一章 * 始動 1
セリードの兄登場です。
あれから。
リオンはアルファロス公爵家本邸にそのままお世話になっている。ジェスターとジェスターの妻マティオの強い希望で押しに押されて捕まった、感じで。
マティオはジェスターの目のこと、苦痛を知っていて息子たちにすら話すことなく痛みに耐える彼をたった一人、支え続けていた。彼が痛みから解放されることは彼女の悲願であった。視力は二度と戻らなくとも苦痛から解放され二十三年ぶりに見せた夫の晴れやかな表情はマティオにとっては今までで何よりも嬉しい贈り物となったのだからリオンを厚遇するのは当然だろう。
リオンの中では感謝されるようなこととは思っていない。出来ることをするだけ、そしてしただけと本気で思っているからだ。
魔物について、聖獣について、そしてなにより自分について、ほとんど分かっていない彼女にしてみれば何か一つ出来たことがあればそれだけで十分、なぜならすぐにまた他のことが頭を過っていちいち喜んだりしている暇もない状態だ。
そんなだから、公爵夫妻からの感謝はもて余すレベルのもので、逃げたいくらい過度なおもてなしはどうしても抵抗があった。それでもなんとかセリードやミオが夫妻にリオンの気持ちを汲んでやってほしいと口添えをしてくれたので、夫妻は公爵家としては最低レベルだと不満を漏らす必要最低限のおもてなしだけにするということでリオンも承諾し今に至る。
ただ、それでも何もかもが豪華で至れり尽くせりのそのおもてなしにリオンは若干引いていたが。
初めは本当に慣れなくて大変だったものの、人の順応力に感謝しながらだいぶ落ち着いて過ごせるようになった。そして何よりこのアルファロス本邸にいることは都合がよかった。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
王都に住まいを構える予定のビートとジェナがここよりは宿周辺に戻って家を探した方が楽だ、と翌日にはこの本邸を後にするとそれと入れ替わるように公爵家次期当主、サイラス・アルファロスが領地視察から戻った。彼は議員権を所有し領有院に所属する議員だ。
そんな彼はリオンと互いの自己紹介が済んだ後から、同じテーブルで四日連続で魔物に関すること、それに付随することを話し合うようになった。
「さて、今日はなにがいいかな」
「最近魔物が多い地域についての資料はありますか? 自国のこととは言っても正直知らない土地ばかりで」
父ジェスターの存在を除いても、公爵家次期当主という高貴な身分であり、弟セリードが騎士団長という立場から議会へのその影響力は強く、どんな情報でも彼の一言で集められると真しやかに言われている権力者の一人。
そんな彼はセリードと父から話を聞かされたその場で、リオンの力になりたいと協力を申し出てくれた。彼もまた、この大陸を脅かし始めた《古からの問題》を本気で憂いる人物の一人なのだから。
「うんあるよ。詳しい地図もあるといいかな、あとは‥‥歴史書も使えるか」
「はい、お願いします」
その情報収集力に加えて、この家は大きな図書館や博物館並みの書籍や資料を所有していて、大抵の知識はここで拾うことが出来るのだ。《過去の記憶》はあるけれど、断片的でしかも時系列も滅茶苦茶で、過去の出来事を調べることすらままならないリオンにとってはここほど勉強に適した場所はない。
実のところ、ジェスター・アルファロスに助力をお願いしたのはビートの助言があったからだ。公爵という身分でしかも苦痛から解放されるならばリオンに対して半端なお礼をするはずがないだろう、その気持ちを知識を得るための協力にしてもらえるよう頼むべきだと。
ビートの思惑通りそれが見事ハマった形だ。
そしてその協力がとんでもなく充実したものだと嫌と言うほど思い知らせてくるのがこのサイラスで、彼は書物や資料を惜しみなく見せてくれるだけでなく、彼女の知りたい情報に瞬時にあらゆるアドバイスをくれたり説明や解説をしてくれる。彼自身が魔物について大変危惧していることもありリオンの《過去の記憶》が今後あらゆる面で鍵になると重要視していて協力してくれていることは大きい。これらが厚遇を受け続けるのは気が引けると思いつつ留まってしまっている要因でもある。
「昨日の議会でちょっと気になることがあってね、ここ」
サイラスは地図の一点を指差した。
「‥‥ネグルマ乾燥地帯って、この国の砂漠のあるところですよね」
「これは、新しい地図なんだけど古い地図と照らし合わせてみると、わかるかな」
テーブルの中央に広げられていた地図の上にもう一枚、同じような地図が広げられる。
「あ、はい。東側が、少し森林が拡大してますね。形が違います」
「実はねここは東だけじゃなく南も緑化に尽力した土地なんだ、中央は正真正銘大陸一の砂漠だけど、細いが川だって乾燥地帯を横断するようにあって、整備が困難な場所と言うわけではないはずなのに緑化が一度として成功していない。今までは曖昧にそういう土地なんだろうと言われて来たんだけど、この緑化できない南部で最近目撃と被害が大幅に増えているんだよ、魔物の。ティルバの魔物被害の深刻化‥‥何か繋がるんじゃないかな」
「緑化出来ないことと関係があると?」
「そこまでは断定できていない、残念だけど。ただ、色々わかってきたことはある」
サイラスはリオンに数枚の紙を渡す。リオンはそこに書かれている文章を読みながら彼の説明に耳を傾ける。
「ネグルマは中心にある砂漠を避ければ乾燥地帯といっても多少雨が降るし植物も強いものは生息していて、動物もそれなりにいる。気候さえよければ旅路として入っても問題ない。だから海岸線を使わないで隣国へ行くための近道として、整備こそ進んではいないが起伏もあまりないし宿も何ヵ所かあるから馬車代や旅支度を安く済ませるためここを通る人たちもかなりいるそうだ。その人たちの証言をまとめたのがここに領地をもつ知人一族だ。詳しい話しをその資料にまとめたわけだけど、ここ数年で魔物が急激に増えたと同時にとある目撃情報があってそれというのがほぼ同じ内容」
「これですね、大型の鳥のような真っ黒な魔物。‥‥今までのものと比較にならないくらい大きい、夜にだけネグルマの南で目撃される、黒い、巨大な鳥」
「似てるよね」
「え?」
「父が戦った、失明と痛みの原因に。聖獣シンも、真っ黒で、巨大だった」
リオンは意識したかわからないが、資料をもつ手に力が入ったのをサイラスは見逃さなかった。
「形は違えど、真っ黒で普通の魔物より遥かに大きいということ。君が教えてくれたことが正しいとすると」
サイラスはリオンの前、自分の資料に目を戻す。
「これも《聖獣》ということになる」
聖獣。
遥か昔からその存在は知られている。どの国の古文書や遺跡からの出土品をみても存在を示すことが多数残っていることから、人々がこの世界に誕生した時点で存在していたことははっきりしている。ただ出会うことが難しい存在で、一体どこで誕生し、どれくらい生きるのか、またどれくらいの数がいるのか、なによりなんのために存在しているのかなど、生態は全く分かっていない。
ハッキリしているのは、動物のような形をしているが大変美しい体毛や爪、瞳を持っており、形だけではあるがこの世界の似た動物で大型のものと比べても大きいものが多いということだ。そのため見れば誰でも分かる姿をしている。今のところ狼型、虎型、馬型、鳥型、の四種は大陸全土で時代によっては確認されなかった時もあったものの、どこにでも出没する可能性がある種類だ。限られた土地ではあるが蛇や鹿、猿に似た存在もおり、昔話や伝説であれば存在するかどうかは別としてもっと種類はいることになるだろう。
そしてその存在をわざわざ神聖化して聖獣と呼ぶのにも諸説あるものの、その見た目からではないかというのが有力だ。
彼らは例外なく動くとキラキラと光の粉のような輝くオーラを放つ。本当に金粉や銀粉のようなものはもちろん、あらゆる色の光のようなオーラを個々に持っているとされている。そしてそのオーラが何かに触れるたび、触れたものも同じように輝くことから神聖化された歴史がある、とされているがその辺は国によって違いがあるため定かではない。
「そう、なんですが‥‥」
やけに自信なさげにそう呟いたリオンにサイラスは苦笑いをむける。
「そんなに自信なさげにしなくて大丈夫だから。リオンの話を聞かなかったらここまでたどり着かなかった、それだけ君の話は重要だ」
「いえ、そうじゃないんです」
「うん?」
「なにか、引っかかるというか、モヤモヤしてて、その事で一番大事なことが抜けてるようなんです」
「大事なことか‥‥」
「魔物に襲われると人も動物も大半が跡形もなく食べ尽くされてしまいます、助かったとしても傷口が腐敗していくように直ぐに変色してあっという間に死んでしまうか、魔物化してしまう。ジェスター様のように生き残ることはほぼ奇跡のようなことで、それは相手が元は聖獣で、ほかの魔物とはどうやら質が違うからじゃないかと。でも、じゃあ聖獣はどうやって魔物になるんだろって」
「それは、魔物に襲われて‥‥ん? いや、ムリだ。そうだ、魔物に聖獣を襲うことは不可能だ」
何かを思い出してサイラスが真っ直ぐリオンをみると、はっきりと確かに彼女は頷いて同意した。




