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三章 * 暖かな冬 3

 笑顔で好青年の面構えでセリードがいい放つ。

「放置しておくと猪だから何かにぶつかるまで止まらないんだよね、で、気絶してやりすぎたって後悔するまで気づかないから。こっちが過保護でいないと多分勝手に自爆して負傷するからなぁ」

「……あの、セリード様」

「うん?」

「私、もしかして怒られてます?」

「怒ってないよ。過保護になる理由を説明してるだけ」

「子供じゃありません、大丈夫です」

「子供じゃないから、過保護にしてるんだけどその辺わからない?」

「は?」

「リオンは、自分のことに少し無頓着だから無自覚で無防備になりやすい。気を付けないとダメだと思う」

「……えっと、どういう意味です?」

 首をかしげたリオンをセリードは笑った。

「ほら、そういうとこ」

 とにかく、部屋に戻りなさいとその場から追い出されたリオンが食堂の向こうに去るのを確認して、セリードは店主の息子に笑顔を向けた。

「彼女を気に入っているようだから忠告」

「えっ?」

「本気にならないようにね? オレを敵に回すことになるから。オレは彼女のことになると過保護だから……ちょっと危険だなって思ったら、潰すかもよ?」

 穏やかで、でも目が笑っていないセリードの圧に完全に負けて、店主の息子は腰が抜け、しばらく唖然としたまま動けなかった。







(全く、困ったものだ)

 セリードはため息をつく。

(自分が可愛いことを自覚してないっていうのも問題ありだ)

 彼女は男に媚を売らない、だから大半の男は彼女を意識しないだけだ。別にモテないという訳ではないことを、分かっていないのだ。あっけらかんとした親しみやすいあの笑い方、話し方は男にとっても女にとっても印象がいいだろう、それであの顔だ。美人ではないからモテないと思い込んでいるから始末が悪い。

 私はモテない。

 という思い込みは結構男との距離感に麻痺してしまうことに気づいて欲しいものだと心底セリードは思っている。

 話すときの距離がリオンは誰でも近くてあまりに気にしないからセリードはハラハラされられる。おかげで人懐っこい性格同士、リオンとバノンはしょっちゅう手を叩きあったり、オレより接触多いし、オクトナのこともあるから必要以上に接点を持ちすぎないようにするって言ってたのは嘘か? と言ってやりたくなる気持ちを抑えている。


「あ。よかった、すぐに会えた」

「どうした?」

 その声に体が反応し振り向いて、さすがに驚いてセリードは声がわずかに裏返る。

「この時間、セリード様が外を一人で歩いてるって聞いてたので」

 リオンがいる。

 宿屋の、店主の自宅に間借りしたリオンが宿の入り口に立っている。

「リオン。オレの言ったこと」

 怒ってやろうと思ったら、彼女がちょっと照れくさそうに無邪気に笑う。

「過保護に甘えて、夜の外、一緒してもいいですか?」

「え?」

「ここにきて、ビスをちゃんと見てないって思ってたんです。体調ならほんとに大丈夫ですから、少しだけでも」

「……え、っと」

「昼間は皆忙しそうで言い出せなくて。ダメですか?」

 参ったな、と気持ちが簡単にひっくり返って、セリードは軽やかに笑ってしまう。

「あはは、そう言われたら部屋に追い返せないなぁ」

「警備ついででも、御夜食ついででも付き合いますよ。後者希望者ですけど」

「あはは!! 知ってて今日選んだな?」

「まさかぁ。今日はバノンさんが見回りしてることなんて、知りませんよ?」

「そういうことにしておく」

 自然に二人で並んで歩き出す関係が心地いい。

 決して触れあうことはないけれど際どい距離感も友達以上の関係を意識している証で嬉しさが込み上げる。


「ずいぶん落ち着きを取り戻してきましたね?」

「まだ夜は人は少ないけどね。でも、すぐに回復するよ市民の意識が変わったから難しい復興ではないだろうし」

「そうですね、よかった」

 宿のお酒は薄くて飲んだ気がしないと、彼は酒場に入った。人はまばらだが賑やかさが町の復興を予感させてリオンは穏やかな気持ちで当たりを見つめる。

「リオンはこれ以上はダメ。病み上がりなんだから少しの間控えなさい」

「ええっ? 美味しいのに」

 冷たい爽やかな味のお酒を半分飲んだところでリオンはセリードにグラスを奪われムウッと膨れっ面をした。

「過保護ですねぇ」

「ジュース頼んであげるから。美味しいらしいよ南方のフルーツジュース」

 そして、リオンは目の前で目撃する。

 奪われたグラスはクスクス笑いながら穏やかな顔をしているセリードの唇に触れる。

(あ……)

 最低限の嗜みとして、リオンだって唇に紅を差している。薄い色だし薄くしか塗らないけれど。グラスについた唇のあとが、紅のおかげでリオンにも確認できる。セリードは無意識だろう、その紅の跡に、唇を接触させてお酒を口に含む。

「ん? なに?」

「あ、いえ」

 恥ずかしさが込み上げながらもじっと見つめていた時分に驚いてリオンは誤魔化すようにちょっとおどけた。

「甘いお酒、似合わないと思って」

「うん、数年ぶりに飲んだ」

「本宅でも、ワインの辛口の白か度数の高いものそのまま飲んでましたよね」

「飽きるし、飲んでてのど越し良くないよ甘いのって。女は喜んで飲む人多いけど」

「でもそれ爽やかでおいしくないですか?」

「ああ、うん、これは飲めるかな」

 間接的な唇の接触に、たいした意味はないだろうけれど、それでもリオンは彼がリオンとのそういう接触を避けることなく自然に行う姿に心がうずく。

 女の心は本当に移ろいやすい。

 彼との距離に注意しなければと思いながら、離れているのはなんとなく嫌で、許されるなら少しだけ側にいさせてほしいとすぐに変化してしまう。

 心の疼きは移ろいを加速させる危険があることを知っているのに、止められないことが怖くもあり、好奇心を呼び起こしもする。





 恋をしている。





 その気持ちを否定出来なくなっている。


「明日日除け対策しておいで。連れて行きたいところがあるんだ。少し馬に乗る移動だから日焼けするよ」

「いいんですか? 復興で忙しいのに」

「……自分のここにいる目的のこと忘れてる? そもそも騎士団じゃないから公務に当たることはしなくていいんだけど? しかもオレはそんなリオンのの警護が目的できてるんだけどね」

「……すっかり忘れてた!!」

 色気など全く滲まない驚愕の顔をしたリオンに、セリードは乾いた笑いをぶつける。

「だろうなぁ。見てるとすっかり騎士団の一員になってバタバタ雑務してるから」

「うわ、ホントだ、忘れてた、私それどころじゃないのかも。あれ、なんで騎士団の手伝い始めたんだっけ? ん? フィオラがしてるの見てて?」

 急に真顔で自分のことにびっくりしているリオンを突然面白そうに笑い飛ばす。

「聖域の扉らしいことしましょうね、リオンさんは。上皇に今回の遠征のこと聞かれて今の状況話したらオレら騎士団長四人全員が上皇に凄まじいお怒りを買うのは間違いないから」

「連帯責任、ですか」

「そうなるね」

「……なるほど」

「今、変なこと考えたな?」

「私が行方不明とか、そんなことになったらどうなるかなぁ、と」

「やるなよ」

「フィオラも怒られますかね?」

「だからするなよ」

「それってフリですか?」

「んなバカな」


 一瞬の間の後で、二人は軽快に笑う。

 隔たりはない。

 怖いくらいに。

 本来なら線引きすべき地位を持つセリードはリオンに対してその線引きをしていない。していないというよりは彼自身がするのを拒絶している。そう感じる程に、リオンにはセリードの自分への『許し』の範囲の広さを認識せざるを得ない。

(大丈夫かな、私)

 リオンは自分に呆れる。

 目の前のこの男の自分への警戒心の無さや、距離感、そしてこの微妙に特別扱いしていることを醸し出すあざとさのようなものに、明らかに心が弾み踊らされているのだ。今はこんなことに心を揺さぶられてはならないと戒めても簡単にその戒めは緩む。


 とにかく、この男は色々危険だ。

 するりとリオンの心に入り込んで来るのだ。入り込んで、絶妙に心を揺さぶって、そしてスッと引いて様子を伺って、また入り込んでくる。

 優しく、大人びた対応でリオンを支えようとしてくれるのはありがたいが、それに絡めてリオンの女の部分を意図して揺さぶって来るのだから始末の悪い男だと今さら気づいてリオンはちょっと腹が立つ。

「ん? どうした?」

「セリード様は」

「うん?」

「人の心を土足で踏み荒らす、って言われませんか?」

「……急に失礼な事をいわれてるな? というかオレリオンに何かした?」

「たぶん、自覚無しでしょうね」

「え、してるのか、オレは」

「まあ、私も普段ご迷惑おかけしてますからお互い様ということで」

「いやいやいやいや、オレは何をした? 何を言った? 謝罪するから正直に言ってくれると助かるんだが?」

「いやぁ、それを言いますと、ややこしいことになりそうな」

「は?」


 この後、しつこくリオンに食い下がり発言の意味を知ろうとしたセリードだが、そこは女の意地で全くヒントになりそうなことも言わず笑顔で乗り切ったリオンはわりと上機嫌だった。









「オレ、何をしたんだよ本当に」

 真夜中、一人セリードが悶々としていたことはいうまでもない。


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