一章 * 始動 2
今回はほんの少し短めです。
区切りが悪くてどうにもなりませんでした。
サイラスは眉間にシワを微かによせて、難しい表情をする。
「我々の知る魔物は、人はもちろん動物よりも素早くて力が強い、だから被害が後をたたないけれど、騎士や魔導師、いわゆる能力持ちなら大半は撃退可能だ」
「はい、だから無理なんです。魔物が聖獣を襲うなんて。騎士の優れた能力はもちろん、魔導師の術でさえ聖獣を捕らえることも、触ることも不可能だと言われている存在ですから」
「騎士の身体能力で追いつくことができない、魔導師の術がほぼ効かない。‥‥そんな聖獣に魔物が襲いかかるのは無理だな‥‥」
そもそも魔物がどうやって産み出されているのか、よくわかっていない。ただひとつ解っているのは襲われた人や動物が生き残った場合およそ半分の確率で死に至ることなくそのまま腐敗のような変色と体の歪な変化を起こして最終的に真っ黒な姿の魔物になるということだ。
しかしいくら被害が増え続けているといっても人が大量に襲われたという報告は今まで出ていないし、実際問題魔物になってしまう前に跡形残らず食いつくされるのが大半だ。だとすると幻の存在である聖獣が果たしてその被害にあってしまうものなのか?推測の域をでないものの確率としては限りなく、不可能に近いだろう。
「魔物についてもですが、聖獣についても知らなければならないと思うんです。‥‥私がもっと《過去の記憶》を見ることが出来ればいいんですけど私がコントロール出来るものではないのでどうにもならないんですが‥‥。シンも、なぜか多くを教えてくれませんし」
彼女のその言葉に僅かに顎を上げてサイラスが目を上目遣いにして考える仕草をした。
「王宮の魔導院が権限を持つ書庫にあるかも、ヒントになりそうなのが」
「え?」
「見たことはないよ、魔導院の所有してるものだから許可をとるのも大変だ。でも確か、聖獣について調べていた高名な魔導師が残した日記と記録書があるって。父が例の件で一度閲覧許可を取って見たと言っていた」
「日記と記録書ですか」
「内容は我々の知るものとさほど変わらないらしいんだけど、その事を世に広めるきっかけになった本の見本と云われてるものだ。大きな収穫はないにしても、何かヒントくらいは見つけられるかもしれない。かなり詳しく聖獣を観察した内容らしいから、君が見たら気がつくこともあるかもしれないし。魔物についてもそこから導き出せたらラッキーだろうし」
「あの、でも見られるんですか?」
「んー」
かなりわざとらしく難しい顔をしてサイラスがのけ反って椅子に背中を任せた。
「そこなんだよね。ミオに話せばなんとかなるかもしれないんだけど‥‥誰が見るかってなるとねぇ。一応こういうときミオは中立だからねぇ。魔導院と領有院って基本対立してるからミオも口出ししないしねぇ」
「仲、悪いんですか‥‥」
「悪いね、権力抗争ってやつ?」
仰け反りながらサラっとちょっと笑いながら言われても困ると思うリオンのことなどお構いなしに面白そうにサイラスが話を続ける。政経院とも仲が悪いとか、お互い腹の探りあいでちょっとトラブルを起こせばそこを徹底的に叩きあってるとか、聞いてていいのか迷う内容を一通り話してようやくサイラスは体を元にもどす。
「とりあえず、父待ちかな」
「どうしてですか?」
「君が会おうとしている二人のうち、ひとりは魔導院の最高権力者だ」
「あ‥‥」
思い出したように反応するとサイラスがニッと笑う。
「今日朝から呼ばれてるのも日程の調整がついたからだ。おそらく明日には会えるよう時間と場所を聞かされるんだと思うよ」
この四日間リオンはこのサイラスと昼食を取っている。チーズとハムを贅沢に挟んではいるけれど、片手で食べられるサンドイッチに、高貴な身分の人はお酒も飲むらしいがその代わりにブドウを贅沢に絞った果汁、デザートも簡単につまめるようなものだけといいながら手間のかかる果物の砂糖漬け。
「お客様に出すにはなんか、ずいぶん質素だね」
これで質素なのか?! とリオンは驚いた心をかくして一息ついていたところにやってきたセリードにニコッと笑顔。
「話ながらだとこれが楽だろ?」
サイラスが言った通り、二人はずっとジェスターが過去経験したことや魔物、最近の変化、リオンの《過去の記憶》はもちろん、それに関する気になることは何でも話し合っていた。だからいくら時間があっても足りない状態で、サイラスは家探しをしているビートとジェナの話も聞きたいから我が家でどこか家を用意しようか?なんてことまで簡単に言ってリオンをドン引きさせるくらいだ。さすがにそれは丁重に断り、その代わりお昼を共にしながら話すという形に落ち着いたのだ。
「お前昼ご飯は?」
「騎士団の話し合いがあったから王宮ですませたよ」
セリードの登場でリオンが手を止めたので、まぁ我々は食べながらね、とサイラスは声をかけリオンが頷き、サイラスもサンドイッチを手にして一口食べた。セリードは二人が資料を広げる大きなテーブルの、リオンが座る隣の空いている椅子に腰かけた。
「今日もう勤めは終わりか?」
「終わりもなにも」
ちょっと不機嫌そうな、雑な言い方をしてセリードは足を組み、椅子にもたれる。
「ずっと待機させられてて、どこの騎士団もイライラしてて。うちはとりあえず今度の遠征から外されるのが決定。それが決定しただけなのに八つ当たりとかされつつ」
「外された?急だな、議会の判断じゃないな。その話は明日の議会で決定するはずだった」
「陛下だ。上皇に父が送った手紙が関係してると思う」
彼の言葉にリオンが反応してブドウ果汁を飲もうとしていた手を止めたので穏やかな顔をむけてセリードが話だす。
「昨日の夜、オレの政務室に国王陛下が来たんだよ。アクレスと二人の時間を確認した上で側近や従者もつけずにお一人で。上皇、つまり陛下の父君宛の父上の手紙を確認したってね」
「それって‥‥」
「陛下も数少ない《二十三年前の出来事》を聞かされている一人だ」
「そうなんですか」
「父上が正式なものを持ってくるよ、上皇と魔導院最高議長の謁見場所と時間が記載された手紙を」