三章 * 薬屋の攻防戦 、乱入者あり 1
王都でのお話です。あまり出番のない国王様が出てきますがいい扱いは受けてません (笑)。
ビートが正々堂々とジェスター・アルファロスを頼った理由はその権力と立場がリオンにとって非常に有益だからだ。
リオンはこういう話を嫌がるし、出来れば人を頼り過ぎない環境でやれることをしたいと言っていたが、ビートはすでにジェスターとそういう話を済ませている。
そしてジェスター自身もそう思ってくれていたことに安堵して、今ではリオンのことは何かあればすぐジェスターを頼るし、相談する気満々でいる。
実際色々相談しているが。
ビートが恐れているのは国家権力がリオンを操ることだ。
しかしこれからのリオンの活動を考えると否応なしに国が絡んでくる、そう予測させたし現に既にリオンは上皇との接触で足を捕られかけている気もしている。しきりにリオンを王宮に呼ぼうとしている上皇を批判する気はないが、それを利用してリオンに不特定多数の人間が近づく原因になる懸念を捨てきれないからだ。
そこで考えたのは、抑止力だ。
一国の権力に物申せるだけの権力なんて限られているがそれに相応しいのが公爵家のアルファロス一族だ。特に現当主は父親から完全に実権を譲り受けており、とやかくいう周囲の年寄り一族を手で簡単に払い除けるような完全独立の権力者だ。その彼がリオンを恩人と言いきる程協力的な態度を見せた時点でビートの気持ちは決まっていた。
そしてそのジェスターも懸念していたらしい。
リオンの力や知識は時間はかかるが必ず国益に影響を及ぼすだろうと。そしてそれを国が見過ごすわけがないと。
ジェスターは個人的に聖獣と魔物についての見識を広めたい気持ちが強く、そしてそれにはリオンの力が必要不可欠と気づいている。その彼女が一度国に取り込まれたら、再び元に戻すのは難しいのではと考えていたようだ。
だから意見が一致したのだ。
リオンを国政に直接関わらせない。
彼女は自由に。
彼女は思うままに。
二人の大人が下した決断は今後どういう影響を与えるかわからないが、それでも今はそれが最善なのである。
そして懸念していたことはやっぱり起こるものなのだ。
訪問したいから良い日を教えてくれと手紙が三通立て続けに届いたが、ビートとジェナは無視していた。
そもそも色々と迷惑をかけられているのに今さらなんだよ? としか思えない。
本来そういうことをしてはいけない相手ではあるが、二人には柵はないし、特に恐れる理由もない。だから王都に来た時からなにがあっても関わるつもりはないと決めていたのが、一方的に破られて不機嫌だった。
「突然の訪問失礼する」
「ホントに失礼だよ」
「失礼はどちらか。陛下からの直筆の封書が届けられたのに無視を続け」
「返事してねえのが拒否だってことも分からねえか? 頭悪いな、帰れ迷惑だ」
店じまいが終わり、本当に扉に鍵をかけようと中の棚に置いていた南京錠に手を掛けた時だった。目の前に止まっていた馬車の扉が開く。
外で待機していた騎士や、ビートとやり取りしていた魔導師も慌てて一礼したが、ビートは一目向けただけでやっぱり鍵を手にして南京錠を付けようとした。
「君が会ってくれないだろうということは、聖女とジェスターから忠告されていた。突然の訪問はあえて謝るつもりはない。どうしても話がしたいから押し掛けることにした。たとえ迷惑だと言われても」
「‥‥入んな」
ビートは南京錠を棚に戻した。
「いいか、狭いから連れは二人で勘弁してくれ、それとその仰々しい馬車は何とかしろよ。往来の邪魔だ」
ビートの素っ気ない態度に無表情で国王は頷いた。
ジェナは台所の洗い場に近い所に椅子を置いてそこから黙って様子を見ている。
「リオンを国政に関わらせない。絶対だ、それは何があってもあいつが死ぬまで守る」
国王はもちろん、そのお付きとして中に入った魔導師と騎士にすら何も話させるタイミングで、ビートが開口一番にそう言い放った。
「だからそれ以外のことなら聞いてやろうじゃないか」
そこから沈黙が続き、ジェナがお茶を淹れテーブルに人数分を用意するまで誰も話さなかった。
不必要なトレーを持ってテーブルから離れたのを見計らい魔導師が口を開く。
「我々としては最高の条件で彼女を迎え入れる準備があります」
「アリーシャのようにか? 迷惑だな、リオンはそんなの望んだりしねえし、こっちはアルファロス家に色々任せててもういいんだ、王家の出る幕じゃねえな」
「いずれ個人が支援しているということは問題になりかねません、そのためにも」
「そっちが問題にしなけりゃ問題になるわけねぇだろ。で、リオンを城の奥に監禁するってか?」
「そんなことは一切致しません」
「悪いが、その話はどれだけしても平行線だ、意味がねえぞ?だから帰れ」
「そういう決め事は本人の意思を尊重すべきではないのですか?保護者といえど口だしは」
「意思を尊重してるけどな? やりたいことやらせてるし。王宮で大人しくしてるのが有益ならとっくにそうしてるだろ。それこそどれだけコネがあると? ミオ様とジェスター様、上皇すらリオンと話を済ませてる。それ以上は今は要らねえし、国王の名前なんぞ必要ない」
「な、なんと無礼な!!」
「うるせえなぁ。ちょっと黙ってろ」
ギロリと睨み付け、ビートは不敵に笑う。
「お前程度の魔力に凄まれてもなんともねぇ。俺を脅したいならせめてリュウシャのジジイと魔導院の頭を連れてこい。でしゃばるな、たかが国王付きの護衛『梟』のくせに」
彼の言葉にサッと青ざめた魔導師は口をつぐむ。国王は小さな溜め息をつき、真っ直ぐビートを見つめる。
「君のような男がなぜ、薬屋など‥‥。王宮に勤めていたらなら相当の立場になれるのにな」
「そんなの興味はないんでな。俺はリオンのためになることしてれば満足だ」
また、沈黙が支配した。
落ち着いた様子で国王はお茶を飲み、ビートは腕を組んで目を閉じる。
「どうしたら、互いに協力できるだろうか。それ相応の地位を用意させる、必ず彼女の力と知恵が存分に発揮できるよう取り計らおう」
「は?」
パッと目を見開き、ビートは見下すような目を向ける。
「これ以上リオンに何を押し付けるつもりだ?リオンが手に入れた記憶はあんたんとこの騎士に情報を流してるし、ビスに行って先頭立って魔物との無駄な争いを回避してやったんだろ?騎士団も魔導院も出来ないことを華奢な体一つで前に立ってやってんのに、互いに協力だと?何させる気だよ、おい。なにも分かっちゃいねえくせに上から目線でしゃべってんじゃねぇぞ」
「そうではない、王宮で地位が上がればもっと発言が可能になるし、賛同者も増える、そのほうが彼女も自由に協力してくれる人材を確保しやすいはずだ」
「それでリオンは国のもの、管理下で守るという名目であんたの名前で動かされる駒になるんだな?」
「違う」
「違わねぇよ」
「お互いに協力できたならこの国の繁栄にもなる、彼女もきっと国が繁栄するなら悪いことだとは思わないはずだ」
ビートは握り拳をテーブルに叩きつけた。
さすがのジェナもびっくりしたらしい。一人静観しながらお茶を飲んでいたが、ビクッと体が跳ねそうになった。
「お互いに協力してぇならリオンの正面で頭下げろや!!俺じゃねえだろ!!馬鹿か?!周りから懐柔するだけでなく脅すなんて姑息なマネで返事するような女に俺は育ててねえからな!! あいつの苦悩も知らねえで簡単に協力とか彼女の為とかいうんじゃねえ!! 本気で国のこと思うならリオンに正面から向き合え! 何が本当にリオンの為になるのか死ぬ気で考えろ!!」
国王もこんな風に叱咤されたことはないだろう、だから完全に固まってしまっている。
そしてもっと憐れなのは騎士と魔導師だ。気絶しそうな顔面蒼白で、それを引いた目でジェナが眺めている。
「あのね」
ジェナだった。ちょっと呆れたような顔をして、彼女は国王とその側近を眺める。
「なんでビートが怒ってるか分からないとかいわないでね?」
手にしていたカップを流し台に置いてポットに新しい茶葉を入れ始めた。
「協力って、本当に簡単に言うもんじゃないわよ? 知ってるでしょ、ジェスター様が騎士を廃業した理由。あの天才騎士が廃業に追い込まれたの、一番良い状態のティルバ最強騎士が。それをこの国の表舞台に戻したのは誰? 上皇に穏やかな日々を戻してあげて、クロード様に魔力の安定を引き戻したのは誰? リオンよ、リオンがやったの。あなた方権力の塊が出来なかったことをあの子がやったのよ」
暖炉の上のヤカンから、ポットにお湯をゆっくり注ぐ。
「ここまで来るのにどれだけあの子が悩んで苦しんで来たと思う? たった一人で誰にも理解してもらえない自分をもて余しながら、やっとここまで来て、信頼できる協力者達を得て、やっとやるべきこと、やりたいことが見えてきた大事な時なの。それを待遇を保証する? 地位を与える? 協力し合う? 長年あの子の側にいた私からしたらそんなの余計なお世話だし迷惑なだけだわ。国なんて邪魔。そもそも協力なんて言い方おかしいわよ、国は魔物対策が数百年前と何一つ変わってないのに。協力って、対等の立場でいうものじゃない? 対等じゃないわよね、この感じ」