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三章 * 偏り 2

 ジェスターとサイラスは特にアリーシャのことを気にする様子はなかった。

 むしろブラインがその事で議会の中でさらに暗躍しようとしているとこに注目していて、気にする様子がないというよりは、そもそもアリーシャの存在に興味がないようで、そのことをアクレスがミオに代わって正直に問いかける。ミオもその事が気になっているらしい。


 少なくとも魔物討伐の知識は必要なことのはずなのに、元騎士団の団長であり、【闇色のシン】との対峙で代償を負う経験、そして魔物には討伐困難な存在もいることを身をもって知っているのならなおさら討伐の知識に興味をもつはずなのにとアクレスも疑問を持っている。


「私が興味を持たなくても他が持ってくれているならそれでいいことだ」

 ジェスターは静かにアクレスを前に語る。

「真面目にやっている現役の騎士団には口を出す気はないしブラインの世の中に立つことをしようとしている数少ない事の邪魔をする気持ちもないんだよ。ブラインがそれで議会での勢力を伸ばしたところで、所詮いつかは最高議長の座を引退する、永遠に続くものではないし不祥事がいつ明るみになるかわからない男がそうそう長くいられる世界でもない、それにアリーシャが関わっていたとしても、彼女一人ならばいつでも軌道修正できる手助けはしてやれる。そうムキになって監視するような真似は必要ないだろう」

 なんというか、本当にジェスターは興味が薄い様子にしか見えないことにアクレスはやはり首を傾げてしまう。

「しかし、ミオ様はアリーシャの存在は重要だと。守るのなら、早い時期からすべきでは?」

「わかっているさ、そんなこと。だが、だからといって公爵家が動く必要などない。それなりの家が彼女のことを水面下でブラインから引き離すべきだと動こうとしているし、そうやってミオが心配もしてくれている。()()()()()が愚かな判断をしなければ彼女のことは沢山の人間が守ってくれる体制がすでに出来つつある、私はそこに入る必要はないよ。……アクレス、私はそれよりももっと先のことを見てみたい」

「先のこと、ですか」

「リオンとの出会いで私は今までの人生を覆された。人生観が変わるほど」


「それは……」

「魔物討伐では、限界なんだよこの世界は。あの日の真実を知った私が断言する。アクレス、我々が向き合うのは魔物ではなく、聖獣だ。」

 ジェスターは静かにセリードが日々送ってくる手紙を手に持ち見つめる。

「騎士ですら討伐が難しい魔物をどうやって倒すのか興味はある。知識として知っておく必要はあるだろう。だが、その方法はすぐに頭打ちになる、私にはそうしか思えないんだよ。根元にあるのは聖獣の存在だからだろうな。ミオですらどうにも出来なかった私の痛みを取り除いたリオン。彼女が示す先にいるのは魔物じゃない、聖獣なんだよ」

「ジェスター様は、やはりリオンが全ての鍵を握ると?」

「全てではないさ、現にリオンは魔物を倒す方法を今まで提案してきたことはない」


「あ、そう、いわれてみれば……」

 驚いた顔をしたアクレスに、ジェスターは笑みを向ける。

「リオンのしようとしていることは、魔物をどうやって倒すのか? じゃないんだよ。聖獣と魔物とどうやって共存していくか、だと私は思うけどね」

「共存……」

「リオンの 《過去の記憶》の話を聞く限り、魔物を全て消し去ることは不可能だ。セリードからの手紙を後で読むといい、その事が嫌と言うほどわかるから。そして……聖獣はこの世界を好み、慈しんでくれる、人間に心を許してくれる、しかし裏切りには強烈な代償を、重すぎる代償を与える。我々が考えるべきはこれら過去から何度も繰り返している事実についてだと思うから、私は魔物討伐には興味が湧かないんだよアクレス」


 アクレスにはああ言ったものの、それ以外にもアリーシャの後見人に名乗り出たり表だって支援する気にはなれない理由がある。

 ジェスターは初見からアリーシャの印象があまり良くないというのが本心だ。

 わざとらしく自慢げにブラインがアリーシャを連れて紹介に来たとき、彼女はうつ向いてずっと自分の手元を見ているだけで目も合わせず挨拶もモゴモゴとしていて正直何を言っているの聞き取れなかった。

 はじめは人見知りなら仕方ないと割りきったものの、その後も少しでも権力のある存在や威圧感のある人物の前になると必ずブラインやその側近の後ろに隠れるようにして会話を避ける。失敗してもいいから、立場や身分を敬う気持ちが少しでもあれば挨拶するものではないか? というモヤモヤした気分になるのだ。


 そしてあろうことか、国王陛下に話しかけられたときもただ緊張で怯えるだけで最低限のマナーである女性特有のお辞儀もせずうつ向いているだけで、自己紹介も国王から求められたにもかかわらず、文官が代わりに紹介してくれた後ろであからさまにホッとした顔をしたのだ。

(大丈夫なのか、あんなことで。責任のある立場になったらあれでは動けなくなる。ブラインのあの様子では何かしらの地位を付けるために部署の増設か、既存の役職にねじ込んでくるぞ。それに耐えられる教育はしていないのか?)

 まあ、そのためにブラインが一生懸命面倒を見て色々とマナーを教えたりしているこはわかっているが、それにしてもジェスターはアリーシャへの不安が拭えない理由がまだある。

「あ、皇太子さま!! おはようございます!」

「やぁ、おはよう」


 これだ。

 国王には挨拶も出来ないほど怯えながら、皇太子には満面の笑みで挨拶が出来る、しかも礼儀などなく駆け寄って自分から話を始めることもあるのだ。

 これを目撃したとき、たまらず頭を抱えたが、その時皇太子の後ろに常に控えている護衛騎士のルニアートと目が合うと、彼もまた微妙な目付きで渇いた笑顔だった。つまり、いつでもアリーシャはそういう態度なのだろうと推測させた。


 リオンは決してこういうことはなかった。

 王宮に上がる前にマナーについて教えてほしいとサイラスとタチアナに自ら聞いて、ずいぶん細かく質問していた姿を思い出す。持ち前の好奇心が役に立ったいい例だ。

 必ず決まった形のお辞儀をする、なるべく話しかけられるのを待つ、などはもちろん服装や髪型は王宮では決まりがあるのか?などとにかくリオンは気に留めて教わっていたからそれをセリードがとても嬉しそうに、助かるよ、と微笑ましく見ていたのを思い出す。


 なんでも好奇心で首を突っ込んで後先考えず行動してしまうので気を付けなくてはならないとリオンは自分をそう分析している。それをちゃんと行動で示していたことを考えれば、アリーシャの人見知りを理由になんでも人任せなところはかなり不安があって、それについてはサイラスも疑問視している。

 おまけに国王と皇太子での態度の違いは頭痛の種だ。皇太子の人当たりのよいあの姿に彼女は明らかに目を輝かせている。隣には国王がいるのに、その国王を怖がっているのに。

(ずいぶん優遇されて王宮でも皆に大切にされているが……勘違いしなければいいな、役に立たなければ、全てを失うのだから)


 魔物を討伐する知識と技術。

 必要なことではあるけれど、限界は必ず来ることをジェスターはリオンとの出会い、そして真実から知ってしまった。

(まあ、私の心配することではない。せいぜいブラインにはこの事で不祥事の軽減代わりに努力してもらわねばならないしな)


「アリーシャ、陛下のお目に入る時、今度は教えた礼儀で迎えるようにね」

「あ、はい。……でも」

「でも?」

「しっかり、身に付いてからでもいいですか?それまで、なるべく会わずにいれば失礼な態度を取らずに済みますので、会わなくてもいいようにしてもられると……」

「えーっと、うーん? それはどうかなぁ。アリーシャの意見を通す通さないは別として、陛下がお決めになったことに、異義を申し立てられる立場じゃないんだよ僕も」

「そうですか……ごめんなさい、私が馬鹿でした。発言は気をつけますね」

「あ、いやいや、誰にだって苦手はあるからね。頑張って社交界や王宮でのマナーや慣例を覚えようか。ゆっくりでいいからね」

「はい、がんばります。ゆっくりですけど、ちゃんと勉強しますね」

 アリーシャが世話になっている男爵家の跡取り息子とアリーシャの会話。


(なんだそれは)


 呆れてかける声も見つからない。

 努力してすぐにでも覚える気すらないのか。

 説得して知識を押し込む努力をしないのか。

 ニコニコと互いの顔を見て笑顔の二人。

 ジェスターは馬鹿馬鹿しくなって知人の息子であるその青年に声をかけるのを止めその場を立ち去る。


「おや、どうした? 恐い顔して」

 上皇にからかうように言われたジェスターは、それをいつもの小気味良い悪口です返す気にもなれなかった。

「王宮も社交界も、人の揚げ足を取る絶好の場所です」

「ん?」

「ですからそれに立ち向かう、かわせる技術や知識はとにかく早く手に入れるべきと私は思いますが、上皇はどうですか?」

「ふむ?……その考えに異を唱える者がいるのか? だとしたら小物だろう。そもそもその知識と技術がない人間が出入りできる世界ではないと思うのだが」

「良かった、私の価値観に間違いがなくて」

 ジェスターの言葉に、思案した上皇が思い当たる節があるのかフッと息を漏らす笑いで目を細めた。

「お前が気に病むことではない、然るべき人間が責任を持ってやってくれることに期待するだけでいいではないか」

「そうですか? 今の均衡のとれた社交界は楽でいいのですけどね。それを崩す原因になられては面倒だと思うものですから」

「まぁ、確かにな」

 二人は、気の知れたもの同士、二人きりなのをいいことに盛大なため息をついた。

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