三章 * 暖かな冬 2
「……ちょっと、まって。なんでそうなるのかな?」
なんとか吹き出すのを我慢したリオンがしかめっ面で苦しそうにいうと、魔導師はケロリとした顔でいい放つ。
「だってお互い意識してるでしょ」
その言葉にリオンはあからさまに不快そうに彼女を睨む。その魔導師は人間の気の変化を微細に読み取る貴重な能力を持っている魔導師で、集中し魔力を大量に消費する覚悟があれば思考を読み取ることも出来る、と言われる人物だ。
「魔力使って見るの反則」
「なにいってんの。普通に見ればわかるわよ。お互いしょっちゅう目で追ってない?」
リオンはかたまる。
「……あれ? 自覚なし?」
「……」
自覚があるか、どうか。
リオンは考える。
自覚は、ある。
あるが、それを口には出せない理由がある。それを今二人に言うつもりはないし、きっと言っても言い訳がましくて余計に話が深い所まで行きつつかれそうな予感がして、口を閉じることにした。
「魔力不使用で、断言してあげる」
魔導師はふふん、と意味ありげに笑って見せた。
「いい感じになると思うよ、セリード団長と。試しに付き合ってみたら?」
「さっきの、言ってよかったやつ?」
ジル隊の女騎士サラと女魔導師クリシアの女の会話。
「サラ、あたしは無責任なことは言わないわよ」
「わかってるわよ。でも、ねぇ」
少し困った顔して、サラは頭をかく。
「リオンが固まって動けなくなったじゃない。あれ、言われたくなかったんじゃない?」
「だから、言ったのよ」
クリシアはニコッと微笑む。
「あたしね、リオンとセリード団長って王宮で初めて並んでるところ見たときからしっくりくるなぁって思ってた」
「え、そうなの?」
「うん。魔導師の気を読み取る能力なのかなこれも、勘かな、それとも」
クリシアは穏やかに、嬉しそうに笑う。
「あの二人は両思いになるって予感みたいな?並んでると違和感ないのよね、不思議なくらい。あれって相性がいいからなんだろうなぁって」
「でも、今までの彼女とタイプ違うわよ? セリード団長って、きらびやかな美人で大人な感じの色っぽい女ばっかりだったじゃない? 前の彼女だった侯爵令嬢のナディア嬢なんて典型的な例だったと思うわよ」
「たしかに、リオンはあの手のくくりには入らないけど万人受けする顔してるわよ、全体として整ってるし目が綺麗よね、サファイアブルーのあの色は憧れる。……で、たぶんね、セリード団長ってホントはリオンみたいなのが元々タイプじゃないかなって。気の強い意思表示のしっかりした頭のいい子好きだと思うわよ。あの人あの見た目だけど、女は顔で選らばないんじゃない? 実は。だってねぇ、今までってあからさまに女避けというか、オレに近寄るな的な」
遠い目をしたクリシア。サラはちょっと驚いている。
「あ、それって噂じゃなくホントだったの?」
「魔導師の気を読み取る能力が高い人なら皆知ってるんじゃない? 自分に好意がありそうな女は徹底して近寄らせなかったのよね。見た目重視のお金で別れてくれる女だけ連れて、俺に近づきたいならこの容姿以上の自信があるヤツだけ来い、そしたら話くらい聞いてやるって感じだったわ」
「……ある意味サイテー。顔よくてもそれはないわぁ」
しかめっ面のサラをクリシアはおもしろそうに笑い飛ばす。
「そ、サイテーを楽しんでたのよ。それで余計な女の揉め事避けられるんだからさすが色男ってことよね。モテる男の特権というかなんというか。でも、リオンと一緒にいるようになってガラリと変わったね、もうね、ホントの男前に変貌」
「あ、それは分かる。今までは女受けするけど男からは嫌われる感じがしてた。なのに最近男くさいっていうか、男が憧れる色気みたいなもの出てるわよね、ここの守護隊にも『カッコいいな』って憧れを抱いちゃってるのがチラホラ出始めてるし」
「リオンといると特にね。あれが本性なのよ、リオンのことを守りたくて大切にしたくて、それだけに集中してるから余計な飾りで自分を装うことがなくなってすっきりしたのよね」
「うーん、恐るべしリオン。男を変える力があるとは」
二人は面白そうに、でもなぜか嬉しそうに声をあげて笑う。
「リオンって、自覚なしだから恐いのよね、いつも髪をひっつめてるからわからないけど、髪を下ろすと印象ガラリとかわるし、体もね、見たでしょ? お風呂で」
「見たわよ、なにあれ、あのぷるぷるのおっぱい。半分でいいから分けてほしいわよ!!」
女二人、無い物ねだりで憤慨する。
「ねえ、欲しいわぁ。セリード団長はそこまで見てないでしょうけど、無自覚でしかも隠れちゃってるリオンの女らしさとか人に媚びないちょっと強がりな性格とか、魅力に気づいて惹かれてるんじゃないかしらね? そのうち、リオンは化けるわよ? セリード団長の手で。女が化けるとき男からの愛っていう力が大きいんだから。幸せになってほしいじゃない、リオンには」
「そうね、私達の、生活がガラリと変わるかもしれない可能性を与えてくれるもんね」
クリシアが、表情を和らげて穏やかに微笑む。
「大きな 《何か》を抱えてる。一人で背負ってるのよリオンは。誰かが支えてあげなきゃ。並みの男では無理よ、セリード団長くらいがちょうどいいわ。世の中のたくさんの女は泣くかもしれないけれど、些細なことよ」
「あはは、そうね。どんな令嬢より、有名な女より、リオンは私達にとったらなにより大切な存在だもんね」
「そういうこと。だからね、自覚してほしいのよリオンにも。手に入る幸せがあるんだから、それを掴む時だって。なんだか、そういうことを避けてる気がしたから」
「そうなの?」
「うん、今日話してみてよくわかったわ。わからなくはないのよ? 色んな意味でリオンは考えたいことが沢山あるようだから。自分のことで精一杯なのは誰が見てもわかるし。色恋沙汰なんて考えてる余裕はないのかも。……でも、人並みの恋愛の幸せくらいで揺らぐような女じゃないわきっと」
セリードに惹かれている心に嘘はつけない。けれどリオンはそれが他の人に気づかれるほど表に出ていたことに動揺している。
(気を付けなきゃ)
憂鬱だ。
こんなことで動揺して、他のことが考えられなくなってしまう自分が情けなくて。
自覚している、自分のこと。
好奇心旺盛で、なんでも興味をもつとのめり込む。反面、周りが見えなくなることもある。
だから怖い。
誰かを好きになって、その気持ちが自分を揺るがすほど大きくなったら。
(気持ちは、止められない。でも、その先を望んだりしない)
セリードの態度から特別な扱いを、《聖域の扉》だからという以外の特別な扱いを受けていることは自覚している。だからといって、セリードはその先を望んでいる気配はない。リオンの側にいることは彼にとって義務が含まれるからだ。騎士団団長として、アルファロス公爵家の一員としてリオンを保護し守ることが彼にとって任務なのだから。色々と公私混同している部分は多いが、セリードは自分で責任が負える自信と立場や財力などの力量を理解しその範囲で出来ることをしているのだ。無茶をしているわけでもないし、無計画でもない。彼がいかに大人でとても冷静に対応しているのかがよくわかる。
大人のセリードの対応にリオンは感謝しているのだ、惹かれる相手でありながら自分を戒める力にもなっていて、自惚れることもなく彼を見つめられる。それがこの頃少し苦しい。
「大丈夫?」
「え?」
「うつ向いて動かないから」
宿の店主の息子でリオンより少し年上の明るい笑顔の男はリオンの前に静かに飲み物を置いた。
「まだ体が慣れないかな? 冷たいよ美味しいから飲んで。」
「ありがとう」
「難しい本読んでるね?」
誰もいなくなった食堂は静かでいい、毎日そういうわけではないらしいがリオンは読みかけの本を読みたくてここに来ていたのにいつの間にかセリードのことを考えていたことに気がついて、結局は自分自身の気持ちに左右されて本の存在すら忘れていたことに僅かな嫌悪感を持って笑い飛ばす。
「魔力がさっぱり向上しないからせめて本くらいは読み漁らなきゃいけない立場で」
「そうなんだ? 大変だね」
セリードのことを考えなくて済む当たり障りのない明るい会話にリオンはホッとして、そんなに親しい仲ではないけれどそれなりに話し込んでしまっていた。
「そう、おれも子供の頃はあの古い大聖堂が怖くて鬼ごっこしようぜって友だちに言われるとなぜか病気になってた」
「仮の病気というやつね?」
「子供の特権」
「大人もするんじゃない?」
「確かに」
「でも雰囲気はあるわ、あそこ。威圧感が凄いっていうのが第一印象」
「だろ? もしさ、時間あったら、その」
「うん?」
「リオン」
どうしてだろう?
名前を呼ばれただけなのに、その声に体が反応する。
今は忘れていたかったのに。
誰かの言葉に流されて、意識する気持ちが大きくなったことを気づかれたくないのに。
「楽しそうなところ申し訳ないけど、体調が戻ったばかりだろ? 早めに休んだら?」
「あ、今何時ですか?」
動揺を隠し、笑顔を向ける。
「十時過ぎてるよ」
「じゃあ、部屋に戻ります」
本を手に立ち上がったと同時だった。
「過保護すぎませんか? リオンだって大人なんだから大丈夫ですよ」
店主の息子はどういうつもりで言ったのかわからないが、明らかにその言葉は彼の眉毛を上げさせるだけのものだった。
「……過保護のなにが悪いのか、オレは理解出来なくてね」
「え?」
「なんでダメなの?」
「そりゃ、リオンだって自分のペースで動きたいんじゃないですか? 病み上がりでしょうけど、こうして元気そうだし」
「なんだ、それだけ? ならオレは過保護のままでいくよ。過保護で何が悪い」
リオンは呆気にとられて間抜けな顔に。店主の息子に至っては固まって、理解不能、と言いたげなひきつり笑顔を浮かべた。