけ。その場の空気を変えたいときあるじゃない。そしたら相手が突然キレてワケわからない罵声とか始まって。で、我慢の限界だったビートがぶっ飛ばしちゃったのよ」

「ほう。それでどうなった?」

「え? それ聞く? 引くわよ? 二ヶ月ベッドから降りられなくなって、ビートの顔見ると悲鳴上げちゃうようになった」

「どんな魔法を使ったのか」

「使わないわよ?」

「なに?」

「キレて勝手に魔力解放しちゃっただけ。何にもしてないんだけど、結果としてぶっ飛ばしちゃったのよ。放出する魔力で大半の人は飛んじゃうわよ」

 それを聞いて騎士と魔導師はごくりと唾を飲み込んでいた。


「あははは」

 急に国王が笑い出す。その笑いはわざとではなく、どうやら心のそこから可笑しいと思ったらしくて一瞬笑いを堪えようとしたのに直ぐに吹き出すように笑いだしたのだ。ビートはちょっと意外そうにして、ジェナはご満悦そうだ。

「だからね、余計なことはしない方が寿命は延びるわよ?一国の王が庶民に怯えて生きるなんてカッコ悪いったらありゃしないでしょ」

「そのようだな」

「この人リオンの為ならなんだってやるんだから。この王都破壊されたくないでしょ?大事なときに大事な人材を怪我させたくないだろうし。ミオ様が出てきたらちょっと困るけどそれ以外なら別にやりあってもこの人問題ないと思ってるし」

「心得た。私を含め、事情を知る者たちには余計な事をさせないようにする」

「ありがと。」


 ジェナと国王のやり取りはその場を和やかにするかと思われたが、それをビートは許す気はなかったようだ。

 何故なら明らかに国王の両隣にいる魔導師と騎士が不愉快そうだからだ。ビートが感じ取れる気から読み取るまでもなく、彼らは顔が友好的とは言えない憮然としたもので、それをビートは冷ややかに、卑下するように見ている。

(あーあ、ビートの態度から察するに? ビートの敵じゃないってことよね? 国王はビートの力量に気づいたみたいだけど……)

 ついジェナは溜め息。

「文句あるか?」

 ビートが国王の両隣を見比べて吐き捨てるように問いかける。

「国王がそれで良いって言ったことに、お前ら反対なんだろ? 顔みりゃわかる。ここで文句出して行け、影でコソコソ言った挙げ句俺やリオンに()()ちょっかい出すならお前ら問答無用で殺すからな」

「なっ、無礼だぞ! 貴様! 我々をどれだけ知っていてそんな口を聞いている?!」

 たまらずと言った様子で騎士は立ち上がり大声を上げた。

「だから」

 ビートはスッと騎士の男に掌を向けた。

「たかが『(ふくろう)』がしゃしゃり出てくるなって。文句あるなら喋れっていってんだよ。わだかまりは少しでも減らしてえんだ、座ってろ」

 ズドン!! っという重低音と共に、椅子が軋み床が振動した。騎士が突然勢いよく、椅子に座ったのだ。座ったというより、お尻と太もも椅子に強烈な力で押さえつけられ叩きつけられるようなそんな光景だった。咄嗟に国王は椅子から立ち上がり後ずさりして、魔導師はそんな彼の前に身を乗り出して庇う。

「な、なんだっ」

「結界?! いや、これは、なんだ! 陛下お下がり下さい、この男は危険です」

「座れって、あんたらも」

 ビートが手を二人に向けてかざした瞬間、国王は魔導師の手を強く引いて強引に椅子に座らせ自分も椅子に腰かけた。ビートはフンっと鼻を鳴らして腕を組む。

「それは、魔法か?」

「? 魔法に決まってるだろ、俺魔導師だし」

「ばかな、では大昔に失われたという他人を操れる禁忌の魔法か?!」

「あ? ありゃバカみたいに魔力使うし精度が悪いから使えたもんじゃねえぞ。俺のは空間を弄る魔法だ」

「……は?」


 国王は唖然とし、騎士が青ざめている。魔導師はひきつり笑顔だ。

「禁忌『操り糸』をお前は使えるのか」

「使えるだろ、やり方が載ってる魔導書が売ってるんだし。アホみてぇに高額で買ったときは腹立ったけどな」

「あ、あれはあまりにも複雑で何重にも魔法を重ねなくてはならないため魔法として魔力を具現化することが不可能な上に魔力をたった一回で使いきるか命を削ると言われている!」

「いや、だからマジで面倒な魔法で魔力をほとんど使い果たすわりには精度が悪いって言ったろ、あんなん戦争で使えるか? そりゃ死ぬさ魔力足りなきゃ生命力ごっそり持ってかれるんだから」

「使える、のか」

「試したことあるから言ってるんだけどな」

「しかも、空間を弄る、と言ったな」

「言ったな、こっちは慣れたもんだ」

「はぁ?!」

「便利なんだよ、空間を切り取るとその上のものは勝手に切り取った分だけ落ちてくれるからな。背の高い木に成ってる薬になる実とか木に登らずに取れる」

「慣れ、てる? 空間魔法を自在に操れるのか?!」

「便利だし簡単だろ」

「……簡単」

「だからな」

 ビートは飄々とした表情をした

「『梟』ごときが喚くなっていったんだよ。俺にケンカ売って全線全勝するのミオ様だけだからな、俺の知る限り。リュウシャのじじいと魔導院最高議長は、やってみねぇと分からねえけど。あ、ジェスター様あの人は俺の魔力跳ね返すか潰せる凄まじい騎士だな。息子二人もそんな感じ。俺のことヤっちまいたいならその辺連れてきてもらわねえと」


 自信があるとか、高慢な態度とか、そういうものではなかった。

 ただ、ビートにとってそれは事実であって、当然のことであって、目の前の優秀な騎士や魔導師が彼にしたらその程度の脅しでどうにかなってしまうという、それだけのことだった。


 国王がビートという男を知った瞬間であり彼を相手に自分が何をしてきたのか後悔した瞬間となった。





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