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三章 * 偏り 1

王都での話となります。今回の幕は主人公の出てこないうえに、ちょっとモヤッとする幕かもしれません。


 アリーシャは毎朝優雅な心地よい目覚めで一日が始まる。

 広く日当たりのよい、統一された綺麗な家具が並び、ベッドはふかふか、滑らかで柔らかな寝間着に包まれて目覚める。


「おはようございます。アリーシャ様」

 と、笑顔で挨拶してくれるのは、使用人よりも格上の侍女二人だ。身の回りの世話を全て完璧にこなしてくれる素晴らしい教育の行き届いた侍女だ。しかもわざわざ領有院最高議長であるブラインが増員として自分の家からアリーシャ専属として侍女を派遣してきている。

 着替えも朝の洗顔も全てが整えられて優雅に済ませ、食事のための部屋へ向かえばそこでは男爵家の執事がにこやかに出迎える。

 朝御飯は柔らかなパン、具だくさんのスープ、温野菜、贅沢品のバターがたっぷり用意され、食後にはフルーツなども出てくる。

 田舎にいたほんの少し前では考えられなかった生活をアリーシャは送っている。


 何もしなくても、何でも用意される生活。

 洗濯も掃除も、ご飯の支度もしなくていい。

 自分の知っていることを文官に話すだけで、今まで数ヶ月働いて稼いだらお金よりも高額の報酬が約束されて、実際に毎日届けられる。

 服を買いに行きたいと言ったら仕立て屋が来て既製品ながら綺麗な沢山の服を持ってきてもらったのはもちろん、これから必要になるからとドレスの仕立ても含めて採寸してもらったし費用は全てブラインと男爵家が出すからと一切のお金を出費していない。

 屋敷は男爵の別宅をまるごと貸して貰っていて、王宮の行き来は専用の馬車が用意されている。なに一つ不自由ない生活が始まって、アリーシャは自分の知識がこうして生活さえも変える程の力があるのだと戸惑いつつも嬉しさが込み上げる日々を送っている。


「アリーシャ」

「あ、おはようございます。ブライン様」

「聞いたよ、昨日の勉強会。ずいぶん好評だったらしいじゃないか」

「いえ、そんな。皆さんがとても真面目で私のような者の話を聞いてくださって感謝しかありません」

「そう謙遜するな、これで魔物討伐に新しい可能性が出てきたと皆が前向きだ、これからも頼むぞ」

「はい、私で良ければいくらでも」

 アリーシャにとってブラインはとても信頼できる男だ。なにもかも、彼が用意してくれて彼女はなにも心配事がなく生活出来ている。ただ、昨日の夜ブラインの妻と紹介された人とは違うかなり若い、自分より少し年上だろう綺麗な女性と一緒に馬車に乗り込んで夜の道を進んで行くのを見たときは驚いて、戸惑ってしまった。

「そういえば、あの」

「なんだ?なにか不都合でもあったのか?」

「ミオ様から、魔物について詳しい人がもう一人いると聞いたんですが、今不在だから帰り次第詳しく話すと言われて。あの、ブライン様はご存知ですか?」

「ああ、あの見習い魔導師か」


 急に彼の表情が不快そうに歪んだのを見て、アリーシャは首を傾げる。

「魔力らしい魔力もなく、ぽっと出の女だな。アルファロス家と関係があるらしく、それだけで上皇にお目通りしたような図々しい性格だ。くわしいといいながらその知識を聞いたものはほとんどいない、表に出せるような知識ではなかったから隠しているのさ、いまさら追い返す訳にもいかないだろうからな」

「そう、なんですか?」

「ああ、だから今ビスの討伐に同行している。本人が行くと言ったらしいが怪しいものだ、魔物に詳しいといいながら、討伐するなというんだよ」

「え?」

「正直がっかりさ、お前も会ったらそう思うよ。きっとな」






(魔物討伐を、しない限り魔物は減らない)

 アリーシャは静かに考える。

(それなのに討伐しないなんてありえないわ、他の方法なんて今までなかったからこんなことになっているのに……)

 祖先の残した記録と日記は聖獣についてが占めていたけれど、ヒントは沢山あって、そして長い間屋根裏で眠っていた大量の書き損じから曾祖父が魔物についも触れている内容を見つけたことは大きな光だった。

 祖父の人生の大半を費やしたけれど、彼が用意して晩年を過ごすころから町では魔物の被害は無くなり、死亡者も出ていない。

 それは隣町にも伝えられ、今では魔物の恐怖に怯えて暮らす人はこの二つの町にはいなくなった。

 徹底した魔物の討伐方法を守り、守護隊でも簡単に村を守ってきた技術が、通用しないわけがない。人見知りで困ると両親に心配され続ける彼女でさえ自信をもって言える経験と実績とは違う方法なんてそう簡単には見つからないとアリーシャは思っている。


(変わった人なのかしら)

 聞けば同じ年齢で、北部の町からやって来たらしい女性と言うことはわかっている。

 けれど、その人の話をする人は少ない。

 ブラインの言ったように、ぽっと出らしくて周りもよく分からないというのが現状らしい。しかも公爵家の見えない圧力が実際にあって、彼女に近い人以外はあまり接点が持てない状態ということも教えられた。

(やだな、気難しい人だったら)

 そして聖女ミオも実際に会ってから、とはぐらかしてきた。彼女がアルファロスの血筋のせいかもしれないと思い、少し怖くなっている。

(権力って恐いわね……関わりたくない)

 読んでいた本を閉じ、アリーシャはため息をついた。


 そしてなにより、アルファロス家の人間は今まで会った人全員が苦手だ。

 公爵は笑顔を見せてくれるがあくまでも社交辞令だとわかる淡々とした話し方で、そしてこちらの姿をまじまじと、観察するような目をしていて、決して好意的には思えるものではない。公爵夫人も同じだ、アリーシャに笑顔を見せるものの、会話らしい会話を交わしたことはないし、王宮ですれ違っても特に何も声をかけてくることもなく、接点を持とうとする意思を全く感じさせない、人を寄せ付けない雰囲気がある。

 さらに、次期公爵夫妻もアリーシャに特別な感情がないだけでなく、興味がないのか話しかけてくれることもなく、他の貴族と違い距離を置かれているのは明確だ。

 そのことがアリーシャには少し不満であり、不安でもある。


 なぜなら、王家に次ぐ影響力をもつ一族が、自分のことにあまり感心をもっていないように思えるからだ。

 アリーシャには自負がある。

 魔物を討伐する知識を持っていると。

 それに影響力の強い貴族があまり反応を見せない理由が全くわからないし、さらにもう一つの公爵家の動きも、アリーシャの動きを静観する態度を王宮内外に明確に示している。


(知識がなくて、どうするつもりなんだろう)


 アリーシャには、この国最大の二つの存在が動きを見せないことへの疑問が、日々少しずつ大きくなっている。

(貴族か……私が関わることはないのかもしれないわね)







 ブラインの周りに人が集まりはじめた。

 アリーシャの登場で魔物討伐が成果を上げる可能性が出てきたからだ。

 彼に従い、賛成することで、議会でも立場は変わってくる。王家への忠誠心にもつながるかもしれない。あらゆる思惑が、ブラインに見え隠れする不穏な空気さえ払ってくれるように感じて議員の一部が彼に注目しはじめている。ブラインに肩入れするリスクを知りつつ、有力者達がブラインの動向を注視するのは政治という駆け引きが必須の世界では当然のことなのかもしれない。

 ただ、その駆け引きが表に出始めるのはいかがなものかと思う議員も少なくない。なぜならブラインが支援するマリオ騎士団団長の隊と他の騎士団に資金提供をしたいと堂々と言い出す有力家も出て来て、利権に目が眩む議員や有力者たちの活発になりつつある言動のせいで議会はいま少し騒がしい。


「やあ、アリーシャ今日も勉強会かい?」

「はい」

「今度うちへご飯を食べにおいで、家族が君の話を聞きたがってるんだ」

「はい、ご機会があればぜひ」

 だから彼女は、注目の的だ。その立場は説明し難いがそれでも特注であつらえた魔導師のローブは他の誰とも違い、遠くからでも確認が出来るようになっている。なのでそんな彼女を見つければ議員たちは気さくに声をかけ気軽に会話する。

 穏やかで優しい話し方と華奢で可愛らしいアリーシャは議員の間で瞬く間に好感度が上がり、既にその存在は認められ馴染んでいる。ブラインの後ろ楯も、評判のよい男爵が同様に後ろ楯になり責任を持つことでほの暗さが緩和されるのだろう、議員や有力者たちは隙を見てはアリーシャに我先に近づく勢いで、彼女の覚えが良くなるような態度で接してる。


 リオンと違い、アルファロスの名前がちらつかないことも大きい要因だ。謎が多い上に、ビスへの遠征に行くことになったとたん、もう一つの公爵家までも資金提供をしたことで、ますますリオンが公爵と繋がりがあると明確になり、王宮でリオンのことを話す人がほとんどいなくなったことが拍車をかけたのだ。

(人付き合いは苦手だけど、ここは優しい人がおおいから、苦手を、理由にはしてられないかもしれない)


 アリーシャにとって、謎多きリオンという女性と、アルファロス公爵家のもう一人の息子であるセリード、そしてその二人に追随するような動きを見せる人々は、今のところ驚異も不安も感じさせない。

 ただ、とにかく、謎の存在。

 その認識が、今後どのように変化していくのか、それは間近で彼女の存在を利用しているブラインですらわからない。



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