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三章 * 暖かな冬 1

わりとのほほんとした幕になると思います。

 《過去の記憶》に翻弄されつつ、それでもリオンはセリードの言葉に救われたり周囲のさりげない手助けによって思いの外回復は速かった。しかし、せっかく熱が下がったのに窓を開けても南部特有の湿度を含んだ暖かな夜が続いていてなかなか寝れつけない日が数日続くと、

「お前死にそうな顔してるぞ。こっちまで死にそうな顔になる、鬱陶しいな」

 と、マリオが物凄い恐ろしい顔をして凄んできて、そんな彼にフィオラと共に宿の店主の自宅に強制連行される。

 理由は訳が分からず案内された部屋に入ってすぐに判明した。


「快適!!」

 フィオラが満面の笑みでベッドに倒れこむ。

「ああ、寝れるぅ……」

 そしてリオンはちょっとだらしない笑顔でベッドに腰かけた。

「狭いところですが、どうぞ使って下さい」

「ありがとうございます」

 二人は揃って心から礼をする。

「いえいえ、こちらこそですよ」

「え?」

「通常のお宿代のほかにも、迷惑をかけることも多いからとアルファロス公爵家のご子息から十分なお代を前払いで頂きまして」

「あ、そうなんですか?!」

「さすがセリード様、抜け目ないしちょっと腹が立つ」

 びっくりするリオンとしみじみ頷くフィオラ。あの人はお金の価値観が常識はずれだ、とか文句とも取られかねない会話で笑いながら、移動した荷物を改めて解くと、今度は二人揃って再び外へ出る。


 騎士団はそれぞれの役割をこなしている。

 マリオが中心となり復興最優先の活動をする騎士団はビスの市民に瞬く間に受け入れられた。

 初日からすでにその気配は全員が感じていた。

 魔物討伐には出ず、壊滅した区画の調査とそれを元にすぐさまその場で話し合っていた復興計画を聞いていた市民が驚きつつもそれを見守っていて、すぐに噂になったのだ。

 そして先日の魔物の襲来で、人々が朝を迎えて落ち着きを取り戻して気がついた。

 町並みを荒らすことなく、魔物との恐ろしい戦いで失うものが皆無、魔物の侵入を防いで、そして市民の統制を徹底し、怪我人の治療を最優先したあらゆる対処。


 魔物と戦いをしにきたのではなく、市民を守りにきた。


 このことは大きな衝撃と変化を市民にもたらしていた。

「騎士団のお姉さん!!」

「やあ! お疲れ様!! ちょっといいかい!!

 あんたらに渡したいものがあるんだ」

 リオンとフィオラは雑用中心で騎士団の補助をしている。ここ数日は慌ただしい騎士団に代わり報告書の作成や滞在時に使う消耗品の在庫確認と追加購入のリスト作成、宿で洗濯してくれた服をたたんでそれぞれの部屋に届けたりもする。そして時間を決めて行われるリオンによる魔物と聖獣についての雑談交じりの団員達の勉強会で時間はあっという間に過ぎていく。

 そのなかの一つ、今日は買い出しで、フィオラと二人商店街に向かって驚いた。

「寒いところから来て慣れなくて大変だろ?」

「美味しいよ! 水分補給になるから皆で食べて! 宿に届けさせるから!!」

 顔を見るとすぐ急に話しかけてきて、親しみを持って接してくる市民たち。


「そうそう、なんかあの騒ぎの日からすごいんだよな」

 途中ばったり会ったバノンが、彼と共に別の場所の視察をしていた団員と、買い出しの荷物一杯の二人に代わって荷物持ちをして歩きながら教えてくれた。

「積極的に何か出来ることないかって声かけてくれる奴が多くて、復興作業に進んで携わってくれる男たちもすぐに集まって、人の割り振りに手間取ったくらいでさ。昼飯の炊きだしとか

 果物の差し入れとかの申し入れもあって、日にち決めて当番でやってくれることにもなってこっちも助かってるよ」

「薬草の調達とか、馬の手入れなんかも得意な人たちが声を掛け合って集まってくれたみたいで、おかげで僕たちの雑用が減って復興作業だけでなく警備も十分な体制で望めてるんだ」

「調子が狂いそうだってジルが苦笑いさ」


 リオンは嬉しそうに商店街を見渡した。

 魔物の襲撃を受けず失われたものがない市民の平和な顔が、リオンの心を優しく緩めてくれる。自分のしていることが正しいのか今も分からないけれどそれでもここには平和な笑顔が確かにあって、前に進むためのなけなしの勇気を保ってくれる。

(出来ることを、しよう)

 いつも言い聞かせていた言葉が今日は自然と穏やかな気持ちから生まれて、リオンはそんな自分に気がついて嬉しくなった。


(あれ? リオンの気が……変わった)

 フィオラは隣で彼女の気を静かに感じとる。

 まだ残っている疲労がリオンの内側から消えて行ったのだ。

(自分に治癒をかけた?……でも、なに? これ。魔力を感じない。えっ、なんで)

 それは自然に回復するスピードではなく、魔力による治癒魔法での回復の速さ。しかもその速度は驚くほど速い。恐らく、隣にいなければ見逃すくらいには速いごく短時間の。

(それに……無意識? どういうこと? リオンは、もしかして、自己再生能力をもってるの?この速さ……治癒魔法じゃないわね、ミオ様に匹敵する自己再生でしょこれ。そんな、ばかな。だって、魔力を感じない。これもリオン特有のものってこと?)

「どしたの?」

「え? あ、なんでもない」

 フィオラは笑って返した。


(これも、《聖域の扉》だからなの? ていうか、他に説明のしようがないのよね……)

 リオンは、フィオラが気づいてけれど真相にはたどり着けないこの力が自分を一瞬で回復させた自覚はある。ただ原因はわからない。

 一つはっきりわかっているのは『気持ち』が自分でも自覚できるくらいに明るいとこ。喜びを感じたことで安定したのだとしたら、自分自身の感情であらゆることが左右されるのかもしれないと、ひとつの考えに辿り着けたことはリオンにとっては大きな一歩だ。

 今まで背を向けてきた特別という言葉を僅かでも受け入れられる余裕ができる。

 何かを知り、何かを得る。

 それは確実に、とても小さなことでもリオンを前向きに、させてくれる。


「元気になってよかった!」

「心配かけました、復活!」

 女性の魔導師や騎士たちと夕飯前の一時を会話で愉しく過ごす。

 こういったことも、素直に受け入れられて楽しめるのは自分の信じてきた思いや考えがそれなりの結果を出して皆が受け入れてくれたからだろうとリオンは実感している。

「お前はうるせえよ」

 ふざけた様子で、バノンが自分の隊の魔導師の頭を叩き、皆が笑う。

「女はしゃべってなんぼですよ!」

「だまれ」

 やり取りの軽快さに笑い声が飛び交って、食堂が賑やかになり騎士団で埋め尽くされてちょうど食事が提供され始める。

「バノン、後で守護隊の隊長が警備地区の配置変更で相談あるから来るって。これがその計画書」

 そこへセリードが一人遅れて入ってきて、彼は賑やかな食堂の中を進み、お疲れさん、と回りに声をかけながらバノンのいるテーブルに向かいその正面に座るとすかさず会話を始める。

「お? てかなんでお前の所に行くかな。今回個人で動いてるから騎士団関係のことは持ってくなよって伝達したのに」

「差し入れ持っていたんだよ。そしたらバノンに届けるって言ってたヤツがいたからオレが持ってくよって奪って来た。オレも見たかったし」

「ああ、なるほど。で? 差し入れってなんだよ?」

「大したものじゃないぞ? 父上からオレ宛に干し肉とか大量に届いたからそれを」

「オレにもくれ。お前の家のスゲー旨いから食いたい」

「ああ、いいよ」

 他愛もない雑談をしながら、食事をしながら、バノンといるセリードは少しだけ普段の素が出ているのか顔つきが柔らかく感じる。


 それを見ていたのはリオンたちと食事をしながら会話に話を咲かせていた女たちの一人だ。

「目の保養だわー」

 女騎士がニコニコしながらそう言ったのでリオンが首をかしげる。

「なにが?」

「セリード団長に決まってるでしょ?」

「全騎士団の中でダントツの男前。あ、イオタ団長といい勝負かな」

「イオタ団長はキレイさ抜群、セリード団長はカッコ良さ抜群ね。疲れもふっ飛ぶわ。あの顔みてると」


(ん?)


 リオンはなんだかモヤモヤして、んんっと咳払いをして気持ちを誤魔化す。

「いいなぁ、リオンは」

「は?」

「仲いいよね、見てるとセリード団長もリオンの扱いが他とは変えてるの分かるもん」

「仲いいっていうか、仕方ないでしょ、複雑な立場だし私って」

「え、それ本気で言ってる?」

「ん?」

「仲いいよ、間違いなく」

 別の女騎士もしみじみ頷くのでリオンは若干の困惑を滲ませた苦笑を浮かべた。

「だよね。あたしリオンとセリード団長って付き合ってるのかと思ったもん」

 魔導師の言葉に飲んでいた水を吹き出しそうになって、リオンは苦しそうに顔をしかめた。







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